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鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 84

皆様長らく更新できませんでしたが、久々に更新させていただきます。

本日も国鉄改革について書かせていただきます。

強大な権限を持つ再建監理委員会

第九八国会で審議に入り、八三年五月一三日に可決・成立した。国鉄再建監理委員会(以下、監理委員会と略す)は、単なる研究報告的な委員会では無く、行政委員会という位置づけがなされ、再建のための諸政策の執行機関としての性格が打ち出されていました、
運輸省としては運輸省組織の改編にまで切り込まれるのでは無いかという危惧があったようです、それよりも衝撃を受けたのは当局であったと思われます。

臨調第4部会の中間報告に対して、国鉄の意見として、昭和57(1982)年6月掲載、国有鉄道の記事で、国鉄の見解を以下のように述べています。

長いですが、全文引用させていただきます。

概要としては、

  1. 国鉄の公共性という問題を無視していきなり分割民営化という考え方はう容認でいない。
  2. 現在も国鉄内部で、改善を行っているが分割民営化ありきでは職員の士気にも影響する、ただし経営改善計画が実現しなかったら、民営分割を受け入れざるを得ないので改善には全力で取り組む
  3. 工場・病院・自動車などの関連部門の分離は行うべきでは無い。
  4. 長期債務、年金問題の処理等については、国鉄だけで処理できない問題であり、その点にメスが入ったことは歓迎する。年金問題も然り
  5. 監理委員会を総理府に行政委員会として設置されることは歓迎する。

と言った内容ではありました。

以下、長いですが引用させていただきます。

4 部会報告に対する国鉄の考え方

(1)分割民営化について
 ア 部会報告にある分割民営化については、理念として宣言されたものと理解できるが、次のような問題があり国鉄としては賛成することができない。
(ア)国鉄問題のすぺては公共性と採算性との調和を求めることに出発点をおくべきであると考えられるが、この点で今回の部会報告は、採算性の見地からの主張に片寄り遇ぎているため、公共性に対する視点が希薄であって、「何故国鉄公共企業体なのか」という基本的問題に対する考え方が不明確であること。
 (イ) 緊急措置の実施が新形態移行までの間とされていること。緊急措置については、経宮改善計画の達成に全力を挙げて邁進中の現在、大筋においてこの計画の延長線上にあり真摯に受け止めて取り組んでいかねばならないものと考えられるが、はじめから分割民営化を予定しておき、その目標へ向けての経営努力ということでは再建意欲は湧き上がってこないこと。
 (ウ)多くの人命と財産を預り、日々安全かつ正常な輸送業務を遂行しなければならない国鉄において、これに携わる職員にいたずらに不安感を抱かせることは好ましくないこと。
 イ しかし、逆に、緊急措置も含めて経営改善計画が達成されない場合には、経営再廸促進特別措置法提出の際の自由民主党の決議(55年2月19日)もあり、民営分割も避けられないとの覚悋が必要であり、再建の目標達成に向けて能う限りの経営努力を傾注しなければならないものである。
(2) 緊急措置について
  緊急措置については、細部では若干の異論もあるが、大筋において納得できるものであり前向きに受け止めて新形態への移行とは関係なく実施していかなけれぱならないと考えられる。経営改善計画策定時からみると、貨物輸送量の大幅な減、旅客輸送量の微減など経営を取りまく環境は大きく変化してきており、経営改善計画の目標としている60年度における幹線の収支均衡を達成するには経営改善計画の内容の見直し、深度化をはかる必要がある。したがって、緊急措置は、この経営改善計画の目標達成のための一環として受け止めて実施に移していく考えである。
 しかし、関連部門(自動車、工場、病院)の分離については、種々問題を孕んでおり、実施すぺきではない。国鉄が現在取り組んでいる経営改善計画は、能率向上をはかることが目的であって、単に人数を削減すれぱ事足れりとするものではない。関連部門については、すでに工場勘定など独立した経理を行ない,効率的運営につとめており、今後もなお一層可能な限りの徹底した合理化を実施することとしている。したがって、仮に分離しても人件費が物件費におきかわるに過ぎず収支改善の効果を多くは期待できない。
 また、組織の変更を強行した場合、職員の身分上の問題も発生し、これに従事している職員を他の分野で配転して吸収するとなれぱ全体としてかえって著しい効率低下を招来することにもなる。
 したがって、関達都門の分離は60年度を目ざした経営改善を推進する立場からはとるぺき方策ではない。
 また、給与の抑制についてもとるべきではない。従来から公共企桑体等職員の賃金については、その事業の性格上、個々の経営状況によって格差を設けることは適当でないものとして取り扱われてきた経緯もあり、総力をあげて経営の効率化と職場規律の確立に取り組んでいる現在、職員の士気に影響をおよぽすことのないよう、また、その生活の安定をはかる意味からも職員個々人の給与の抑制はとるべきではない。しかし、給与総額については、合理化による要員削減により、これまで極力圧縮の実をあげてきたところであり、今後ともこの努力を続けていく必要がある。
 (3)長期債務、年金問題の処理等について
長期債務について

