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国鉄労働組合史詳細解説 91

当局に押しきられる形となった国労

 国労は、貨物輸送の縮小に反対するとして、積極的に反対運動を行ったと書かれています。国労としては、全日本交通運輸労働組合との連携を図ったと書かれています。

また、国労は、下記のように総括していますが、施策自体は、臨調の後ろ盾というも、分割民営化を阻止したい当局側の組織防衛であったと考える方が素直であり、「臨調の後ろ盾」と言うよりも、「国鉄当局自体が背水の陣を敷かざるを得なかった状況であった」と考える方がより素直なような気がします。

全日本交通運輸産業労働組合協議会(公式ホームページ)

 国労は全交運とともに全国各地で、宣伝・オルグ活動を強化し、荷主、関係団体、自治体などとともに各管理局や国鉄本社、運輸省交渉などに取り組んだ。全国の自治体での貨物廃止反対決議、意見書の提出、沿線住民の総決起集会、荷主、通運業者の局陳情、対策会議の設置、経済団体の意見提出など幅広い運動が展開されていった。9月21日には、国民の国鉄を破壊する59・2貨物・手小荷物「合理化」反対、地方交通線廃止反対、運賃値上げ反対、要求する中央総決起集会を開いた。全国の職場の仲間から寄せられたカンパで1万8000人の国労組合員が上京し、中央行動に取り組んだ。
 交渉と運動とを有機的に結合する闘いを展開するなかで、59・2ダイヤ改正交渉の回数を重ねたが、この施策が臨調答申を閣議決定して提案されただけに、部分的修正を勝ち取れたものの、施策の基本にかかわる部分、とりわけ貨物取扱駅の存続、ヤードの存続については国鉄当局の態度は頑なであった。

また、国労が行った「自治体での貨物廃止反対決議」はそれなりの効果があったかもしれませんが、結果的には大きな影響を及ぼしたとは言えませんでした。

この辺は国鉄線【1984年3月】の、59.2における貨物駅再編成計額-その経過と反省-で次のような記述が見られます。

地方自治
自治体に対する説得は、保守・革新を問わず相当難行した。荷主がすべて納得しても、自治体だけは反対というケースもあり(最後まで難行した数カ所はほとんどこれに近いケーlスであったてこれは予想外の事態であった。しかし、考えてみれば、自治体が今回の計画に賛意を表することを期待する方が無理であろう。国鉄の赤字は自治体に何の関係もないわけであるし、利用の多少にかかわらず、国鉄貨物駅はないよりあった方が地元にはベターである。
これが大部分の自治体の気持であろうことは推測に難くない

こうした、自治体の反対決議が、国労の運動の成果か否かは判りませんが、貨物駅等が廃止になることで地方納付金(固定資産税に相当する租税)が減少する事への危惧なども有ったのでは無いかと考えています。【この辺はあくまでも私の試験であることをお断りしておきます。】

結果的には、国鉄のシステムチェンジは、国鉄自体の貨物輸送が生き残るためのものであるという認識が、現場から運輸省に至るまで一貫していたことが大きかったとされたと、59.2における貨物駅再編成計額-その経過と反省-国鉄線【1984年3月】では下記のように結ばれています。

少し長いですが、再び引用させていただきます。

 

この転換の最大の推進力は、要約すると次の二点に絞るととができるだろう。
第一に、部外にあっては、国鉄における合理化の必要性がすべての国民の間で、個々の利害を超えたコンセンサスとして成立していたという点である。そのため、抽象的な公共性論等はあったものの、合理化そのものを否定する主張はほとんど聞かれなかった。ただこの条件は、逆の面からみれば、国民は国鉄が合理化に逡巡するととを決して許さないということを意味する。これからの国民の眼はますます厳しくなると考えなければならない。
第二に、部内的には、今回の貨物ダイヤ改正は鉄道貨物が生き残るために避けることのできない施策であるという共通認識が、現場から管理局・本社まで、さらに監督官庁である運輸省に至るまで一貫しており、そしてすべての関係者が、文字通り寝食を忘れて目的達成のために全ガを傾けたという点である。
最後にここで我々が肝に銘じなければならないことは、59・2は拠点間直行輸送体系のハードウェアを作ったにすぎないということである。とのハードウェアを駆使す-るソフトウェアを定着させ、目論見通りの収入を確保するのでなければ、今回のシステムチェンジは次代の展望をひらくものとはならず単なる減量化施策の一つに終わってしまう。

とうことで、国鉄当局としてもこのシステムチェンジは非常に重要な意味であったことが窺えます。

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4線区7駅を2月1日以降一定時期まで廃止を延期

国鉄貨物輸送の廃止は、国労も組織を挙げて反対したが、実際には国鉄の態度に押しきられる形となりました。

ただし、下記の通り一部の特定地方線区はその廃止を延期するなどの措置が取られることとなりましたが、これはあくまでも例外規定であり、国労の言うところの

廃止問題について4線区7駅を2月1日以降一定時期まで廃止を延期するとの修正提案を行い、妥結を迫った。

ここで、国労が主張する、「4線区7駅を2月1日以降一定時期まで廃止を延期するとの修正提案を行い、妥結を迫った。」と言うのは、下図の第一次特定地方交通線の廃止であり、当局側の都合で延期になったと見るべきではないでしょうか。

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もちろん、組合が迫って認めたのか、当局側が最初からやむを得ないと判断したのか判りかねますが、当局側の資料として国有鉄道1984年3月号)を参照しますと、下記のような記述を見ることが出来ます。

特定地交線対策協議会において種々議論があり、各協議会で線区の実情に応じ、一定時期まで暫定的に貨物取扱いを継続することが決定された。もちろん、これはあくまで暫定措置であり、460駅体制の例外をなすものではない。

あくまでも、上記4線7駅の措置は例外的なものであり、転換若しくは廃線になるまでの間、特例として貨物輸送を残すものであると明記されています。

 

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第2節 仁杉総裁の登場と59・2ダイヤ改正
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二 貨物経営合理化と要員削減

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├○ 59・2ダイヤ改正に対する闘い│
└─────────────────┘

 1983年8月19日から開催された第45回定期全国大会の運動方針では、次のような「闘い方」の方針を決定した。

 「1、59・2ダイヤ改正反対の闘いについては、従来の国鉄当局との団交、大衆行動、地域共闘、一定の戦術配置というパターンでは闘いの成功は期しがたいことについて意思統一をはかる。
 2、59・2(特に貨物、荷物)については、単なるダイヤ改正と受け取らず、わが国における陸上輸送の中にしめる国鉄貨物、特に車扱輸送のあり方を問題にした闘いに発展させるとの視点にたった全体の合意のもとに、中央・地方・職場で創意ある闘いを展開していくことにする。
 3、この闘いを展開するに当たって重要なことは臨調・政府の国鉄も貨物輸送のあり方(当局案)に反対する『世論』をつくりあげこれを『国鉄政策』の変更を求める力として結集し、『家庭で国鉄の労使問題として取り組むという闘いの配置が重要である。
 4、輸送システムの変更、修正を求めるという輸送施策の問題については、9月末~10月上旬を重要な山場として徹底した大衆行動を組織し、その高まりの中から前幸運貨物共闘の統一行動の一環としてストライキ等を配置して闘うことにする。」

 国労は全交運とともに全国各地で、宣伝・オルグ活動を強化し、荷主、関係団体、自治体などとともに各管理局や国鉄本社、運輸省交渉などに取り組んだ。全国の自治体での貨物廃止反対決議、意見書の提出、沿線住民の総決起集会、荷主、通運業者の局陳情、対策会議の設置、経済団体の意見提出など幅広い運動が展開されていった。9月21日には、国民の国鉄を破壊する59・2貨物・手小荷物「合理化」反対、地方交通線廃止反対、運賃値上げ反対、要求する中央総決起集会を開いた。全国の職場の仲間から寄せられたカンパで1万8000人の国労組合員が上京し、中央行動に取り組んだ。
 交渉と運動とを有機的に結合する闘いを展開するなかで、59・2ダイヤ改正交渉の回数を重ねたが、この施策が臨調答申を閣議決定して提案されただけに、部分的修正を勝ち取れたものの、施策の基本にかかわる部分、とりわけ貨物取扱駅の存続、ヤードの存続については国鉄当局の態度は頑なであった。
 こうした状況の中で、10月6日にダイヤ改正に伴う労働条件の提案を受けたが、その理由は、国労が従来のダイヤ改正のように、事前協議で一定の施策の合意に基づく提案という形は取れないと判断したことと、施策の論議を今後とも続行するとの合意ができたことによる。と同時に、反対運動の状況が全国・全系統で一様でなく、全体として盛り上がりが十分でなかったため、労働条件の提案を受けることにより闘いを全体として高揚させる契機にしようと考えたからであった。
 12月段階の交渉では、廃止予定駅のうち地元の同意が得られない駅について存続させるよう強く主張したが、国鉄当局は言葉では荷主や関係自治体の理解を求めると言いながら、その実態は施策の理解が得られようが得られまいが、方針を変えないという、過去のダイヤ改正では例を見ない態度であった。国労は交渉において当局が線区、駅の廃止問題について4線区7駅を2月1日以降一定時期まで廃止を延期するとの修正提案を行い、妥結を迫った。組合は、「59・2施策の基本について納得することはできないが、ダイヤ改正実施はやむを得ないと考える。しかし、根室線五能線運輸事業審議会に付議されており、駅廃止問題、組合要求も残っているので、残された期間に交渉を続け、最終判断したい」との態度を明らかにした。根室線五能線の問題が運輸審議会での結論が出されたため、1月27日に「59・2ダイヤ改正に関する協定」等を締結し、1年間の闘いを終えた。これによってダイヤ改正は2月1日から実施されることとなった。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 90-2

