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鉄道ジャーナリストblackcatこと加藤好啓の思索帳

鉄道ジャーナリストこと、blackcat、ちょっと硬めの内容を中心に時々書いてみようと思います。

国鉄労働組合史詳細解説 70

みなさま、こんにちは。

久々に更新させていただきます、今回は2回に分けて「自民党国鉄再建に関する小委員会の設置について」という、総裁室調査役の南谷昌二郎氏 *1の報告レポートに私なりの解説を加えさせていただき、当時の国鉄の様子に迫りたいと思います。

なお、出典は、「 国有鉄道 昭和57年10月号」の4ページ~8ページ、自民党国鉄再建に関する小委員会の設置についてから一部引用させていただきました。

まず最初に、こうした小委員会が設立された背景にはいくつかのきっかけがありました。

ブルトレ闇手当が発端で立ち上がった、国鉄再建に関する小委員会

第2臨調もそうですが、それに呼応するようにして昭和57年2月には新聞社による「ブルトレ闇手当」など、今まで表に出てこなかった問題が出てきました。

その背景には、当時の国鉄はすでに破産状態であり、毎年の運賃値上げに加え、毎年7000億円の補助金を国から受けながら1兆円以上の赤字を計上する状態であったことに起因します。

さらに、そうした補助金を受けて居ながらも国鉄職員の態度は決して褒められるものではありませんでした。
もちろん、親切な駅員や車掌もいたかと思われますが、残念ながら世間一般の感覚では郵便局・税務署は公共の施設としてはサービスは良いが、国鉄・警察はその対応が悪いといつも総務庁の調査などではワースト5に並ぶ常連が国鉄でもあったのです。

国鉄赤字を国鉄だけの問題として決めつけるには問題もあるが

もっとも、この赤字がすべて国鉄の問題に帰属するとは言えず、高速道路が重量税など道路特定財源で建設されているのに対して、国鉄の場合は国鉄運賃もしくは借入金からに頼っている他、赤字決算以降も続けられた地方納付金(固定資産税に相当)、さらには国鉄の意思とは関係なく建設される地方交通線【通称AB線】の運営などの無茶振りをも配慮する必要があります。

国鉄ローカル線の建設については昭和30年代に既に疑問が呈されていたのですが、国会議員にしてみれば重要な利権でもありましたので、そうした政治家により翻弄された感はあります。参考 幣blog 鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 地方鉄道研究blog も併せてご覧ください。<(_ _)>

blackcat-kat.at.webry.info

さらに、国鉄が本腰を入れて改善に舵を切ったのは外圧ともいえる部分もありました。

それは、赤字国債の削減と大蔵省が国鉄への負担を大幅に減らすことを要求したのに対して、57年度予算案は自民党としては押し切ったわけで、国鉄としても結果を出してもらわねば困るといったことでした。

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国有鉄道 昭和57年10月号 5ページから引用 

そこで、以下当時の運営委員会の内容を略記してありますのでそれについて私の解説を加えさせていただきながらお話を進めたいと思います。

国鉄再建に関する小委員会 

自民党としても、国鉄問題はすでに大きな問題となっており、その改善は喫緊の課題と言えました。

会合は中4日程度開ける形で開催され決して形骸的な委員会ではなかったことが伺えます。

特にこの小委員会では、マル生以降の荒廃した職場を検証するために、大野光基氏を招き、マル生以後の国鉄の職場管理、労使関係について氏の見解を聞くことからはじまり、2月16日には、国鉄OB等3名を呼んで話を聞いています。

マル生以降の現場の話などを資料等で確認していきますと。
現場では、下位職代行が平然と行われ、便所掃除や事務室の清掃は助役の仕事だといった職場もあったと言われています。
結果的に本来の管理業務が出来なくなり、さらにそこで吊るしあげられるといった悪循環も生じていましたし、助役などの管理職になることを組合が拒絶していましたので、本来であれば助役等に不適合な職員が管理職になってしまうという矛盾も生じたりして、モノ言う管理者が居なくなったという弊害もあったと言われています。

