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鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 35-2

気が付けば2週間以上も開けてしまいました。

今回もマル生運動の第2部としてアップさせていただきます。

申し訳ありません、今回も1次資料として、昭和46年10月3日開催の衆議院運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会の議事録から引用させていただきました。

この公明党【当時は野党】の質問だけで判断することは不可能ですが、マル生運動に対して野党は格好の攻撃材料ができたと思ったのかもしれませんが。

この辺には、磯崎総裁の苦悩がにじみ出ているようです。

国会でマル生運動撤回について質問を受ける磯崎総裁

少し長いのですが、衆議院運輸委員会における、公明党松本 忠助議員【東京9区】からの質問です。

 

第066回国会 運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会 第3号
昭和四十六年十月十三日(水曜日)
    午前十時十七分開議
 出席小委員
   小委員長 徳安 實藏君
      宇田 國榮君    加藤 六月君
      關谷 勝利君    古屋  亨君
      箕輪  登君    内藤 良平君
      松本 忠助君    河村  勝君
 小委員外の出席者
        運輸委員長   小峯 柳多君
        運輸省鉄道監督
        局長      山口 真弘君
        日本国有鉄道
        裁       磯崎  叡君
        運輸委員会調査
        室長      鎌瀬 正巳君
    ―――――――――――――
十月十三日
 小委員久保三郎君及び内藤良平君同月十一日委
 員辞任につき、その補欠として久保三郎君及び
 内藤良平君が委員長の指名で小委員に選任され
 た。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 日本国有鉄道に関する件
     ――――◇―――――
○徳安小委員長 これより運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会を開会いたします。
 日本国有鉄道に関する件について調査を進めます。
 質疑の通告がありますのでこれを許します。松本忠助君。
○松本(忠)小委員 私は去る九月十日に開会されました当小委員会におきまして初めて発言をいたしました。その発言の内容についてくどくどしく再度申し上げる必要もございません。要は、国鉄再建の基本的な問題をもっともっと協議したい、各党間の意見も出し合って煮詰めたい、

中略
 そこで、この問題はそれぐらいにしまして、次にいま一番の問題になっているところのマル生の運動についてお伺いしたいと思うわけです。衆議院におきましても社会労働委員会あるいは法務委員会、こういうところで問題が取り上げられました。問題はほとんど出尽くしておりますので、二、三の点についてのみ伺いたいわけでございますけれども、総裁、まずお伺いしたいことは、一昨十一日に談話を発表されております。私もその談話を新聞で見させていただきました。またプリントも見させていただきました。いろいろと検討いたしてみました。

総裁が去る八日公労委から発せられた命令を受諾し、かつ実行すること、このように談話の中で言われております。百八十度の急転回を行なったわけでございまして、この勇気を私は一応評価いたしたい。

国鉄の不当労働行為、この事件で公労委が国鉄当局に陳謝命令を出したのは、私の記憶では昭和三十五年以来今回の静岡鉄道管理局事件で四回目だと記憶いたしております。過去三回の事件では、国鉄当局ではいずれも不当労働行為ではない、こういって不服だとして訴訟に持ち込んでおります。

 今回は、八日の時点の国鉄総裁の考えと十一日のお考えでは、時間的には七十数時間でございますけれども、たいへんな相違がある。急転回が行なわれておる。

 この点について私はどうして総裁がそのような心境の変化を来たしたのか。いま、国鉄の労使の関係、この紛争問題は全国各地の職場で展開されている。労使とも引くに引けないどろ沼に落ち込んだ様相ではないかとも思っております。

 大きな社会問題化しているということもいえると思います。言うならば労使が従来のメンツにこだわり過ぎていたのでは解決のめどがあり得ないと思うのでありますけれども、当局が静岡鉄道管理局の事件を不当労働行為と認めて陳謝するということになったということで、一応訴訟には持ち込まない、こういうふうになったと思います。しかしながら、これで労使の紛争が解決したとは思えないわけです。

 私は根本の解決法、これをやはり考えなければいけないんではないかと思うのです。

 このような事件を生み出したマル生運動そのもの、これをやめなければ根本的解決にはならないと私は思うのですけれども、この点総裁はマル生運動そのものを今後もお続けになるという御意思があるようにも伺っておりますけれども、その考え方は現在でも変わりがないのかどうか、この点をひとつ最初に伺いたいわけです。

 