貨物事業縮小の陳情に対する当局の態度

再び当時の国鉄の資料を参照しますと、国鉄としては陳情に対して、下記のような対応策で応じていきたいと回答しています。

少し長いですが、全文引用させていただきます

四、陳情と対応策

陳情内容をいろいろな角度から述べましたが、陳情に対して私どもがどう対応しているか述べてみたいと思います。

貨物取扱駅存続460駅体制は、物流のまとまりを考えて組んだものであり、この駅体制と直行システム化は、言わば車の両輪であり、貨物取扱駅の存続はできない。
輸送ルート確保の車扱については、一定のまとまりのある区聞に限定して直行列車を設定しているので、輸送量の少ない区間には送れないことになる。しかし、コンテナでは、ほぽ全方位の輸送を確保するととにしている。
コンテナ輸送のメリットを最大限に発揮させるため、拠点駅への通運免許の付替、通返事業者等の集配力の強化、長距離区間貨物取扱駅が廃止される地域等を中心に、貨物跡地を利用した通運の広域集配基地(通運デポ)の設置等効率的な広域集配体制の確立を図る。
なお、具体的な物資については、次のように対処している。
小量分散型貨物
〔化成品〕・・・数日分を一箇列車にまとめて輸送できないか、私有タシクコンテナによるコンテナ化のしようよう。
〔火薬類〕・・・車扱輸送ルートのない場合、コンテナ化のしようよう(現行では、火薬類はコンテナに積載出来ないが、関係省庁へ規制緩和について折衝中)
〔特大貨物〕・・・運輸上支障のない場合に限り、臨時貸切列車の設定を行う。但し、運賃は割高となる。
大量分散型貨物
〔肥料・米〕・・・コンテナ化をしようよう。
〔みかん・りんご・馬れいしょ等の季節貨物〕・・・臨時のコンテナ、車扱直行列車設定を検討

五九・二ダイヤ改正の延期の要望
五十七年七月の臨調答申、五十七年九月の閣議決定、五十八年八月の国鉄再建管理委員会の基本的実施方針等において求められている拠点間直行輸送体制は、国鉄貨物に残された最後の生き残り策であり、予定通りの期日に実施する。
補償

今回計画による廃止対象駅の規模が大きいことなどから現行の補償制度を全般にわたって見直しを行う。新規補償はしない。
等々を説明し理解を求めているところです。

*1

ということで、車扱輸送を行っていた貨物も極力コンテナで対応できるとしており、専用線にあってもコンテナにより対応できるとしていましたが、多くの専用線を持つ企業は専用線を廃止して、トラック輸送に変わっていったように記憶しています。

西大路駅横には、日本電池((GSバッテリー)現・ジーエス・ユアサコーポレーション)の工場があり線路に沿って専用線が引かれ積込がされていましたが現在は専用線は撤去されてしまいました。(工場の施設自体は現在も残っていますが。)

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左上の大きな建物が湯浅バッテリーの工場で、専用線が伸びていることが判ります。

近代京都オーバーレイマップ

貨物輸送縮小に関しての世論はどうであったか

当時の世論は大きく二つに分かれていました。

  • 国鉄貨物の占めるシェアは僅か7.3%であり、鉄道貨物輸送は終わったと言う、いわゆる鉄道貨物安楽死論であり、臨調や自民党の立ち位置でした。
  • 今回の計画は国民生活の破壊につながるもので、現行輸送方式を維持すべきだ」とした、国鉄貨物公共性論の立場であり、組合並びに社会党共産党などの立ち位置でした。

国鉄としても、鉄道貨物輸送を手放すつもりは無く、実際にコンテナ輸送は57年度で落ち込みはあったものの、それまでも順調に増加していましたので、引き続き経営する意欲はあったわけですが、車扱輸送による赤字、特にヤード継走方式は、到着時間が不確定になるなどの問題を内包していたことも事実でしたので、この辺りで収支均衡を図るためにも不採算部分は思い切って切り離したいと考えていました。

労働組合としては、ヤード系輸送の廃止は反対と唱えていますが、国

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鉄当局側の見解としては、「車扱輸送も5000万トンを割るようでは、ヤード系集結輸送はコストが高くなり、そのうえ到着目時が明確でない、到着時分が長くなるといった欠点ばかりが出ている。」としており、国鉄としても正直言って扱い量全体が減少していく中では、赤字を増やすだけの車扱はしたくないというのが本音であったと考えます。

国労の見解をここに引用させていただきます。

国労の見解については5月21日付の「国鉄新聞」に新しい貨物営業」に対する組合の考え方を明らかにした。

そこでは、国鉄の貨物は国内貨物輸送量の8%を分担しており、きわめて重要な位置にあること。

そして、ヤード系輸送方式からの撤退と直行系輸送方式に転換することは、国民経済に大きなマイナスの影響を与える、さらに、ヤードの全廃と貨物駅の集約は国鉄労働者、通運労働者そして鉄道関連産業労働者の雇用の危機と賃金、労働条件の低下に結びつくものであると批判した。

つづけて、国鉄貨物輸送の望ましい姿としては、

  1. 大企業に奉仕する運輸政策を転換し
  2. 民主的総合交通(貨物輸送)政策を確立し、そこに国鉄貨物を位置づける必要がある。
  3. 国鉄貨物輸送の維持・拡大のためには、輸送方式の改善、営業施策の改善、新規サービスの開始、施設の整備をはかるなどの努力が必要
だと主張した。

と書かれていますが、民主的総合交通(貨物輸送)政策を確立・・・というのはどう言ったものを指すのか、全く具体案が見えてきません、実際トラック輸送に奪われたシェアを取り戻すのに民主的とは何を指しているのか。大企業に奉仕する運輸政策を転換し・・・というのは、昭和47年頃から言われていた話ですが、車扱貨物輸送は、資本家のために安い運賃で荷物を運んでおり、本来得るべき労働者の利益が搾取されているとして反対してきたものですが、逆に安い運賃であったが故に物価が安定していたという面もあるわけで、その後のスト権スト等の闘争で、荷主の信用を失った結果、国労が言うところの、「国鉄労働者、通運労働者そして鉄道関連産業労働者の雇用の危機と賃金、労働条件の低下に結びつく」と言う結果を招いたと考えます。

それ故、国労が提案している「国鉄貨物輸送の維持・拡大のためには、輸送方式の改善、営業施策の改善、新規サービスの開始、施設の整備をはかるなどの努力」というのは国鉄当局としては、ヤード系輸送の廃止を行い、黒字がでている直行輸送系に切り替えることで、自民党や臨調の中で燻り続ける、鉄道貨物安楽死論を阻止する意味合いがあったわけ、そうした意味では、国労の主張は筋として努力すべき点は同じですが、ここに行き着くまでのプロセスにおいて大きな矛盾を抱えていると考えてしまうのです。

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*1:しょうよう【慫慂】そうするように誘って、しきりに勧めること。

国鉄労働組合史詳細解説 90

当局の輸送改変の不当性を訴え、荷主の要望を集約する運動に出た国労

国鉄が、昭和59年2月の改正に向けて行った輸送改変に対して、組合としては、「国鉄問題を赤字や黒字という財政面からだけとらえるのではなく、公共交通・総合交通体系の視点から社会的に論議できるようになるか否かが、この闘いの重要なポイントとなる」として、「荷主訪問運動を全国的に展開し、当局計画の不当性を訴え国鉄貨物輸送に対する要望・意見を集約する。」とした運動方針を打ち立てるのですが、元々国鉄労働者の度重なるストライキにより、荷主が離れていった現状にあって、これはどうなんだろうかと思ってしまうのは私だけでしょうか。