一定の処理をするという考え方が打ち出されており、これは方向として は国鉄としてかねてより要望してきた線に沿ったものである。しかし、処理される長期債務の金額や処理する方法について不明確であること、さらに、この対策が新形態への移行を前提として考えられていることには問題がある。今後,経営改善計画を遂行する過程で債務が累積するととは避け得ない状況におかれており,したがって,新形態への
移行とは関係なし 緊急措置も含めた最大限の企業努力を行なうことを前提として累積赤字相当の債務の棚上げを希望するものである。
年金問題について
破局を迎えつつある共済年金制度に対する措置を講ずる必要があるとしとくに類似制度との統合,あるいは追加費用について国庫補助を行なうとしていることは,従来から国鉄としても要望してきたものでありその実現方を希望するものである。ただし,長期債務の処理と同様,新形態への移行-とは関係なく措置されることを希望するものである。
(4) 国鉄再建監理委員会の設置について
国鉄問題の解決のためには,各省庁に分散している権限を一元的に集めて横断的に処理する場が必要であり,この点から監理委員会を総理府に行政委員会として設置されることは意味があると考えられる。

国鉄にとっては、手のひら返しを受けたように感じた?

非常に長い引用になってしまいましたが、国鉄としては今まで散々「公共性の追求」と言って、赤字ローカル線の運営や、学生定期運賃の大幅割引など、本来は国鉄単体が負うべきものでない部分まで公共性の名の下負ってきたにもかかわらず、ここに来て「赤字」という部分だけがクローズアップされたことに対しての不満を述べています。

国鉄は縛られた巨人

実は、この点は国鉄が抱えていた構造的な欠陥であったと考えています。

鉄道省時代は鉄道輸送とそれに関連する部分も鉄道省の範疇(いわゆる省益)としての囲い込みができたので、観光地の開発なども行えたようです。

しかし、国有鉄道になってからは、輸送業務にのみ専念することとが義務づけられ、、関連事業なども民業圧迫大義名分の元、大幅に制限されていました。
民衆駅の最初の走りと言われる豊橋駅なども国鉄としてもらえるのはわずかの店子の借料であって自らも駅の中で営業するといったことは許可されていませんでした。

赤字ローカル線の建設なども・・・

その上、公共性という視点からローカル線の建設等が政府や時の代議士による我田引水ならぬ我田引鉄が行われていました。

鉄道建設公団(現在は、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が昭和39(1964)年に設立されるのも、国鉄がローカル線建設を拒否したことによるもので、十河総裁が再任されなかったことの原因は、新幹線建設費の増大で責任を負ったとされていますが、むしろ赤字ローカル線の建設拒否したことの方が大きな原因でなかったかと考えています。(十河総裁が退任後すぐに鉄道建設公団が、国鉄並びに政府の出資で誕生しています)

