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日本国有鉄道 労働運動史

鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 133

長らく更新できませんでしたが、久々に更新させて頂きます。

国労の記事では世界情勢を中心とした内容でしたので、今回は割愛し、国鉄の昭和60年国鉄線9月号からの記事を参照しながら解説を加えさせて頂こうと思います。

国鉄は、昭和59年度で収支均衡を達成した?

国鉄は昭和39年以降赤字決算だったという言うことで、それ故に民営化が行われたと言うことになっていますが。

実は、国鉄監査報告書を参照しますと、国鉄の収支は幹線系に限れば、昭和59年には黒字を達成していました。

これは、昭和60年における幹線系の収支均衡を図るという目的からすれば、1年早く達成した目標でした。

以下は、国鉄部内紙、国有鉄道1985年9月号から引用したものですが。

昭和59年の損益が345億円と営業外損益を差し引いても黒字に転換していることが理解して頂けるかと思います。

国鉄、経営改善計画の収支、昭和59年度で幹線系の収支均衡を達成している

経営改善計画の収支 引用 国有鉄道 1985年9月号

国鉄では、最終年度の昭和60年では、特定人件費を除く分野でも黒字化を達成しており、本来であればここで民営化を止めるチャンス、というか分割を止めるという選択肢を得られたと思えてなりません。

新幹線保有機構が誕生した経緯

ただし、当時は国鉄改革が上手くいくとは改革3人組と言われた3氏でも見通せなかったでしょうし、実際再建監理委員会の決算では、毎年の値上げが必須で、五年後で収支均衡すると考えていました。
当時の世論では、今までは、「国鉄職員=働かない」・・・という、そんな印象を持たれていたのも事実でしたが、実際には出向や管理局ごとでの直営売店などの営業、更には採用中止と勧奨退職による人員削減が行われていたわけですから、その辺をもう少し見極める、もしくは5年で一度経営形態を再度見直す、そんな条項を入れておくべきだったのではないかと思ってしまいます。

天鉄局 松阪駅直営売店の国鉄職員

天鉄局 松阪駅直営売店国鉄職員 引用国有鉄道 1985年9月号

実際、三島会社の経営自体は当初から厳しいとして、基金の上積みが行われたほか、

新幹線保有機構を作って収益調整装置にしたのもそうした表れでした。
新幹線保有機構JR各社間の収益を配分すると言うことで誕生しましたが、当初は新幹線会社を作って、新幹線会社が東北・上越新幹線の赤字を補填するという案もあったそうです。
他にも、東海道新幹線の収益で、上越東北新幹線、並びに東海会社(この場合は、中央線が東海会社に帰属するので、秋葉原駅・東京駅を会社の境界にするということで、都市間流動の分断が発生すると言う問題があると指摘しています。

内部補助を前提にした分割案 新幹線鉄道保有機構の成立と沿革から 引用


参考:「Hosei University Repository 新幹線鉄道保有機構の成立と沿革から」を参照
ここで一番問題となったのは、新幹線、特に東海道新幹線の収益性が飛び抜けてよい(収支係数で32程度、山陽新幹線も60程度で推移するのに対して、東北・上越新幹線は200超と大きく(100以上なので当然赤字)、東海道新幹線の収益で東北・上越新幹線を内部補助しようということで計画されたようで、当初は新幹線を在来線から完全に分離する案もあったようで、そうなっていたら在来線を保有するJR各社は西日本も立ち行かなかったで有ろうと思われます。

最終的に、各社の収益を平均化すると言うことで、新幹線に関しては在来線を保有する旅客会社にリースという形で貸し付けることになったわけです。

本当に分割しかなかったのか?

以下は、個人的な素朴な見解なのですが。
再建監理委員会の答申では、国鉄の分割ありきが前面に出すぎているきらいがあり、新幹線の持つ圧倒的な収益性を持つ、東海道新幹線で東北・上越新幹線並びに、東北地域の在来線を維持する内部補助を行うとした資料に注目したわけですが、分割ありきの作文と思えてしからがないわけです。
最初から、東海道新幹線の収益で東北本線や、東北・上越新幹線の内部補助を行うのであれば、分割ではなく、新幹線会社+在来線会社でも良かったわけで。
在来線会社も場合によっては、国鉄がそうであったように、幹線系と地方交通線系に分離して、地方交通線系にあっては、地方ごとに独立採算、幹線系は全国一律で一体民営化による独立採算、新幹線での黒字分を赤字ローカル線を多数抱える地方交通線系の会社に内部補助というスキームでも良かったのではないかと思ってしまいます。

もちろん、これは後付けの知恵でしか有りませんが。
内部補助で、東北。上越新幹線だけではなく、東北本線などの赤字補填という案を見るに付け、何だかなぁと思ってしまうわけです。
もっとも、その結果、新幹線に関しては新幹線保有機構が、保有して東海・東日本・西日本にリースするという形となったわけですが、この方式では新幹線を資産として計上できない他、リース期間終了後の新幹線の扱いが不明瞭であったこと、整備新幹線の財源を探していた政府との思惑もあって、最終的に、本州各社に売却する(その際、1兆円の上積みが行われた)訳ですが、上場前であったこの時期、敢えて売却ではなく、新幹線保有会社と在来線会社として完全に分離したうえで、将来的に統一するというスキームが示されていれば、現在の並行在来線問題も含めて又違った形になっていたのではないでしょうか。