国鉄貨物輸送の問題を国民生活面や産業・経済活動・交通公害などの問題として社会問題化させ、政治的課題にまで押し上げる運動を通じて、国鉄貨物問題を赤字や黒字という財政的課題にまで押しあげる運動を通じて、国鉄問題を赤字や黒字という財政面からだけとらえるのではなく、公共交通・総合交通体系の視点から社会的に論議できるようになるか否かが、この闘いの重要なポイントとなる。」として次のような闘争方針を決定した。

 ① 当局計画の不当性、問題点などについて、職場討議を早急に展開する。
 ② 中央・地方は事前協議で当局計画の矛盾点との追求と合わせて、今日までの貨物輸送の低落に対する当局の責任を徹底的に追求する。
 ③ 国鉄の民主的再建、貨物輸送の在り方についての国労要求を早急にまとめ、大々的に宣伝活動を展開する。
 ④ 荷主訪問運動を全国的に展開し、当局計画の不当性を訴え国鉄貨物輸送に対する要望・意見を集約する。

一部は撤回まで持ち込めたと国労は評価

こうした国労の運動結果については、個人的な見解を述べさせていただくことを許していただくとすると下記の点で矛盾が生じているように思われます。

  • 中央・地方は事前協議で当局計画の矛盾点との追求と合わせて、今日までの貨物輸送の低落に対する当局の責任を徹底的に追求する。
  • 荷主訪問運動を全国的に展開し、当局計画の不当性を訴え国鉄貨物輸送に対する要望・意見を集約する。

いずれも、その原因を作ったのが国労を中心とした運動の結果であったと個人的には考えております。

一つの例として、山陰本線二条駅に自動車輸送のターミナルがあり、京都市内はもとより、滋賀県兵庫県丹波地方】及び鳥取県までの自動車輸送の基地として機能しており、国鉄としても収益の柱として期待されましたが、昭和40年だ後半から頻発したストライキで荷主の信用を失い、昭和47年をピークとした貨物輸送は昭和51年には終了。

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昭和47年頃の二条駅(上方に見える赤い長い線が、自動車輸送用貨車ク5000)

昭和58年頃には保留車となった583系などが留置されていたのを記憶されている方も多いのでは無いでしょうか。

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画像 Wikipediaから引用

大原社会問題研究所に書かれていましたので少し引用させていただきます。

 

こうした運動では、荷主自体が反対していたこともあって「最終的には、八線区一二駅の廃止撤回を得た」と国労の記述では書かれていますが、どこまで国労の運動で荷主が動いたのか、正直その辺はかなり疑問なのですが総評を通じて、組合を通じて後遺症下と言うことになるかもしれませんが、この辺は今後総評の資料などを参照してみないとなんとも言えませんが個人的にはちょっと違うような気がしています。

貨物合理化を柱にした五九・二ダイヤ改正にたいし、国労・全交運の地域での宣伝とオルグの強化によって、荷主、関係団体、自治体などとともに各管理局や本社、運輸省交渉などが取り組まれた。全国の自治体での貨物廃止反対決議、意見書、沿線住民の総決起集会、荷主・通運業者の局陳情、対策会議の設置、経済団体の意見書提出など広範囲の運動が展開されていった。国鉄内のダイヤ改正交渉などを通じて八線区一二駅の廃止を中止させる成果を得

 法政大学大原社研 1982〜1986年国鉄分割・民営化路線の浸透とダイヤ改正交渉〔日本労働年鑑 第57集 057〕

ただ、こうした国労の運動の成果と評価していますが、実際には下図のように、荷主本体からの要請が多数あったわけで、国労の運動がどこまで効果があったのかはいささか疑問と思われます。

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昭和58年国鉄線 10月号から引用

実際、貨物輸送が減少した原因の根本を作ったのは、昭和50年代に行われたストライキがそもそもの原因であり、その点に関しては荷主が明言しています。

日本石油輸送株式会社市場開発部長の記述を見れば明らかでしょう。

四十年代後半に続発した国鉄ストが、国民に与えた不信の後遺症いまだ癒えてはいない。国鉄貨物輸送が、反転できない新たなシステムの転換の局面に立っている時、内部の問題から提供すべきサービスの質と量が低下するとすれば、利用者の意識はどこへ行ってしまうかは明らかであるう。

昭和58年国鉄線 10月号から引用

ただ、国鉄だけにその責任を転嫁するのでは無く、公共輸送ということで、有って当たり前と言う思いは無かったかと反省の弁を述べています。

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 そうした意味では、国労自身の活動のように言っていますが、どこまで国労の意見が通ったのかは不明ですし、結果的には、国労の意見と言うよりも荷主などの協力と国鉄の譲歩などにより実現されたと言う方が妥当かと思われます。

なお。企業によっては新しい拠点間輸送により更なる到達時間に短縮などを期待していると言った記述も見られます。

 

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 国鉄の貨物輸送集約に関しては、国労が反対はしましたが結果的には清水港線など一部の路線の廃止が延長になったりしたほかはほぼ予定通り進められることになりました。

次回に、国鉄本社が陳情等に対しての回答と言いますか、方針が書かれた資料がありましたのでこちらでアップしたいと思います。

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 ******************以下は、国労の資料になります。**********************

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第2節 仁杉総裁の登場と59・2ダイヤ改正
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二 貨物経営合理化と要員削減

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├○ 59・2ダイヤ改正に対する国労の批判│
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 国労は、上記のような当局の提案に対し、83年2月24日、25日に開いた第137回拡大中央委員会で次のように闘争方針を決定した。
 「国鉄貨物輸送の問題を国民生活面や産業・経済活動・交通公害などの問題として社会問題化させ、政治的課題にまで押し上げる運動を通じて、濃くてう貨物問題を赤字や黒字という財政的課題にまで押し運動を通じて、国鉄問題を赤字や黒字という財政面からだけとらえるのではなく、公共交通・総合交通体系の視点から社会的に論議できるようになるか否かが、この闘いの重要なポイントとなる。」として次のような闘争方針を決定した。

 ① 当局計画の不当性、問題点などについて、職場討議を早急に展開する。
 ② 中央・地方は事前協議で当局計画の矛盾点との追求と合わせて、今日までの貨物輸送の低落に対する当局の責任を徹底的に追求する。
 ③ 国鉄の民主的再建、貨物輸送の在り方についての国労要求を早急にまとめ、大々的に宣伝活動を展開する。
 ④ 荷主訪問運動を全国的に展開し、当局計画の不当性を訴え国鉄貨物輸送に対する要望・意見を集約する。

こうした闘争方針に基づき国労は、2~4月には荷主アンケート調査を実施した。5月9日には全国ヤード代表者会議を開き、中央・地方が一体となり荷主や地域での共闘体制づくり全力を上げ貨物切り捨て反対の世論を盛り上げることを意識統一し、ただちに行動に入った。そして、各地方からのダイヤ改善要求の集約化と要求化をすすめた。7月から9月にかけて全国動員の中央行動を実施し、関係省庁交渉、政府・政党に対する陳情行動などに取り組んだ。地方でも管理局前集会、座り込み、デモなどを行った。
 国鉄当局の計画についての国労の見解については5月21日付の「国鉄新聞」に新しい貨物営業」に対する組合の考え方を明らかにした。そこでは、国鉄の貨物は国内貨物輸送量の8%を分担しており、きわめて重要な位置にあること。そして、ヤード系輸送方式からの撤退と直行系輸送方式に転換することは、国民経済に大きなマイナスの影響を与える、さらに、ヤードの全廃と貨物駅の集約は国鉄労働者、通運労働者そして鉄道関連産業労働者の雇用の危機と賃金、労働条件の低下に結びつくものであると批判した。つづけて、国鉄貨物輸送の望ましい姿としては、① 大企業に奉仕する運輸政策を転換し、② 民主的総合交通(貨物輸送)政策を確立し、そこに国鉄貨物を位置づける必要がある。そして、国鉄貨物輸送の維持・拡大のためには、輸送方式の改善、営業施策の改善、新規サービスの開始、施設の整備をはかるなどの努力が必要だと主張した。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 89

地方都市圏で導入された「都市型ダイヤ」

国鉄は、昭和59年の大幅な輸送改善、【システムチェンジ】を提案してきましたが、最も大きな点は地方都市に於ける都市型ダイヤの導入でした。

59年2月の改正で、ヤード系輸送の廃止ばかりが目立ちますが、昭和57年11月の改正で広島地区のダイヤを列車形ダイヤから都市型ダイヤに変更して試行した結果顕著な結果でがでたことから、全国的に地方都市圏でも広島方式が検討されることになりました。