参考 鉄道ジャーナリスト 加藤好啓 地方鉄道研究blog (URL変更しました。)

local-line.at.webry.info

さて、話が横道にそれてしまいましたので、再び元に戻したいと思います。

また、緊急措置項目についても、するべき必要を認めつつも、最初から民営化ありきでは、職員の士気に影響するのではないかということで、組織としての当然のことながら抵抗を試みています。

工場の統廃合や、病院の一般診療開始、診療所の廃止なども

また、緊急措置項目の中で工場や病院の分離が提言されておりますが、鉄道病院に関しては、専門病院から一般診療を行う付属病院に変更されるとともに、診療所などが閉鎖されました。

余談ですが、私の父親も国鉄でしたので、病院はもっぱら和歌山駅の美園商店街よりにあった鉄道病院の和歌山診療所でした。
一般診療を行っていないため、いつ行っても空いていたことを覚えています。

閑話休題

さらに、鉄道工場については、分離は行わなかったものの統廃合は行われ。高砂工場が閉鎖されて鷹取工場に統合されるなど全国で工場の統廃合が行われました。

また、自動車についても、分離が提言されていますが、国鉄バスは、鉄道路線の培養・短絡・代行を目的としており、不採算なローカル地域の輸送を担っている路線が殆どであり、分離独立はこの時点では実質的に不可能であったと考えられます。

ただし、国鉄時代からバス事業は独立採算制で行われていました。

余談ですが、自動車部門は国鉄改革時にはJR各社に引き継がれた後、JR四国を除き、翌年には地域ごとに分割されたバス会社がJRの子会社として発足しています。

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第1節 国鉄再建監理委員会の発足と「緊急提言」
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一 中曽根内閣による行革路線の推進

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├○ 反核軍縮運動の国際的高揚│
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 1984年夏、ソ連は米ロサンゼルス・オリンピックをボイコットしたが、同年11月の米大統領選挙でレーガン再選のあと、翌85年1月に米ソ外相会談がもたれ、包括軍縮の合意がなされた。ついで3月には、ソ連のトップのゴルバチョフ書記長が登場し、その夏にすべての核実験中止を一方的に表明した。同年11月、ジュネーブで行われた6年半ぶりの米ソ首脳会談は、具体的成果はとぼしかったが新たなデタント【国際緊張緩和】への期待をいだかせた。ペレストロイカ【改革】とグラスチノス【情報公開】を唱えるソ連共産党書記長ゴルバチョフが、かってソ連を「悪の帝国」と呼んだアメリカ大統領レーガンと会談し、軍縮交渉を行うという事態は、新しい時代を予感させた。

二 中曽根内閣による行革路線の推進

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├○ 国鉄再建監理委員会の発足│
└──────────────┘

 国鉄再建監理員会設置法は、第98国会において1983年5月13日に可決・成立した。監理委員会【国鉄再建監理員会】の権限については、臨調【第2次臨時行政調査会】第4部会報告では、行政委員会【3条委員会)と位置づけ、国鉄再建のための諸政策の執行機関としての性格付けがなされていた。だが、運輸省などからあまりに強い監理委員会の権限について、関係官庁の業務を侵すものと反発が出されたため、臨調の基本答申ではやや後退した性格付けがなされた。そして監理委員会法では、通常の政府の審議会と同じ8条委員会ではあるが、「限りなく3条に近い8条」【中曽根康弘行政管理庁長官】という規定であった。つまり監理員会は通常の審議会以上の権限を付与され、首相は監理員会の意見を尊重しなければならない。また、監理委員会は関係行政機関の長及び国鉄総裁に対して資料の提出、説明その他必要な協力を求めることができる。としている。
 監理委員会は5人のメンバーで構成され、委員長には亀井政夫住友電工会長が就任し、委員には隅谷三喜男東大名誉教授、吉瀬維哉日本開発銀行総裁、加藤寛慶大教授、住田正二運輸省事務次官が任命され、83年6月10日に発足した。監理委員会設置法は第1条において臨調答申を尊重することを事業再建の基本方針にしているのであるから、監理員会の検討方向は当初から国鉄の分割・民営化をめざしたものとなった。

続く