当時読みこんだ資料などで見たのですが、悲しいかな現在そうした資料が引越しの異動などで散逸してしまっています。
資料を見つけ次第またアップさせていただくつもりです。

さらに、2月23日には「国鉄OB等から体験談か述べられた。今回は主として昭和50年代に入ってから今日に近い段階の現場の実態が報告された。」とあるように、上記のような現場の報告がなされたと考えています。

そして、この時点ではまだまだ国鉄幹部の認識は、国労との融和路線を堅持していたように見受けられ、「マル生当時と比較して良くなった」という発言に繋がったのではないかと思っています。

実際に、参加した委員からは、

「マル生当時と比較して良くなったというけれど上層幹部のそういう判断は甘いのではないか」「一般会計から予算が出ている以上、世間の批判を受けることのないような管理レベルに引きあげる必要がある」などの厳しい指摘がされているわけで、国鉄自民党小委員会の温度差はかなりあったと言えそうです。

国鉄幹部にしてみれば、国労なり動労と喧嘩しないように仲良くやっているのだからあまり波風を立ててくれるなということだったのではないかと思っております。

 

第1回 2月5日(金)

 設置の目的、運営方法等につき冒頭、三塚委員長から次の3項目の表明があった。
 ①臨調と対立するモノではなく、相並行して党として専門小委員会として国鉄問題に明確な方向付けを行なっていく。
 ②国鉄の問題は大きく分けて財政問題、組織・経営権の問題、職場規律の問題であるが。これらについて検討を深めるとともに実際現場にも入り実態調査を行なう。
 ③原則として週2回開催とする。また臨調の答申が6月下旬~7月上旬といわれているのでこれらを念頭において方向付けを行なう。
 次いで国鉄から「昭和55年職場管理監査結果」ほか労使関係。職場管理の基本事項を資料に基づき説明した。


 第2回2月9日(火)
 元国鉄労働科学研究所長で。マル生当時職員局能力開発課長だった大野光基氏*2を招き、マル生以後の国鉄の職場管理、労使関係について氏の見解を聞き質疑を行った。


 第3回2月12日(金)
 スト権スト損害賠償請求訴訟について、今日までの経過と今後の方針について国鉄から聴取した。これに対し委員からは。いわゆる運行可能論や訴訟の進行について厳しい批判か述べられ、法治国家の下で違法な行為が行なわれた以上明確かつ速やかにその責任を明らかにすぺきだとの指摘がなされた。


 第4回2月16日(火)
 マル生直後の混乱期に現場管理職の立場にあって苦労した国鉄OB等3名を招き、その経験談を聞き若干の質疑が行われた。


 第5回2月19日(金)
 現場協議制度について国鉄から説明した。委員の中からはとくに、現場協議が当初の趣旨に反して団体交渉の下請けに化しており職場規律の乱れの原因になっている。また、現場協議などの場でヤミ協定が結ばれているが、これに対して当局は明確に無効宣言を出すべきだとの指摘があり、その上で現場協議協定は破棄すべきだとの主張がなされた。


 第6回2月23日(火)
 第2回、第4回に続き3名の国鉄OB等から体験談か述べられた。今回は主として昭和50年代に入ってから今日に近い段階の現場の実態が報告された。


 第7回2月26日(金)
 国鉄から昭和56年度重点職場の実態について、職場の一覧、管理上の問題点等を説明した。これに対して委員からは「マル生当時と比較して良くなったというけれど上層幹部のそういう判断は甘いのではないか」「一般会計から予算が出ている以上、世間の批判を受けることのないような管理レベルに引きあげる必要がある」などの厳しい指摘があった。

 

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瀬野駅にて出番を待つ、EF59(EF56改) 撮影 blackcat

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*1:JR西日本社長・会長

*2:国鉄を売った官僚たちの著者