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国鉄線 昭和58(1983)年12月 主要中核都市圏の輸送改善例から引用

この結果を受けて国鉄では下表のように、広島形の都市間輸送を行うこととなりました。【61年11月改正は省略】

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 (1)旅客輸送、① 都市間輸送=山陽・九州の急行、九州内の特急の需要に応じた見直し。北海道地区の急行の一部特急への格上げと普通列車への格下げ。その他線区の需要に応じた見直し。② 大都市圏輸送=首都圏、関西圏で通勤時を中心に輸送改善 ③=その他=普通列車は線区ごとに需要動向を勘案して、編成了数、本数などの見直し、以上の結果、列車キロほぼ横ばい。

 (2)荷物関係、① 拠点間ロット輸送=東海道、山陽、関西、東北、奥羽、日本海縦貫を中心にロット化、締切化を深度化する。② 営業の重点化荷物列車等の改正。
 (3)貨物輸送、① コンテナ輸送=直行系輸送の主軸として輸送力を増強。②=物資別適合輸送=実態に応じ整備、見直しをはかる。 ③=一般車扱い輸送=直行系輸送に再編成する。ヤード体制は廃止する。拠点駅とその他の駅を結ぶ集配列車を設定し、そのための基地を60箇所配置する。列車設定キロはう約29万キロ
 (4)その他、① 乗務員基地の集約等を行う。② 貨物駅を457駅体制とする。② 作業体制、勤務体制を全面的に見直し業務運営の効率化を図る。動力車・列車乗務員の効率化を図る。

旅客輸送を増やす反面貨物輸送は大幅減少

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国鉄監査報告書昭和58年 P103から引用

一般車扱貨物は昭和57年11月と比べても1/3以下の列車本数になり本数的には半減以下になりました。

 この改正では、旅客に関しては利便性が上がるものの、コンテナ輸送=直行系輸送の主軸としてヤード体制は廃止することになるため、全体としての要員は前述のとおり圧縮されることになります。

当然ながら世論も大反対の声が

当然のことながら、国労は、「提案内容に同意できない。後日、要求を申し入れるので実りある団交を」するという要求を出すことになりました。

また、ヤード系輸送の廃止には、専用線や貨物輸送を扱っていた私鉄【関西では別府鉄道等】にも影響を及ぼすこととなり、国鉄の発表を受けて日本化学工業会は、昭和58(1983)年2月1日に運輸省国鉄に対し、扱駅の縮に対して「貨物輸送の縮小に反対」の陳情を行ったとされています。

 国労の資料によりますと、下記のように反論を述べています。 

国鉄当局は、貨物部門のこうした大がかりな合理化を推進するにあたって、荷主や自治体との折衝を全国ですすめていった。国鉄貨物取扱駅の削減で大打撃を受けるものが硫酸、液体酸素などの危険物の輸送を国鉄に依存している化学製品業界である。、計画通りの削減が実施されると、タンク車による輸送不可能量の91万トンを10トン積みタンクローリー車約9万台分で代替輸送しなければならなくなり、当時の道路輸送の4割増になると試算されていた。

当時のっせろんはどのようなものであったのか、実際にはもっとあらゆる声が有ったと思いますが、集約すると概ね下記のような意見が多かったようです。

  • 「県から駅がなくなるのは困る」
  • 市場駅廃止は,市場の存廃にかかわる」
  • 「北海道のパレイショが本州へ送れない」
  • 「四国のみかんが東京へ送れない」
  • 「石炭輸送の廃止は炭坑の死活問題だ」
  • 「危険品が町へあふれる」
  • 「トランスや車両のような重量品はどうして運ぶのか」
  • 「連絡社線を勝手に廃止することは民鉄をつぶすことになる」
  • 「貨物問題は地交線廃止の先取りである」
  • 「不要になった私有貨車や専用線の補償を行え」

等々、様々な問題提起が行われたようです。

「県から駅がなくなるのは困る」といった感情論的な話から、「北海道のパレイショが本州へ送れない」とか、「四国のみかんが東京へ送れない」と言った誤解と【実際にはコンテナで輸送できるわけですから】言いますか割高になるのを嫌ったのかそうした声もあったほか、「不要になった私有貨車や専用線の補償を行え」といったより実務的な話とかもあったようです。

特に道路輸送が困難では無いかと指摘されたのは下記の3点

実際には、国鉄の施策は納得せざるを得ないということで共感される反面、道路輸送の困難を示したのは、下記のような物品であった。

  • 化成品等の危険品
  • 変圧器等の超重量品
  • 鉄道車両

これらの関しては化成品がコンテナに移行しているものもありますが、鉄道により輸送されているのはご存じの通りです。

当時のそうした顛末が、国鉄線 昭和58(1983)年10月号に「不退転の決意で」と言うタイトルで大鉄局の営業部長名で当時の苦労話が書かれていましたので参考に添付しておきます。

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国鉄線 昭和58(1983)年10月号から引用

和歌山県では拠点駅が廃止、それに連動して専用線も廃止

こうした多くの問題を抱えながら、最終的には、一部の駅では廃止が撤回されたところもありましたが、多くはほぼ計画通り進められることとなり、特に天鉄局では、今回の廃止計画の約半数が天鉄局で占めており、多くの貨物扱が集約されると共に、和歌山県では、鉄道による貨物輸送の拠点自体が無くなってしまいました。

この集約に伴い、住友金属空の専用線荷物はもちろん、宮前駅付近から小雑賀に向かって伸びていた化成品の専用線も廃止、初島駅から伸びていた東亜燃料【現在のJXTGエネルギー】の専用線も廃止されるなど和歌山では昭和59年以降は大きな変動が起こりました。

結果的には、僅か3年で1/3まで貨物取扱駅が減少することとなりました。

これにより、拠点駅が全国で87駅、これを補完する駅が335駅となりました。

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国鉄監査報告書昭和59年 P83から引用

 

  「要員削減計画」測って例を見ない大量の人員削減計画であった。「計画」によれば、83年度の要員削減数は2万8900人とし、そのための施策として、① 59・2ダイヤ改正関連【貨物関係1万6000人、旅客関係3000人、荷物関係1000人、計20,000人】② 中央交渉三事案【車両検修業務の合理化で2,300人、線路保守業務の関係で2,000人、電気保全業務の改善で1,500人、計5,800人 ③ その他【各部門における業務体制の見直しで3,700人)の合計2万9,500人の削減を上げ、駅新設などでの600人増を差し引いて実現するものとしていた。

 

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 ******************以下は、国労の資料になります。**********************

 


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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第2節 仁杉総裁の登場と59・2ダイヤ改正
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二 貨物経営合理化と要員削減

┌──────────────┐
├○ 59・2ダイヤ改正の提案│
└──────────────┘

 83年3月24日国鉄当局は、「59・2ダイヤ改正にかかわる計画概要」を組合に提案説明した。あらましの提案内容は次のとおりであった。

 (1)旅客輸送、① 都市間輸送=山陽・九州の急行、九州内の特急の需要に応じた見直し。北海道地区の急行の一部特急への格上げと普通列車への格下げ。その他線区の需要に応じた見直し。② 大都市圏輸送=首都圏、関西圏で通勤時を中心に輸送改善 ③=その他=普通列車は線区ごとに需要動向を勘案して、編成了数、本数などの見直し、以上の結果、列車キロほぼ横ばい。
 (2)荷物関係、① 拠点間ロット輸送=東海道、山陽、関西、東北、奥羽、日本海縦貫を中心にロット化、締切化を深度化する。② 営業の重点化荷物列車等の改正。
 (3)貨物輸送、① コンテナ輸送=直行系輸送の主軸として輸送力を増強。②=物資別適合輸送=実態に応じ整備、見直しをはかる。 ③=一般車扱い輸送=直行系輸送に再編成する。ヤード体制は廃止する。拠点駅とその他の駅を結ぶ集配列車を設定し、そのための基地を60箇所配置する。列車設定キロはう約29万キロ
 (4)その他、① 乗務員基地の集約等を行う。② 貨物駅を457駅体制とする。② 作業体制、勤務体制を全面的に見直し業務運営の効率化を図る。動力車・列車乗務員の効率化を図る。

