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日本国有鉄道 労働運動史

鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 117-1

久々に更新させていただきます、
今回も国労の労働運動史を底本として、国鉄当局の動きを見ていきたいと思います。

国労との労使協調路線と決別した当局

国労との労使協調と書くと違和感しか残りませんが、当時の国鉄当局は、国労幹部と職員局、動労と運転局が癒着と言えるような状況であり、車両に関しては動労の意見がかなり反映された車両が製造されていましたし、国労の幹部と職員局の幹部の癒着もありました。
この辺は、大野氏の国鉄を売った官僚たちにも出てきます。
そんな、国鉄の方向が大きく変わった潮目は、ブルトレ闇手当問題であり、昭和57年のブルトレ事故【いわゆる名古屋駅で、勤務前に飲酒し酩酊した状態の運転士がDD51形機関車を運転、客車に約20Km/hの速度で激突し、機関車客車双方を大破させたもので、この事故により寝台客車が廃車になっています。】でした。
 
と書かれているように、
当時の職員局長は、タカ派と言われた太田知行職員局長であり、名古屋駅事故を受けて国労に対して対決路線を明確化し、職員局の中で、国労に対して融和的な対応をしていた課長級(給与、職員、調査役)を更迭、更に労坦常務理事や、前職員局長の民鉄協会への出向など国労と近かった人間を片っ端から追い出していくこととなりました。
その流れの中で、兼職議院の廃止や、現場協議制の廃止などを打ち出していったのでした。
 

国労は「紛争対策委員会」でとりかわした労使確認を否定したと言うが

国労は、昇給の実施に関する協定の再締結に変えて、以下のような新しい条件を提案してきたことは既得権益の否定であると大きく反発しています。

国労は、期限切れとなる「昇給の実施に関する協定」の再締結を当局に申し入れていたが、83年6月16日に当局から新しい協定案を提示された。提案された内容は、マル生闘争収拾時に「紛争対策委員会」でとりかわした労使確認を否定したもので、〝信賞必罰?体制の構築による職場管理の強化をねらったものであった。

特に国労は下記の点を強調していますが

改変しようとしている点は、①地方交渉制度の廃止、②私傷病欠勤の特例として従来より5日間カットして「41日以上」としている、③協定3項8号(欠格条項)の適用基準について「勤務成績が特に良好でない者」の表現が「平素職員としての自覚に欠ける者、勤労意欲、勤務態度、知識、技能、適格性、協調性等、他に比して著しく遜色のある者をいう」と従来より表現を具体的にならべるように改めた。④4項(抜擢)の運用基準では、連続抜擢の歯止め表現を削除し、逆に不均衡是正資金は2%から1.5%に狭めようとしている、⑤回復昇給では、停職、減給7カ月以上の者を「4年間以上」、その他「3年間以上」とし、しかも経過期間中に欠格条項に該当した場合は、「経過期間を1年以上延長する」というものであった。

上記、は、国労が特に改悪であるとして挙げた内容となります。
ここで注目したいのは、マル生闘争収拾時に「紛争対策委員会」でとりかわした労使確認を否定、と言う点です。
元々国労が、労働運動の中で一番求めていたのは現場協議制でした。
国労は、昭和27年当時の下賜闘争(いわゆる休暇闘争)等を通じていく中で、現場での交渉権獲得が必要として、「職場に労働運動を」と言うスローガンを掲げてその実現に向けて運動していました。
そのきっかけを昭和42年12月の公労委の勧告でしんた。

最大限、既得権益を守りたい国労

国労としてはこの当時から、職場の既得権を守るためとしてこの運用を活用して行くとしていましたが、
その後生産性運動で、想定以上の果実を受け散ることとなり、これが上記の、①地方交渉制度の廃止、②私傷病欠勤の特例、③協定3項8号(欠格条項)の適用基準等の厳格化であり、鉄労からすれば当然の是正であると感じたであろうし、国労としてみればそれまでの既得権益が片っ端から外されていくという焦りがあったかと思います。
 
他にも国労
地方協定の廃止によって現場長の自由裁量権を拡大し、管理体制を強めることをねらっている。
と書かれていますが、これは国労が自らの労働運動の中で最も弱体化したいとしてきた部分であるから当然と言えば当然と言えるかも知れません。
 
実際、「国鉄労働組合の現場交渉権、その理論と闘い」には下記のように書かれています。

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少し長いですが、引用してみたいと思います。
それぞれの現場に働く組合員の権利を守り利益を守るために必要な組織として作られた現場組織=分会は、その任務を果たすため、必然的に現場長等に対し団体交渉を求める。現場の組合員の不平、不満を解決し、固有の諸要求を実現し、使用者からする労働者の権利侵害をはねかえし、労働強化を排除して。労働者の権利と利益を守るためには、その現場組織とそれに対応する使用者--現場長との団体交渉が必要である。
としています。
現場単位で、労働者の権限を守れと言うことで、これ以外にも管理運営事項であっても労働者の権利に関わることであれば、交渉することができるという法理を導きだしており、こうしたことが現場での闇協定を結ぶ温床になったと思われます。
国労のこうした圧迫に対して、反発を試みますが、結果的には国労のこうした闘いは、徐々に狭められていくこととなりました。
 

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第4節 第四節八〇年代前半の賃金・労働条件を      
       めぐる闘いと専制労務管理への反撃
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 四 団体交渉再開と雇用安定協約の締結

