鉄道ジャーナリスト、日本国有鉄道歴史研究家 日本国有鉄道 社会学 鉄道歴史 労働史

日本国有鉄道 労働運動史

鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 55

皆様こんばんは、またしても2週間近く更新できませんでしたがしばしお付き合いくださいませ。

国鉄の財政は、昭和51(1976)年2兆5,404億円の債務棚上げ並びに昭和56(1981)年に2兆8,200億円の長期債務棚上げが行われ、並行して国鉄財政再建が進められました。

f:id:whitecat_kat:20161030204204g:plain

昭和57年度運輸白書から引用

しかし、実際には損失は増え続け、その内訳を見てみますと、損益勘定利子と呼ばれる鉄道債券・借入金などの利子が利子を生む状態(当時の公定歩合は昭和55(1980)年で7.25%ですから、鉄道債券(一般向けの公募債は国債とほぼ同じ金利だったと考えると、概ね8%台で発行されていたこととなり償還期間5年ということもあり、償還前金を改めて債券で発行する悪循環で、返済利息が雪だるま式に増えていったと言えます。

f:id:whitecat_kat:20161030200600j:plain

総務省統計局資料から抜粋 主要金利水準

その辺を昭和57年運輸白書から引用させていただきます。

国鉄の経営は38年度までにおいては比較的順調に推移したが,39年度に単年度赤字を生じて以来,輸送量の伸び悩みと運賃値上げの遅れから経費の増加に見合う収入の増加が得られず,各年度の欠損額は次第に増加し,41年度には利益積立金を取り崩して繰越欠損を生じ,46年度には償却前赤字を生ずるに至った。更に,48年末に生じた石油危機による諸物価と人件費の大幅な上昇は,収支を大幅に悪化させ,このため,50年度には欠損額が9,000億円を超えて同年度末の累積赤字は3兆円を超える事態となった。その後においても,51年度及び55年度に債務の棚上げ等の措置が講じられたにもかかわらず顕著な収支の改善はみられず,一方,国鉄職員の年齢構成の歪みから生ずる退職金,年金負担の増大が近年に至って顕在化したこともあって,毎年度の欠損額はこの数年1兆円を超える巨額なものとなっており,この結果,56年度末の累積赤字は7兆5,868億円となっている。また,56年度末における国鉄の長期債務残高は16兆円に上っており,長期債務の増加に伴う支払利子の増大は国鉄の経営を圧迫する要因となっている。

そんな中で、国労は、反合理化・ローカル線廃止を国民のための戦いと規定して、『国民の交通』『国民のための国鉄』『国鉄の民主的再建』のため、全力をあげ、国民の足を守りぬかなければならない」という方向で動き始めることとなりました。

組合としては、路線の廃止=職場の縮小を意味するわけですから当然と言えば当然のですが、この頃から動労国労はその活動方針が微妙に変わっていくことになります。

これは、この年に開催された、動労はむしろ、合理化を容認していく方向性が見られるだけに、この頃から双方の温度差は出てきていたと思われます。

ただ、動労が有利だったのは、国労と異なり単一職能組合(機関士・運転士等の乗務員のみ)であったため、意見集約が図りやすかったことがあり、国労のように各種の職種の場合はその辺は中々一枚岩とならないため、最後までその辺の方向が定まらなかったと言えます。

特に、この時期は未だ、国鉄改革の必要性は叫ばれていたものの、国鉄自体を分割して民営化すると言うことが行われるとは思っていなかったため、国民共闘で国鉄組織は守れると考えていたと思われます。

それが、国労の「われわれは、『親方日の丸』論や『国鉄労働者は働かない』といった思想攻撃を打ち破り、『働き、要求し、闘う』の作風を前組合員のものとし、みずからの労働を通じて利用者・国民との連帯を深めるうえでの『親切・誠実』を地道に追求し、全組合員が参加する労働組合運動、そのなかから生まれる創造性と自発性エネルギーを結集して闘いぬく決意である。」という言葉に集約されているように思います。

f:id:whitecat_kat:20161030204833j:plain

山陰本線 嵯峨駅にて 1986年頃

  にほんブログ村 鉄道ブログ 国鉄へ
にほんブログ村

にほんブログ村 経済ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 歴史ブログ 現代史 戦後(日本史)へ
にほんブログ村

取材・記事の執筆等、お問い合わせはお気軽に
blackcat.kat@gmail.comにメール
またはメッセージ、コメントにて
お待ちしております。

国鉄があった時代 JNR-era

 ******************************以下は、国労資料本文になります。**************************

 /_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

第1章、臨時=行革路線と国鉄労働組合

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
 第1節 80年代初頭の情勢と国鉄労働組合
∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽

┌─────────────────────┐
├○ 四 最後の「国鉄再建法」と国労の闘い │
└─────────────────────┘

続き

 国労は12月14日~15日の第123回中央委員会【国労会館】で82年に向けた第2臨調下での戦いの方針を討議・決定したが、そのなかで「今後の戦いを展望する場合、全文運「国民の足を守る会議」の規模で闘うことが重要である」事を提起し、「ローカル線廃止反対の闘いと運政局答申による私鉄バス路線の廃止【全国で約5500路線】反対の闘いを結合して闘い、『国民の交通』『国民のための国鉄』『国鉄の民主的再建』のため、全力をあげ、国民の足を守りぬかなければならない」との方針を決めた。
 「明けて、1982年になると国鉄「再建」問題は、第2臨調第4部会における職場規律あるいは、”悪慣行”などが意図的に取り上げられ、運輸大臣による職場規律そう点検指示とその実施、自民党三塚委員会の活動と提言などを通じて国鉄「労使国賊論」へ、さらには国鉄『解体論」へと、世論操作をともないながら「分割・民営化」論へ進展した。そして、7月20日の第二臨調第三次答申【基本答申】は、国鉄の「分割・民営化」の報告を明確に提起した。
 そうした中で7月29日から開いた第44回定期全国大会【東京・日比谷公会堂】においては国労は、これからの闘いの基調を骨子次のように決定した。

自民党政府が第2臨調の基本答申を受け、われわれ労働組合や勤労国民・革新政党の反対を押し切り強行した『国鉄再建特別措置法』さえかなぐりすて、電車、専売の民営化とともに国鉄を根底から破壊する。『分割・民営化』の攻撃をかけてくることは必至必至。である。第二臨調の国鉄破壊・公共交通法規の政策に対して真っ向から反対し、今日まで築きあげてきた国民の財産としての国鉄を我が国の陸上交通の基幹的大動脈として位置づけ、さらに充実・強化し、国民の利便性、安全性を追求する『国民の国鉄をめざす民主化・政策要求』闘争と『合理化』反対闘争とを結合した闘いが、いっそう切実かつ緊急に求められている。
 われわれは、『親方日の丸』論や『国鉄労働者は働かない』といった思想攻撃を打ち破り、『働き、要求し、闘う』の作風を前組合員のものとし、みずからの労働を通じて利用者・国民との連帯を深めるうえでの『親切・誠実』を地道に追求し、全組合員が参加する労働組合運動、そのなかから生まれる創造性と自発性エネルギーを結集して闘いぬく決意である。そして、この道に立ってこそ、みずからの力を蓄積し、闘う労働戦線の統一と政治的統一戦線形成の基礎作りにも貢献できると信じている。また、このことは国鉄労働組合の歴史と伝統を守り発展させる道すじでもある。」、

続く