国労はこの提案に対し、「提案内容に同意できない。後日、要求を申し入れるので実りある団交を」するよう要求した。
 「要員削減計画」測って例を見ない大量の人員削減計画であった。「計画」によれば、83年度の要員削減数は2万8900人とし、そのための施策として、① 59・2ダイヤ改正関連【貨物関係1万6000人、旅客関係3000人、荷物関係1000人、計20,000人】② 中央交渉三事案【車両検修業務の合理化で2,300人、線路保守業務の関係で2,000人、電気保全業務の改善で1,500人、計5,800人 ③ その他【各部門における業務体制の見直しで3,700人)の合計2万9,500人の削減を上げ、駅新設などでの600人増を差し引いて実現するものとしていた。
 7月19日の国労本部と国鉄本社の間の交渉の際に当局から車両数、車両基地と乗務員基地の統廃合についての提案がなされた。それによると車両数約2,180両、車両基地66ヶ所、乗務員基地99ヶ所の減、列車設定キロは在来線旅客で約5000キロ減、貨物約7万8000キロ減という内容であった。
 国鉄当局は、貨物部門のこうした大がかりな合理化を推進するにあたって、荷主や自治体との折衝を全国ですすめていった。合理化による駅や専用線の廃止で輸送の支障をきたす荷主や通運業者などへの補償が百数十億円を超えるものとみなされていた。国鉄貨物取扱駅の削減で大打撃を受けるものが硫酸、液体酸素などの危険物の輸送を国鉄に依存している化学製品業界である。日本化学工業会は、83年2月1日、運輸省国鉄に対して「貨物輸送の縮小に反対」の陳情を行った。計画通りの削減が実施されると、タンク車による輸送不可能量の91万トンを10トン積みタンクローリー車約9万台分で代替輸送しなければならなくなり、当時の道路輸送の4割増になると試算されていた。

続く

 

国鉄労働組合史詳細解説 88

貨物合理化で職場を奪われる組合員

今回は、「新しい鉄道貨物営業について」と題する貨物合理化が計画について、国鉄当局側に資料などを参照しながらお話を進めたいと思います。

今回の貨物輸送合理化により、機関区、貨車区等の保守基地の再編成を行う」ことで2万人強の要員減となるころから、動労としては既に、労使対決から協調路線にその軸足を移していましたのでさほど大きな反対運動にはならなかったのでは無いかと推測していますが、国労にとっては保守基地の再編成による要員縮減は、直接組合員の減少に繋がるため、強く反対せざるを得ませんでした。

国鉄貨物の衰退は、どこにあったのか?

貨物輸送は、昭和45年から減少に転じ、その原因としては下記のような理由があったと言われています。

  •   昭和40年後半を中心に頻発したストライキ
  • ヤード系輸送など実態に合わない貨物輸送

下図でも判るように、貨物輸送はその後も減少しており、特にヤード系と呼ばれる輸送量の減少は著しいことが判ります。

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国有鉄道昭和58年3月号 から引用

 昭和56年の監査報告書でも、国鉄の貨物輸送は直行系を中心に行うべきでは無いかと提言しています。

昭和56年監査報告書 22ページから引用させていただきます。

貨物営業体制の抜本的改善を図ることが必要である。
これまでの国鉄貨物輸送は、高速直行輸送体制の拡充を図ってきたとはいえ、依然としてヤード中継輸送体制を主体とするものである。
ヤード系輸送は極めて非効率な輸送であり、しかも輸送速度が遅く近時における荷主のニーズに適応し得ず、輸送量は激減してきている。
一方の直行系輸送は、高速性、大量性という国鉄貨物輸送機能の特性を発揮し、荷主のニーズに適応し得るものであり、かつまた、経営効率が高いため競争力を維持することが可能である。 したがって、今後国鉄貨物輸送を市場指向型の営業体制に再構築するためには、現行の体制を早急に拠点間直行輸送体制に転換することが必要である。輸送体制の転換にあたっては、この体制に適合する輸送需要を確保するため、ニーズに対応する列車設定、運賃の弾力的適用、車扱貨物のコンテナへの誘導、広域集配体制の確立などの施策を総合的に推進すべきである。 また、この抜本的なシステムチェンジによって貨物部門の収支均衡を図るとともに、国鉄貨物輸送機能を将来にわたり有効活用する基盤を確立することは、国民経済的にも極めて有益なことであり、万難を排して転換を完遂すべきである。

 として、ヤード系輸送とする貨物方式とすることで、貨物の競争力を付けるべきであると提言しています。

監査報告書でも提言されたヤード系輸送の見直し

 

 

直行系輸送とヤード系輸送

国有鉄道昭和58年3月号 から引用

臨調は、こうした監査報告書の提言を受けて、それを支持する形となりました。

実際、昭和56年度の貨物収支は、収入が3200億円に対して、貨物固有経費が4900億円で1700億円の赤字でしたが、「監査報告書」において取り入れられている輸送形態別の収支試算の手法で分析すると。直行系では200億円の黒字だが、ヤード系は1,900億円の収入に対して経費は2倍の3,800億円を要し、1,900億円もの大幅な赤字を発生させていることになり、直行系輸送であれば、貨物輸送は十分黒字になり得ることが証明されたのでした。

 

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ただ、監査報告書でも「この抜本的なシステムチェンジによって貨物部門の収支均衡を図るとともに、国鉄貨物輸送機能を将来にわたり有効活用する基盤を確立することは、国民経済的にも極めて有益なことであり、万難を排して転換を完遂すべきである。」

と書かれているものの、この実現には大きな問題がありました。

すなわち、多くのヤードが不要になることを意味しています。

また、機関車並びに貨車の整備をする機関区や貨車区といった施設も不要になるわけです、少なくともヤードを廃止となると、多くの連結手の要員も余ってしまうわけです。

それまでも、小規模ヤードの統廃合などは進められていましたが、今回の59年2月のシステムチェンジは、全てのヤードを一気に廃止するものであり、組合にしてみれば組織存亡(分会の消滅)に関わることでした。

そこで、国労としても、、より強く反発せざるを得なくなる訳です。

85年度までに貨物固有経費で収支均衡を達成するため。直行輸送体系を確立し、貨物駅を457駅体制とし、ダイヤ改正を実施する。こういった輸送システムの転換に伴い「駅要員をはじめ乗務員、検修要因等の勤務や作業のあり方を抜本的に見直すとともに、機関区、貨車区等の保守基地の再編成を行う」ことで2万人強の要員減となる。

国労の苦悩は個々に集約されていると言って、良いでしょう。

合理化で2万人以上の職場が奪われることを意味するわけですから。

2万人の中には機関士なども含まれているので、2万人全てが国労組合員と言うわけでも無いにしても、かなりの下図の国労組合員も対象になることは容易に理解できます。

当時は、国労国鉄最大の組合組織だったのですから。

当然のことながら国労は反発

昭和40年3月号の交通技術の中で「やさしい貨物操車場の話」の中で、死亡率が多の職場と比べて3.7倍【死亡件数/従事員数】にもなると報告されており、実際危険な職場であることは変わりありませんでした。

更に基本計画では、それまでの860駅を一気に450駅まで減少するものであり、組合からの反対以上に、地方鉄道の存続に関わる問題であるとか、不要になった専用線や貨車の補償を行え、危険品が町に溢れる・・・等々。各種の反対意見があった記録されています。

国労がこれに対して、国労は「提案内容に同意できない。後日、要求を申し入れるので実りある団交を」すると、厳しい態度で反発、動労に関しては現在正史と言うべき資料が手元に無いのですが、おそらく同じような反対をしたものと思われます。

ただ、動労は既に57年頃から、こうした合理化に対しては何でも反対という方向から少しシフトしいましたので、その辺は更に資料を探して今後追記なり修正させていただこうと考えております。

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和歌山操駅付近を走行する特急くろしお 2D

 *******************以下は、国労の資料になります。**********************

 

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第2節 仁杉総裁の登場と59・2ダイヤ改正
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一 貨物経営合理化と要員削減問題

┌──────────────────┐
├○ ヤード系輸送全廃の貨物合理化提案│
└──────────────────┘

 国鉄当局は83年1月31日、59・2ダイヤ改正に関連して「新しい鉄道貨物営業について」と題する貨物合理化が計画を国労に提案した。この提案では、明治以来国鉄貨物輸送の中心であったヤード系輸送を全廃し、ヤードを経由しない直行輸送方式に転換するというものであった。82年7月の臨調基本答申において「貨物営業は、鉄道特性の発揮できる拠点間直行輸送を中心とし、業務のあり方を抜本的に再検討し、固有経費における収支の均衡を図るよう拠点間直行輸送を中心とする輸送体制に再編成するとともに、業務のあり方を抜本的に再検討し、所要の措置を実施に移す」ことを閣議決定した。国鉄当局の計画はこの閣議決定に基づいたものである。したがって、国鉄がすでに実施している「経営改善計画」を大きく変更し、さらに合理化をすすめたものとなっている。
 提案内容の概要は以下のとおりである。