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├○ 三 昇給差別問題への取り組み │
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 国労は、期限切れとなる「昇給の実施に関する協定」の再締結を当局に申し入れていたが、83年6月16日に当局から新しい協定案を提示された。提案された内容は、マル生闘争収拾時に「紛争対策委員会」でとりかわした労使確認を否定したもので、〝信賞必罰?体制の構築による職場管理の強化をねらったものであった。
 改変しようとしている点は、①地方交渉制度の廃止、②私傷病欠勤の特例として従来より5日間カットして「41日以上」としている、③協定3項8号(欠格条項)の適用基準について「勤務成績が特に良好でない者」の表現が「平素職員としての自覚に欠ける者、勤労意欲、勤務態度、知識、技能、適格性、協調性等、他に比して著しく遜色のある者をいう」と従来より表現を具体的にならべるように改めた。④4項(抜擢)の運用基準では、連続抜擢の歯止め表現を削除し、逆に不均衡是正資金は2%から1.5%に狭めようとしている、⑤回復昇給では、停職、減給7カ月以上の者を「4年間以上」、その他「3年間以上」とし、しかも経過期間中に欠格条項に該当した場合は、「経過期間を1年以上延長する」というものであった。当局の提案を第二臨調第四部会報告にある緊急措置のなかに、職場規律の確立のための昇給昇格管理の厳正な運用、という指摘の具体化であった。
 国労は「昇給協定関係職場討議資料」を出して、当局案にたいする詳しい反論をおこなった。概略は次のとおり。
  「地方協定の廃止について、当局の廃止理由は「中央協定は昇給に関する基本的な考え方、細部事情についてもおりこんだものとなっており、とくに地方協定を結ぶ必要はない」というものだ。今日の国鉄労使関係の状況のもとであいまいな基準で「管理者の判断」による昇給が行われた場合、公正な昇給は絶対に保障されないだろう。当局は「昇給が企業に対する貢献度(勤務成績)にもとづく査定を柱としたものであることは、民間企業をみても当然のことである」という考え方である。これに対し国労は、年功賃金体系のもとで定期昇給制度はその基本をなすものであり、「勤続1年1歳分に見合う賃金水準の維持分である」と反論した。そして、「昇給はまぎれもなく賃金であり、公労法にいう団交事項であることは、いまさらいうまでもない。
 昇給の実際が地方でおこなわれている以上、地方協議のルールは不可欠なのである」と主張した。
 次の問題は3項8号(欠格条項)の改定である。当局提案のねらいが、昇給欠格条項の「基準」を拡大解釈の可能な表現に変え、適用枠を拡大しようとするものである。さらに3項8号の減号数を一号俸に限定せず、「一号俸以上」とし、必罰体制を強化しようというものである。第3に、地方協定の廃止によって現場長の自由裁量権を拡大し、管理体制を強めることをねらっている。
 抜擢昇給についての当局案は、連続抜擢の制限を削除したものである。つづく当局提案の問題点は、回復昇給ルールについてである。当局案は、いかなる基準で「勤務状況が良好でない者」の判断をするのかは不明にしたまま、管理者の一方的な判断よって決定される方式であり、回復の見込みのない者がでてくることは間違いない。これは国鉄の職場管理の強化手段にほかならない。」
 昇給協定の交渉は回を重ねたが難航を続け、8月10日の団体交渉で、国労は、公労委へ斡旋申請を行うことを通告し、斡旋事項を①地方交渉制度の存続、②回復昇給制度の2点にしぼって申請した。公労委の斡旋作業は、9月9日から10日にかけて続けられたが、当局側が自らの主張に固執した。このため公労委は「これ以上作業を進めることは困難。当事者間で改めて自主的解決のための努力を」との見解を労使双方に示し、作業を打ち切った。
国鉄当局は再交渉を進めるうち「11月6日中に当局案で妥結」を国労に迫ったが、合意に至らず継続協議となった。その一方で鉄労、動労、全施労とは先行妥結しており、そのため今後、差別昇給の実施も予測される事態となった。 
 その後も交渉が続けられたが、これ以上続けても事態の打開は困難とみて、国労は11月28日に公労委へ仲裁申請を行った。
その結果、12月10日、仲裁裁定が提示された。主文では「昇給協定における地方協定制度及び回復昇給に関しては、本年6月16日付け当局提案の協定案によること。なお、昇給の実施については、当局は地方対応機関において説明し、組合はこれについて意見を述べるなど、相互の理解に努めること」となっていた。
この裁定について国労は、国労の主張が不十分ながらも受けとめられた」と評価し、裁定提示後ただちに団体交渉を再開始し、昇給協定を締結した。
 この昇給協定にもとづいて実施された83年度昇給についての全分会対象の実態調査によると、国労組合員にたいする大量の差別昇給の実態が明らかとなった。加えて、84年度昇給の結果も、差別昇給の拡大されている報告が数多く寄せられていた。このため、こういった「不当差別に反対する闘いを継続的に進めなければならない。苦情処理機関の積極的活用による不当差別昇給の撤回、現場長に対する抗議交渉、団体交渉による当局の不当性の追及、あるいは必要により公労委の活用などを通して闘っていくことにする」(「1984年度運動方針」)との方針を決定したのである。 

続く