○磯崎説明員 最近の生産性運動その他に関連いたしましていろいろ御心配をかけたこと、たいへん申しわけなく思っております。

 さて、去る八日に公労委からその問題について命令が発せられまして、それに対していろいろ考え方があったわけでございます。八日の時点にはいろいろな原因で、ほとんど私があの命令を読み、あるいは検討する時間的余裕が全くなく新聞記者会見をいたしましたので、あの八日における問題はともかくといたしまして、その後九日、十日といろいろ考えました結果、一昨日のような発表になったわけであります。その意味で、どうしてそう変わったかということについての私どもの考え方を率直に述べさせていただきます。
 いまや国鉄はちょうど百年、きょうがいみじくも九十九年目の最後の日に当たるわけでございます。

まあ前途に、けさの新聞に出ておりますように、新幹線の建設、これもおかげさまで、東北、上越の私どもの工事計画がきまりまして、いよいよ昨日大臣に工事計画をお出しするというふうに、前途に輝やかしい未来を見出しながらも、実際の現実は、いま松本先生がおっしゃいましたように、財政問題を含めまして非常に、有史以来の難局に直面していると私考えます。

私は責任者といたしまして、従来とも微力を尽くしてまいりましたけれども、昨今の状況と申しますのは、この財政状態が全然よくなる見込みがない。

あるいは新聞等におきます世論、それは何も新聞が悪口を書くという意味の世論でなしに、全般的な国鉄に対する考え方、国民の感じ、そういった状況にかんがみまして、ここであらためて、原点に立ち返るということばがございますが、そういう気持ちでもって――原点とは何かと申しますと、国鉄法並びに公労法の第一条に両方書いてございますけれども、企業を健全に発展させて、そして公共の福祉の増進と擁護をはかる、公共の福祉を守るんだということが両方の法律の第一条に明白に書いてございます。

これを原点といたしまして、その原点に立ち返りまして、結局、要は国民あるいは国会の皆さま方の御声援、御支援を得るのでありますけれども、そのものとはやはり四十数万の職員の各自の、めいめいの信念と自覚の喚起以外にはない。そしてそれをもとにしまして国鉄の再建をはかるという決意を私は新たにいたした次第でございます。こういう広い立場に立ちまして、すなわち公労委の命令が一件一件どうだこうだということではなくて、広い立場、高い立場に立ちまして、私は過般の命令を受諾し、かつ実行することにしたわけでございます。

これまで生産性運動というものはきわめて純粋なものでございまして、この純粋な生産性運動が、いわゆる過般認定されましたような不当労働行為によりまして歪曲して理解されたような事例があったことは非常に遺憾であります。

と申しますことは、逆に全く不当労働行為と関係ない職員の自覚、信念に基づいた生産性運動がたくさん起きております。そういうものが不当労働行為によって歪曲されて、生産性運動全体が不当労働行為であるかのごとき取り扱いを受けることは私はたいへん遺憾でございます。

まして生産性運動というものに名をかりまして不当労働行為を行なうということは許されないことである、これは当然なことであると思います。

本来国鉄におきます生産性運動は、御承知のとおり組合が三つ、並びに組合に加入していない職員も相当ございます。

そういった者の何と申しますか共同の意識をもとにしなければならないというふうに考えますが、共同の意識と申しますのは結局国鉄職員としての意識というものに帰着するのではないかというふうに思います。

したがって国鉄職員としては当然国民への誠意と国鉄への愛情を持たなければならない。これは何人も疑わないところだと思いますが、その二つのものを基調とするものであって、それはあくまでも、先ほど申しましたように職員各自の信念と自覚によってのみ発展させなければならない。強権を発動したり力でもってやるというふうなことではなしに、職員自身の信念と自覚によらなければならないというふうに思います。

しかしながら四十数万という非常に大きな世帯でございますし、したがって動き出すには若干の日にちが要ると思いますが、私は私自身の責任におきまして全力をあげて労使双方の不信を払拭してまいりたいというふうな気持ちでございます。
 昨日もすでに組合の幹部と会いましていろいろな話をし始めたところでございますが、今後具体的にどうするかの問題は一応別といたしましても、十分職員全体の意向がつかめるような立場でもってこの問題に取り組んでまいりたいというのが私の気持ちでございます。

 マル生運動は必要との考えを堅持する磯崎総裁

この質問は、マル生運動は遺憾であったと陳謝したものの、国鉄にはやはりマル生運動は必要だといった発言が新聞に載ったことにより、質問を受けたと思われますが、この後に続く答弁では、総裁としてもマル生運動に対して陳謝はしたものの、マル生の問題以上に重要なことは、「国鉄には主要な組合が3つあること、そして実査に は組合に所属しない職員もあり、そうした人々の為にもマル生運動は必要といった答弁」をされるのですが、これに対して国鉄の赤字問題を引き合いに出されて、マル生運動の 中止を迫られているようです。また、その後の質問では、鉄建公団による地方鉄道の建設問題など、国鉄だけの責任にするのは酷な問題なども出てきています。
この辺は、第066回国会 運輸委員会日本国有鉄道に関する小委員会第3号 昭和46年10月13日 をクリックしていただけると幸いです。