 「国鉄貨物輸送は、この10年間に国内物流量の増大にもかかわらず半減し、シェアモ著しく低下した、これは、ヤード系輸送方式では輸送需要の高度化に対応できなかったからである。一方、国鉄貨物輸送のなかのヤードを経由しない直行輸送はこの10年間の輸送量が横ばいであり、国鉄貨物輸送に占めるウエートを高めている。収支面でもヤード系輸送から赤字が発生しており、直行輸送は収支が均衡している。85年度までに貨物部門の収支の均衡を目指す現行の「経営改善計画」の目標は、ヤード系輸送を維持したままでは達成不可能である。85年度までに貨物固有経費で収支均衡を達成するため。直行輸送体系を確立し、貨物駅を457駅体制とし、ダイヤ改正を実施する。こういった輸送システムの転換に伴い「駅要員をはじめ乗務員、検修要因等の勤務や作業のあり方を抜本的に見直すとともに、機関区、貨車区等の保守基地の再編成を行う」ことで2万人強の要員減となる。

続く

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国鉄労働組合史詳細解説 87

今回は少し視点を変えて

今回は、労働組合視点ではなく国鉄当局視点で、国鉄改革をどのように受け止めていたのか見ていきたいと思います。

国鉄改革に関しては、急進派もいれば慎重派【守旧派】もいたわけで、国鉄の中でもその辺りは微妙な温度差はあったと思われます。

国鉄と言う組織が政治の介入を受けやすく、かつ民業圧迫の名の下関連事業などを制限された状況の中で、道路整備は特別会計による国策で整備され、国有鉄道国鉄自らの資金調達で行わねばならないという矛盾についても国鉄が実質破綻する昭和45年頃までは何も特段の措置を政府は講じることはありませんでした。

その後の再建計画も言わば、数字あわせの再建計画のための再建計画であり、国鉄当局も政府も誰もが責任を負わない体制になっていました。

結果的に、積み上がった借金をどうするのか。

その借金の背景には、新幹線のように本来であれば国策として国がその資金を措置すべき物もあったかと思いますし、8割以上割引の学生通学定期など本来であれば文部省【当時の組織名】が本来であれば補助金と言う形で助成すべき物や、昭和30年代に中央政府が地方交付金が不足したことに対してその穴埋めをする形で始めた地方納付金制度【公社の建築物に対して固定資産税相当額を納付する制度】を活用して、国鉄から資金を吸い上げたりしました。

ですから、国鉄当局としても答申で、「国鉄は破産状況にあり、改革には一刻の猶予も許されない」という言葉は内心忸怩たる物があったのではないかと思われるのです。

今回は、国鉄の部内誌、国有鉄道昭和57年(1982)9月号の記事から引用させていただきました。

少し長いですが、引用させていただきます。

国有鉄道 昭和57年9月号

 

竹内常務理事に聞く
国鉄に対する国民の評価が決め手

-----早速ですが、7月初日に臨時行政調査会の基本答申が政府に提出され、これについて
8月7日の「つぱめ」で、総裁が、真しなお気持を国鉄職員全体に対して訴えておられます。
重複する面もあるかと思いますが、極めて事柄が重大でありますので、竹内常務からも、この基本答申についてのお話をお伺いしたい次第です。

竹内
今回の基本答申も5月17日の臨調第4部会の中間報告と内容としてはほとんど変わっておりません。国鉄にとってたいへん厳しいものになっております。そういうふうに厳しくなった背景をまず私どもとしては,よくわきまえてかからなければならない。要するに,答申はひとにぎりの委員の独断,偏見と考えると大きなまちがいで,国民の多くの方から支持をうけて出されたものであるということです。大筋は中間報告と変わりなし経営形態の変更が国鉄再建のためどうしても必要だとしています。いってみれば公社制度そのものについての不信感が基本にあるわけでして,要はそれが中途半端な制度であり,当事者能力がないために経営姿勢や労使関係がよろしくない。
その上に,現在国鉄が進めている経営改善計画も手ぬるいということで,さらにこれを深度化し,その上緊急に処置すべき11項目というものをかかげて,直ちに改善しなければならないといっておられるわけです。しかし,そうしたもろもろの問題の中でもとくに過去債務の問題,年金処理の問題,青函トンネルや本四架橋といった国家的大プロジェクトにかかわる経費負担をどう考えたらいいのかというような問題は,どうしても国鉄だけでは解決できない。
しかもこれらを解決しなげれば,再建計画はどうにも進めようがないというわけですから,これらの問題をとりあげられたことは私どもとして大変ありがたいことと考えている
わけです。後半部分は省略

国鉄問題は国民注視の問題であるとしながら、公社という形態以上に「青函トンネルや本四架橋といった国家的大プロジェクトにかかわる経費負担をどう考えたらいいのかというような問題」にまで踏み込んだことは大きいと一定の評価をしています。

実際、青函トンネルは工事が進められていたときは、その後の運営を誰がするのか?という点が大きく問題としてクローズアップされました。

実際、青函トンネルを作っても国鉄が維持していくことにたいして,年間800億円の赤字が発生するという試算が出されており、その維持費をどうするのかといった問題が大きくクローズアップされ,青函トンネルの活用方法が議論されることになりました。

実際に,昭和58年7月の鉄道ジャーナルでは、青函トンネルと北海道の鉄道ということで、青函トンネルを喉のように活用するのかと言った点が議論されており、多目的利用の観点からカートレインを走らせて高速道路との融合などという案も提言されていました。

そうした意味で、国鉄だけで解決できないところまで踏み込んだことには一定の評価をしているように見受けられます。

さらに、「監理委員会の任務とか権限というものについて詳細に書かれ、これからの経営形態にかかわる問題とか、先程の過去債務などの問題、再建の基本となる諸問題を処理するということになっているわけです。」ということで、監理委員会がその方針としている、「分割・民営化にはかなりの期聞を要するわけで、その期間中に私ども、現在の経営改善計画を深度化し完遂し、緊急措置事項をキッチリと実行するととが必要なわけです。」

ということで、臨調が分割民営化を打ち出す前に国鉄が,緊急に措置すべき11項目を実行すれば、分割民営化という最悪の事態は避けられるのではないかと判断している節があります。

その辺を本文から引用してみたいと思います。

竹内
ところで、今回の基本答申の中でとくに前回と変わった点は、国鉄再建監理委員会ですネ。前回の中間報告のときはまだあまりハッキリとしてはいなかったのですが、今回は監理委員会の任務とか権限というものについて詳細に書かれ、これからの経営形態にかかわる問題とか、先程の過去債務などの問題、再建の基本となる諸問題を処理するということになっているわけです。
したがって、監理委員会がどういう審議をされ、どういう結論を出されるかということみに、私どもとしては重大な関心をよせざるをえません。どういう形をとるにしても、との委員会に私ども申しあげるべきことは十分申しあげ、国鉄再建についてのご判断にあやまりなきょう努力しなければならないと思っています。だからとそ、総裁もこの委員会に積極的に参加したいといっているのです。臨調の基本答申の分割・民営化にはかなりの期聞を要するわけで、その期間中に私ども、現在の経営改善計画を深度化し完遂し、緊急措置事項をキッチリと実行するととが必要なわけです。

そこで、聞き手は、組織防衛が諮れる可能性があるのでしょうかと聞いています。

これに対して、国鉄の問題は「過去債務の問題や年金の問題は、国民負担にもかかわる問題ということで、やはりその解決には国民の皆さんが国鉄に対してどういう評価をされるかが問題で、それが最後の決め手となる。」

楽観視はしておらず、国鉄自らが変わらないと、分割民営化の答申は避けられないのではないかと結んでいます。

そのためにも、地方議員の兼職禁止やOBを含めた無料乗車証の問題等、過去からのしがらみの部分を改善していく必要があるし、何といっても一番大切なことは毎日列車を正確に運転し、お客さまには誠意をもって接し、きめられたことはキチンとするという、日常業務遂行の態度ですネ。職員が多いから中には多少困ったものもいるとか、仕事がたてこんでくるとそういちいち丁重にも できないと か、そんなことはいいわけにも何もならないわげです。」として職員一人一人の職務を全うすることが国民の信頼を得ることになるのではないかとして言葉を結んでいます。

