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国鉄労働組合史詳細解説 31

70年安保から、成田闘争

国労に限らずこの頃は、学生による過激派と呼ばれる全学連革マル派中核派革労協等の団体もしくは、組合の中に入り込んで活動を行っていたと思われます。

岸信介首相とアイゼンハワー大統領との間で署名された、新安保条約は(1960年(昭和35年)1月19日)締結、同年6月23日に発効しており。新安保条約ではその期限を10年とし、以後は締結国からの1年前の予告により一方的に破棄出来ると定めたていますが。
 当条約は締結後10年が経過した1970年(昭和45年)以後も破棄されておらず、自動更新と言う形で現在も効力を有しています。
 ですから、左翼勢力にしてみれば70年安保は60年安保に続くいわゆる一つの山場であったと言えます。

条文をいかに掲載したいと思います。

日本国及びアメリカ合衆国は、
 両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、
 また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的安定及び福祉の条件を助長することを希望し、
 国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、
 両国が国際連合憲章に定める個別的又は集団的自衛の固有の権利を有していることを確認し、
 両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、
 相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、
 よつて、次のとおり協定する。

第一条
 締約国は、国際連合憲章に定めるところに従い、それぞれが関係することのある国際紛争を平和的手段によつて国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決し、並びにそれぞれの国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎むことを約束する。
 締約国は、他の平和愛好国と協同して、国際の平和及び安全を維持する国際連合の任務が一層効果的に遂行されるように国際連合を強化することに努力する。
第二条
 締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによつて、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。
第三条
 締約国は、個別的に及び相互に協力して、継続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。
第四条
 締約国は、この条約の実施に関して随時協議し、また、日本国の安全又は極東における国際の平和及び安全に対する脅威が生じたときはいつでも、いずれか一方の締約国の要請により協議する。
第五条
 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。
第六条
 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。
第七条
 この条約は、国際連合憲章に基づく締約国の権利及び義務又は国際の平和及び安全を維持する国際連合の責任に対しては、どのような影響も及ぼすものではなく、また、及ぼすものと解釈してはならない。
第八条
 この条約は、日本国及びアメリカ合衆国により各自の憲法上の手続に従つて批准されなければならない。この条約は、両国が東京で批准書を交換した日に効力を生ずる。
第九条
 千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約は、この条約の効力発生の時に効力を失う。
第十条
 この条約は、日本区域における国際の平和及び安全の維持のため十分な定めをする国際連合の措置が効力を生じたと日本国政府及びアメリカ合衆国政府が認める時まで効力を有する。
 もつとも、この条約が十年間効力を存続した後は、いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する。

 以上の証拠として、下名の全権委員は、この条約に署名した。

 千九百六十年一月十九日にワシントンで、ひとしく正文である日本語及び英語により本書二通を作成した。

日本国のために
 岸信介
 藤山愛一郎
 石井光次郎
 足立正
 朝海浩一郎

アメリカ合衆国のために
 クリスチャン・A・ハーター
 ダグラス・マックアーサー二世
 J・グレイアム・パースンズ

外務省: 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約から引用

 実際に、この70年安保成立後は過激派による学生運動、学園紛争などは行われることは無くなり、過激派はより地下に潜るとともに、新たな運動先成田空港闘争(三里塚闘争)に入っていくこととなりました。

成田闘争と過激派勢力の介入

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実際に、成田闘争は熾烈を極め、全国から警察官が集結しており、各府県警本部など、実際には管区単位で出向と思われます。何年間か出向して戻ってきたら昇進できるということで、「成田警部補」とか「成田部長」と呼ばれた人が少なくとも数名は私が所属していた警察署にもいました。
成田闘争に関してはそれ以外にも、休憩時間に襲撃された警察官の1個小隊が全滅したり、実際の多数の警察官側の死者も出ています。

東峰十字路事件 - Wikipedia

内容を読むと、どうも襲撃された部隊は第2機動隊で。(いわゆる予備役部隊)後方勤務を襲われたわけで気の毒としか言いようがないです。

話題がそれてしまいましった、私も警察官をしていましたのでこういったことはどうしても敏感に反応してしまって。(^-^;

政治ストにのめり込む国労運動

さて、国労の動向を見てみますと

> この大会で確認された70年安保闘争の意義と重要性についての国労の立場は、つぎのとおりであった。
>  ① 70年安保は、60年安保と本質的に異なり、核安保体制とアジア安保体制を目指すものであり、日米安保アメリカの極東防衛のカナメ石としての沖縄を中心にアジア安保としての機能を果たす役割をもっている。これは日本独占資本によるアジア支配体制にほかならない。
 ② それゆえ、あらゆる場を活用して討議を深め、学習・教宣活動を強化して、独占資本に対決する生産点でのたたかいを中心に、ストライキの反復、集会、デモ、街頭宣伝などを徹底的に展開する。