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*1

問題なども含めて政府も気づいていたと思うのですがその辺の抜本的な問題への踏み込みはできなかったようです。

特にこの辺りに関しては、佐藤内閣が沖縄問題の解決のために野党の賛成を得たいのでという圧力があったといった記事が出てきます。

しかし、これはいわば保身のための作り話であったと後に磯崎氏本人が語っており、当時の国鉄の背景を考えれば、副総裁陰謀説は事実かもしれません。
この辺につきましても、もう少し検証を重ねていきたいと思いますが、結果的に総裁の陳謝以降国鉄における生産性運動は中止に追い込まれてしまい、国鉄の現場は大混乱に陥ることになりました。

特に助役を中心とする現場管理者は、下位職代行が日常化することとなりました。
ひどい職場では、トイレ清掃までもが助役の仕事とされ本来の業務ができないといった弊害も生じたと言われています。

本来は、下位職代行というのはマネジメントの用語のようで、本来は上位に職制のあるものが下位の仕事を代行することであり本来は奨励されるものではない。
下位の仕事をすることで、全体が見えなくなり現場に混乱をきたすからです。
国鉄の場合、マル生運動の反動で今度は組合管理に陥ってしまった職場でそうした混乱が生じたようです。
この辺は、多々反論もあるかと思いますので皆様のご意見、ご批判をいただきたいと思います。

 

以下挫折した国鉄の生産性運動――マル生(大野光基著 国鉄を売った官僚たち から引用させていただきます。

 山田明吉はいまでも会う人毎に、
 「沖縄返還問題で野党の協力を得たいから、マル生運動を止めてくれと政府から頼まれた」
 と言っているという。このことは当時新聞にも、
 「沖縄国会対策に苦慮する政府・自民党のよけいなトラブルを招きたくないという意向が国鉄に強く働き」(昭和四十六年十月二十三日付『毎日新聞』夕刊)
 と書かせている。
 また、国労の一九七二年度(昭和四十七年度)の運動方針の中には、
 「十月十一日、急に総裁が頭を下げたことについて、ある新聞記者の伝えるところでは、この間に自民党の佐藤直系の某氏から磯崎総裁にじかに電話があり、ある種の示唆があったということです」
 と、極めて最もらしく書かれたくだりがある。
 しかし、長い間、この点について沈黙を守っていた磯崎叡が、最近、ある雑誌に次のような釈明を行ったのは、極めて注目にあたいする。
「私がマル生運動を止めたのは、当時の佐藤総理から
沖縄返還問題で野党の協力を得たいから、マル生運動を止めてくれんか』
と言われたからだという根強い噂がありますが、それは全く根も葉もない噂でして、決して事実ではないということです。
 故佐藤総理の名誉のためにも、ここで誤解を解いておきたいと思います」(『ビッグ・エー』昭和五十元年六月号より)
 事の真相は、副総裁・山田明吉が、自分の反逆行為が露見したときのために仕組んだ作り話であったことは、もはや隠しようがないのである。
 生産性運動で傷つき倒れた多くの管理者や良識職員の恨みを佐藤総理に押しつけて、自分だけ逃げようという犬畜生にも劣る卑劣さに対し、私はただただ怒りに震えるばかりである。
 十一月十六日には全国鉄生産性大会の中止が決定された。
 私にはどうしてよいか全く分からなかった。
 まるで真っ暗なトンネルの中に入ってしまったかのように感じた。
 せめて死んでお詫びしようと、それからは自殺を真剣に考える毎日がつづいた。

 

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国鉄時代助役帽

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*1:鉄道建設公団のAB線 鉄道建設公団が決めた区分で、地方開発線(A線)、地方幹線(B線)とするもので、それ以外に主要幹線(C線)、大都市交通線(D線)、海峡連絡線(青函トンネルE線)、整備新幹線G線)、民鉄線(P線)の7つに区分されていました。

特に、A・B線は無償譲渡、運営は国鉄、主要幹線(C線)、大都市交通線(D線)は国鉄に対して30年年賦で貸付、その後譲渡であり、これも国鉄赤字を増大させる原因となりました。