実際、この頃から国鉄では増収キャンペーンや、車掌などの自己紹介など以前の国鉄と比べれば大きく変わりつつあると印象深くさせることも多々ありました。

ただし、そうした多くの職員が頑張っている中で、機関士による飲酒運転による事故なども発生していました。

昭和57年の3月15日には名古屋駅で飲酒運転の機関士が名古屋駅で特急紀伊に激突事故を起こしていますし、更に2年後の昭和59(1984)年10月19日には、西明石駅で飲酒運転の機関士が工事に伴い電車線運行に変更になっていたことを失念して進入、客車がホームに激突する事故を起こすなどの言い訳が出来ない事故を起こしていました。

余談が長くなりましたが、再び引用させていただきます。

一一国鉄全員一丸となって努力すればいまわれたような方向で改善は可能なわけですネ

竹内
国鉄は永い間、国民の国鉄ということで、国民生活に大変深いかかわりあいをもってきているものですから、国民の皆さんも非常な関心をもって問題の推移を見守っておられると患います。
先程から申しあげている再建の基礎となる過去債務の問題や年金の問題は、国民負担にもかかわる問題ということで、やはりその解決には国民の皆さんが国鉄に対してどういう評価をされるかが問題で、それが最後の決め手となる。
したがって、国鉄としては、国鉄はよくやっているという評価をしていただけるような努力をしなければならない。そういう努力がなげれば、今度設置される国鉄再建監理委員会でもわれわれの望むような結論は到底出されないと思います。
いくつか不都合な点があっても、分割・民営化がいいというのが国民の大多数の意見になる可能性は現状では多分にあることを認識しておく必要があります。
そこで、当面の最大課題である緊急対策の問題ですネ。新規採用の停止、地方議員の兼職禁止、OBを含めた無料乗車証の問題等、どれーっとっても永い過去からのいきさつのあるものですから大変は大変なんですが、これはもう勇断をもって実行しなげればなりません。しかし、何といっても一番大切なことは毎日列車を正確に運転し、お客さまには誠意をもって接し、きめられたことはキチンとするという、日常業務遂行の態度ですネ。職員が多いから中には多少困ったものもいるとか、仕事がたてこんでくるとそういちいち丁重にも できないと か、そんなことはいいわけにも何もならないわげです。

結局、最終答申では国鉄の分割・民営化の方針は覆らず、国鉄としても分割民営化に向けて準備を始めることになるのですが、昭和57年当時はまだまだ、分割・民営化は避けられるのではないか、もしくはもう少し違った形に出来たのではないかという思いがあったように感じます。

 

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続く

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国鉄労働組合史詳細解説 86

  久々に更新させていただこうと思います。

今回も、国労の資料を底本として、他の資料等を参照しながら見ていきます。

国鉄主導では無く、自民党主導で進められる国鉄改革

国鉄改革は、自民党ベースで進められることとなり、それは国鉄当局にとっても、内心忸怩たる思いもあったかと思います。

特に、今回の再建監理委員会の権限は単なる諮問機関では無く実行力を伴うということで、その拘束力は大きなものがありました。

民営化反対を明確にする国労

国労は、監理員会設の設置に反対し、社会党【現・社民党】や共産党と連携を図りながら、法案成立阻止を目指しましたが、法案は82年11月30日に臨時国会へ提出されて以後、国労としては、廃案を目指し法案反対署名100万人の集約や2回の総決起集会などを実施しましたが、当時の世論はむしろ国鉄職員に対する批判が強かったと言われています。
特に、昭和59年2月に大幅な貨物システムの改訂【ヤード系輸送の廃止】に際して荷主からも、もっと国鉄部内ですべきこと、【合理化や、過剰な要員】等を指摘されたという話もあり、世論はむしろ国鉄改革の行方をどちらかと言えば期待しながら見ていると言った風潮がありました。

もちろん、国労も、分割・民営化の本質についての徹底した学習と討議により、闘うエネルギーを結集し、地域への闘いの輪をひろげる努力をしたが、労働組合の側も反対の統一行動が必ずしも組織され無かったこともあり、廃案には至りませんでした。

 

当時の世論を、国鉄線という雑誌の投書から拾ってみますと、下記のような記事がありました。

親切な駅員などがいる反面、これでもサービス業か?と疑われるような職員もいたようです。

少し引用してみます。 

出札窓口編

「単身赴任中の父に会いに行くのを楽しみにしていた母は、父の急用で時期を変更しなければならなくなりました。みどりの窓口にきっぷの変更を相談に行った母はすっかりしょげて帰ってきました。理由を聞くと窓口で叱られたと言います。久しぶりに元気になった母が『迷惑かけてしまって、もう行くの止めようか』とすまなそうに言うのを聞くと悲しくなりました。」

「田端駅で特急『あいづ』の指定券を求めた際、すぐきっぷを渡してくれたが、ふと『あいづ』では発車まで時聞がありすぎるので、もう少し早く帰れないかと思い、その旨尋ねた。すると、その職員は時刻表を見て『いいで』号がありますが、しかし、これから上野へ行つては間に合いません。赤羽へ行けば何とか間に合うかも・・:。と教え、いったん作成した『あいづ』に変えて『いいで』の指定券を心よく用意してくれた。結果は赤羽で四分の余裕を残し、きわやかな気分で帰郷できた。」


車掌さん

「先日、国電の一番後ろに乗ったんです。車掌さんを見てましたら駅の名前を言うだけで、後は新聞を読んでいるんです。動かすのは運転士がいるからいいんでしょうが・・・・。」

「激しい雨の日、電車ですばらしい車掌さんに出会いました。彼は列車が駅に着くころを見はからって『次の駅でお降りの方は、前から二両目でお降り下さい。それ以外のところはホlムに屋根がございません。強い雨が降っています。』とアナウンスするのです。こんな調子でどの駅もこなしてしまい、声にも張りがありました。この放送を聞いて、私は雨の憂うつ、も吹っとんで楽しくなりました。」

ここに記したにはほんの一例ですが、現在では考えられないほど職員の勤務態度は誉められるものではありませんでした。
特に、一番利用者と接するフロントがこのような状況であったことも、国鉄に対して世論が擁護に動きにくい状況を作っていたのでは無いかと推測されます。

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国鉄線、昭和57年4月号投書から拾うから、転載させていただきました。

 

再建監理委員会による緊急提言

 国鉄改革反対という世論を味方に付けようとしても、世間の国鉄に対する批判は、収まらず、 監理委員会は発足後二ヵ月に満たない八三年八月二日には、「国鉄再建のための緊急措置について」を提言し、「経営管理の適正化」「事業分野の整理」「営業収支の改善と債務増大の抑制」の三点にわたって具体的措置を述べています。

  1. 経営管理の適正化」
    組織全般の簡素化や職場規律の確立など
  2. 「事業分野の整理」
    ローカル線の廃止促進、ヤード系貨物輸送の全廃、荷物輸送の廃止
    国鉄の経営改善計画を進めるための、基礎となりました。)
  3. 「営業収支の改善及び債務増大の抑制」
    経費縮減のための要員削減、収入増のために地域別運賃の導入、設備投資の抑制、資産の売却など

実際、この提言を受けて、既に昭和57年には、国鉄職員の新規採用が停止され、そのしわ寄せが現在のJR各社で顕在化している退職者問題に行き着くわけです。
退職により、技術伝承が上手くいかなくなる恐れがあることなどが問題になっているのはご存じのとおりです。

さらに、この提言によって、当時実施されていた国鉄の「経営改善計画」はさらに、加速化されることになり、結果的に、昭和56(1981)年に国鉄が自ら策定した後の無い再建計画よりも遙かに強力なものとなり、結局、昭和59(1984)年5月9日には、経営改善計画そのものの変更せざる得なくなり、実質的に国鉄が計画した再建計画は破綻することとなりました。

投書の国鉄が描いていた再建計画では、

経営の重点化と徹底的な減量化施策を行なうとともに,法定限度内の適時適切な運賃改定や行財政上の措置により,経営の改善を完遂しようというもので、経営改善の具体的な方策としては,
①輸送の近代化
②業務運営の能率化
③収入の確保
経営管理の適正化
⑤設備投資
地方交通線の改善
⑦安全の確保および環境の保全の7項目から成っている