  70年5月の第90回中央委員会では、「6月23日は、ストライキでたたかう」ことを確認し、6月の全国戦術委員長会議では、「6・23を頂点とする安保破棄闘争を6月21日零時からの協力順法を皮切りに開始する。」ことが最終確認され、具体的なスト、順法闘争などの闘い方や闘争の拠点が設定された。

  ① 21日零時から24日24時までの72時間にわたり、全職場で順法闘争に突入、このうち貨物列車はATS闘争を行う
  ② 23日8時半(始業時)から貨物ヤード、操車場、貨車区など東京周辺の軍需輸送拠点を中心に、全国10ヵ所で一時間のストを決行、これに先立ち全国約270ヶ所の職場で10万人が参加し安保破棄要求の職場集会を開く。
  ③ 23日夕刻、中央の統一集会を初め全国各地での安保破棄国民宣伝集会とでもに参加する。

 なお、貨物列車はATS闘争を行う。

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となっていますが、これはおそらく、動労が交渉において、運転局長の〈ATSが鳴ったら列車を止めるのが正しい〉との発言を言質にしたもので、ATS運転を厳守する新戦術を指しているものと思われます。

この場合、列車は動かしているとはいえ、れっきとしたサポタージュなのですが、運転を拒否したわけではないという理屈でした。
特に貨物を指定したのは、貨物列車の場合加速も鈍く速度も低いため、貨車でダイヤが乱れてくれると旅客列車にも大きな影響を及ぼすと言った副次的な効果も狙っていた節があります。  

特に国労が政治ストにのめりこんだ背景には、物価、沖縄返還ベトナム戦争反対などの行動を起こすことで、国民の理解が得られると考えてたようです。
実際には、その後のスト権ストで、国民の理解を得られると思っていた事項は、実は結果的には自分たちの思い違いであったことが証明されるのですが、それがもう少し先の話ですね。

 

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********************以下は、国労の資料になります。****************************************


┌──────────────────┐
├○ 70年安保破棄(6.23)闘争 │
└──────────────────┘

 国労は、69年6月の第30回定期大会(盛岡市)で、「70年安保・沖縄問題の勝利とスト権奪還を民主勢力の共闘で勝ち取ろう!」を大会スローガンに掲げた。この大会で確認された70年安保闘争の意義と重要性についての国労の立場は、つぎのとおりであった。
 ① 70年安保は、60年安保と本質的に異なり、核安保体制とアジア安保体制を目指すものであり、日米安保アメリカの極東防衛のカナメ石としての沖縄を中心にアジア安保としての機能を果たす役割をもっている。これは日本独占資本によるアジア支配体制にほかならない。
 ② それゆえ、あらゆる場を活用して討議を深め、学習・教宣活動を強化して、独占資本に対決する生産点でのたたかいを中心に、ストライキの反復、集会、デモ、街頭宣伝などを徹底的に展開する。

 70年5月の第90回中央委員会では、「6月23日は、ストライキでたたかう」ことを確認し、6月の全国戦術委員長会議では、「6・23を頂点とする安保破棄闘争を6月21日零時からの協力順法を皮切りに開始する。」ことが最終確認され、具体的なスト、順法闘争などの闘い方や闘争の拠点が設定された。
 
 ① 21日零時から24日24時までの72時間にわたり、全職場で順法闘争に突入、このうち貨物列車はATS闘争を行う。
 ② 23日8時半(始業時)から貨物ヤード、操車場、貨車区など東京周辺の軍需輸送拠点を中心に、全国10ヵ所で一時間のストを決行、これに先立ち全国約270ヶ所の職場で10万人が参加し安保破棄要求の職場集会を開く。
 ③ 23日夕刻、中央の統一集会を初め全国各地での安保破棄国民宣伝集会とでもに参加する。
 予定どおり、21日から闘争が展開された。国鉄当局は8月6日停職1名、減給24名、戒告234名を含む計407名の処分を通告した。国労以外にも、多くの単産がストを初め、闘争にさんかした。だが全体に、60年安保闘争と比べ、闘争の盛り上がりが欠けた点は否めない。70年7月の国労第31回定期大会(長崎市)でもこの点が率直に総括されていた。「核かくし」が明瞭ではあったが、真の沖縄返還で合意したこともあって、今一つ、盛り上がりに欠けていた。

続く