さらに部門別経営改善計画として
①旅客部門
②貨物部門
③荷物部門
④船舶部門
⑤自動車部門
⑥その他の業務の能率化
⑦関連事業
⑧資産処分

の8項目、それぞれの部門について,業務能率の向上や収支改善,収入目標などが掲げられている。

 と言った内容であり、あまり自浄作用が期待できないような計画であったようです。

分割民営化ありきで進められた解体劇

監理委員会は、分割・民営化をその基本方針と定め、世論の醸成を図っていくこととしました。
これは、分割・民営化反対論が国鉄内部や自民党の一部および野党のなか根強く残っていたからでした。
昭和58年1月に国鉄の貨物輸送の大幅な改変(ヤード系輸送を廃止し、直行系輸送中心に切換)する場合も、自民党としては総論賛成、各論反対の状況があって、その説得に難渋したという記録もあります。

f:id:whitecat_kat:20180326204019j:plain第1次地方交通線で昭和59年2月1日以降も当面貨物輸送を残す線区

こちらも併せて参照していただけると幸いです。

ameblo.jpそうした状況を踏まえて、監理委員会としては、早めに基本的態度を打ち出しておき、分割・民営化のための世論環境をととのえるという狙いがあったと言われています。

その辺は、大原社会問題研究所、日本労働年鑑 第57集 1987年版
特集 国鉄分割・民営化問題 I 分割・民営化論の台頭から具体案の作成まで」に詳しく記されていますので、少し長いですが、引用させていただきます。

監理委員会は、その後も国鉄予算など具体的な国鉄改革の意見を発表しながらも、国鉄の分割・民営化のための検討をつづけた。八四年六月四日には第二次提言のなかに分割・民営化の基本方針を盛り込むことを決めた。このことは、分割・民営化反対論が国鉄内部や自民党の一部および野党のなかにまだ根強い状況を踏まえて、早めに基本的態度を打ち出しておき、分割・民営化のための世論環境をととのえるという狙いをもっていた。監理委員会のかかる目論みを引きとるかのように、六月二一日に仁杉国鉄総裁は日本記者クラブで基本的に分割・民営化に賛成だという見解を明らかにした。ついで、三塚博自民党国鉄再建小委員長が『国鉄を再建する方法はこれしかない』と題する著書を発行し、国鉄再建は分割・民営化が基本であると述べた。同盟系の鉄労も六月二六日の中央委で、地域本社制と特殊法人への転換を主張し、国鉄自らの、外圧によらない分割・民営化を推進するよう提言した。仁杉国鉄総裁は七月六日に修正発言をするが、こうした有力者による分割・民営化賛成発言は、反対派の気勢をそぐのに効果があったであろう。こうしで八四年八月一〇日に監理委員会の第二次提言が提出された。

ここで、仁杉国鉄総裁は基本的には分割民営化には賛成という見解を発表するものの、その後はトーンダウンしていくこととなり、同盟系の鉄労は、分割は基本反対であるが民営化は推進の方向を示しました。

ただ、鉄労の民営化推進は、積極的に民営化を受け入れると言うよりも、国労に対する対抗心から出てきた対応策であったと推測されます。

さらに、三塚博自民党国鉄再建小委員長は、改革三人組と呼ばれた幹部職員からの情報を得ながら国鉄分割民営化への道筋を作っていったと言えそうです。

 分割民営化反対で行動する国労

ここで、再び国労の見解と言いますか、国労の記事を参照しますと、下記のように綴られています。

国労としては、国鉄の再建策は、「路線の切り捨て、営業範囲の縮小、省力化、国鉄労働者と利用者にガマンを強いつつ、一方では職場の専制支配【労務管理の強化】と『分割・民営』化を意図するものである。」

と言う位置づけにしているのですが、これは裏を返せば今までのマルにする文化*1を継承しようという意味合いにも取れます。

もちろん、路線の縮小などは「利用者にガマンを強いつつ」というところで当てはまりますが、どうも労働者のための職場を奪われるのは我慢ならないと言うことで、これに対して『みずからもこうする』ということを明確にして闘っていくことが必要である。

ということで、今までの単なる反対から一歩抜け出せたと見えるのですが、国労が示す、

① 民主的な国鉄再建案を具体的に提示し、「職場から地域から運動を盛り上げ、地域から中央を包囲する体制の確立をはかる。」

と言う題目は、対案を国労としては残念ながら示せませんでした。

また、2項目の

② 「みずからもこうする」方針では、これまでの国労国鉄再建に国民の理解を求めるため。「お願いします」の域から一歩出て、「国民の要求をわれわれ自身の要求として闘っていくことを『委員会』の設置後の今日なお一層重要視していく。「われわれが、”誰でも、いつでも利用しやすい国民の国鉄”をつくる担い手として、日常の仕事を通じて利用者・勤労国民との連帯を深めるうえで『親切・誠実』を地道に追求し、

とありますが、上記のような駅員や車掌の態度がそのまま国民に伝わるのか正直この当時の現状を知るものからすればお寒いものを感じてしまいます。

国労の記録から引用させていただきます。

今日すすめられている国鉄「再建」策は、「路線の切り捨て、営業範囲の縮小、省力化、国鉄労働者と利用者にガマンを強いつつ、一方では職場の専制支配【労務管理の強化】と『分割・民営』化を意図するものである。われわれは、政府・独占、当局のこれらの政策・攻撃に反対し、こうすれば国鉄の真の再建ができるということを明らかにしつつ、『みずからもこうする』ということを明確にして闘っていくことが必要である。この立場から。① 民主的な国鉄再建案を具体的に提示し、「職場から地域から運動を盛り上げ、地域から中央を包囲する体制の確立をはかる。」② 「みずからもこうする」方針では、これまでの国労国鉄再建に国民の理解を求めるため。「お願いします」の域から一歩出て、「国民の要求をわれわれ自身の要求として闘っていくことを『委員会』の設置後の今日なお一層重要視していく。「われわれが、”誰でも、いつでも利用しやすい国民の国鉄”をつくる担い手として、日常の仕事を通じて利用者・勤労国民との連帯を深めるうえで『親切・誠実』を地道に追求し、どのような態度をもって望むか、職場で真剣に討議し、討議の結果にもとづいて一つひとつ実行していかなくてはならない。【1983年度運動方針】という具体的な方針を決定した。

 

続く

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第1節 国鉄再建監理委員会の発足と「緊急提言」
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二 中曽根内閣による行革路線の推進

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├○ 監理委員会発足後の国労闘争方針│
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 国労は監理員会に対する警戒感を強め、管理印加位はその権限によって「国家財政の危機の深化に即応して国家財政による負担の切り捨て、行政サービスの放棄はもちろん、採算性だけを重視して『再建』が強行実施されるとしたら、委員会は国鉄のもつ全国のネットワークの特性と公共性を無視した国鉄破壊の推進的役割を果すことになるだろう」【1983年度運動方針】と考えた。
 国労は、総評や全交運とともに監理員会設置法案が82年11月30日に臨時国会へ提出されて以後、廃案を目指し法案反対署名100万人の集約や2回の総決起集会などを実施し、また国会内では社会、共産両党の闘いと連携して反対運動を展開した。だがこの闘いは、国労内では分割・民営化の本質についての徹底した学習と討議により、闘うエネルギーを結集し、地域への闘いの輪をひろげる努力をしたが、この行革反対の闘いが社・共両党のみであるという厳しい環境におかれ、労働組合の側にも臨調攻撃にさらされている舞台での統一行動が必ずしも組織されず、ここに分断され弱さが露呈された」ため、廃案という成果をあげることができなかった。【第138回中央委員会方針】
 監理員会設置後の民主的再建闘争の方針として、国労は次のように決定した。

 今日すすめられている国鉄「再建」策は、「路線の切り捨て、営業範囲の縮小、省力化、国鉄労働者と利用者にガマンを強いつつ、一方では職場の専制支配【労務管理の強化】と『分割・民営』化を意図するものである。われわれは、政府・独占、当局のこれらの政策・攻撃に反対し、こうすれば国鉄の真の再建ができるということを明らかにしつつ、『みずからもこうする』ということを明確にして闘っていくことが必要である。この立場から。① 民主的な国鉄再建案を具体的に提示し、「職場から地域から運動を盛り上げ、地域から中央を包囲する体制の確立をはかる。」② 「みずからもこうする」方針では、これまでの国労国鉄再建に国民の理解を求めるため。「お願いします」の域から一歩出て、「国民の要求をわれわれ自身の要求として闘っていくことを『委員会』の設置後の今日なお一層重要視していく。「われわれが、”誰でも、いつでも利用しやすい国民の国鉄”をつくる担い手として、日常の仕事を通じて利用者・勤労国民との連帯を深めるうえで『親切・誠実』を地道に追求し、どのような態度をもって望むか、職場で真剣に討議し、討議の結果にもとづいて一つひとつ実行していかなくてはならない。【1983年度運動方針】という具体的な方針を決定した。

続く

*1:不祥事を無かったことにする文化