東海道新幹線

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国鉄労働組合史詳細解説 132

監査委員会が提出した最終答申と国鉄

昭和60年7月26日、国鉄再建監理委員会は、最終答申を総理大臣に提出、国鉄の分割民営化への方向性がきまることとなりましたが、以下に書かれているようにその大方針としては、旅客会社の6分割と貨物会社の単独分離、更に新幹線に関しては旅客会社の保有ではなく、保有機構が持つと言う点が注目される点でした、1~3は、組織のあり方であり、4番は人の流れと言うことで、労働運動的には、当然のことながら余剰人員対策に注目するわけですが、
弊サイト国鉄があった時代には下記のように記述されています。
再建監理委員会「国鉄改革に関する意見」を総理大臣に提出 7/26
  1. 旅客6分割
  2. 貨物分離で1社
  3. 新幹線は一括保有機構が旅客会社に貸付
  4. 余剰人員対策
この件に関しては、監査報告書に以下の通り記述されていましたので、抜粋したいと思います。 余剰人員対策に関してはどのように記述されていたのか

  昭和60年監査報告書

第 2 要員合理化及び余剰人員対策
1 . 要員の合理化
日本国有鉄道は、「意見」の 趣旨に沿って 、新経営形態への移行のため、最大限の要員の合理化を進めるものとする 。
2 . 余剰人員対策
要員の合理化により生じる余剰人員問題については、日本国有鉄道及び第4の日本国有鉄道清算等のための組識においてその解決のため最大限の努力を行うことを前提 として 、「意見」の趣旨に沿って、強力な支援措置を講じる 。
 
( 1 ) 国 (特殊法人を含む。) においては 、その採用数の一定割合を雇用の場として提供することとし、昭和61年度の採用から実施に移す。
また、地方公共団体等に対し、国が講じる措置に準じ積極的に採用を進めるよう要請するとともに、一般産業界に対しでも、全国的規模での雇用の場の確保に協力するこ とを要する 。

(2) 新経営形態移行前に日本国有鉄道が実施する希望退職募集の実効を挙げるため 、 退職時の給付の臨時の特例について立法措置を講じるとともに、 新経営形態移行後 の余剰人員の円滑な職業転換の促進を図るための基本計画の策定等について所要の立法措置を講じる 。

(3) 以上の措置の具体的な内容及び仕組みについては国鉄余剰人員雇用対策本部を中 心に引き続き検討を進める 。

 

*1第4の日本国有鉄道清算等のための組識とは、
 
まだ、この時点では、国鉄の分割民営化に関する法案は、成立していない訳ですが、答申を最大限尊重すると中曽根首相が発言したことにより、答申に基づき国鉄改革は、次のステージに移ったと言えます。

国鉄当局に設置された再建実施推進本部

 国鉄では、昭和60年7月4日に、再建監理委員会「国鉄改革に関する意見」の答申に先駆けて、杉浦総裁の下、「国鉄の役職員が一丸となって再建に取り組むという 決意を部内外に明らかに したものである。」にあるとして、杉浦氏が中曽根首相により送り込まれた、総裁であることを考えれば当然なのですが、先行して率先して行って国鉄改革に取り組んでいるとして分割民営化を先取りさせたのは、国労が以下のように分析していますが。「審議会や懇談会・調査会といった各種の諮問機関を多く設置して、その答申や報告を援用しながら政治をすすめるという手法が目立った。」
 多数の諮問機関などに打診していくとともに、マスコミによる世論操作も併せて行われたという分析は、中々重要な点を突いていると言えそうです。
 
  実際に、再建監理委員会の意見書を提出した時点では、国鉄関連法案が成立していたわけではなく、あくまでも方針を示しただけなのですが、国鉄自身も、分割民営化は既定事項であると振る舞っていたわけで、国労は、「国労潰しのファッショ的ともいえる政局運営であった。」と書いていることはあながち間違っていないとも言えそうです。
 
プロジェクトチームの所掌などは以下の通りとされていますので引用してみたいと思います。

 1 設置の目的既存の
「緊急対策実施推進本部 ・ 経営改善推進委員会J (昭和57年9月設置)及び総裁室のプロジェクトチーム(経営改革推進チーム)を発展的に解消し、この推進本部を設置した。その目的は、国鉄再建監理委員会並びに政府と密接な連携を取りつつ 、 国鉄再建の実施案を策定し、さらにその案の決定後、その円滑な実施をはかることである。


2 所掌事項推進本部においては、次の業務を行う。

  1.  国鉄再建に係る実施案の策定に関すること。
  2.  前号に基づく具体的な実施計画の策定及びその実施の推進に関すること。
  3.  前 2 号の業務に関し、部外関係機関との連絡調整に関すること。
  4.  その他 、国鉄再建に関し必要なこと。

さらに、組織については下記のように記述されていますが、とりあえず入れ物だけを作ったという感じで、内容的には具体的なものは見えいません。 

3 組織推進本部は、本部長及び副本部長及び本部員で組織する。各構成員は、次のとおりである。
本部長  総裁
副本部長 副総裁、技師長
本部員  本社常務理事、本社内各長
また、推進本部の下に本社内各総務担当課長で構成する幹事会を置いている。

4 事務局
推進本部に事務局を置き、経営計画室がこれにあたることとなった。
また、専任の事務局長を設置した。事務局長は、事務局業務の総括、幹事会の招集及び部内調整業務を行うとともに 、推進本部に係る事項についての窓口と し て 、政府 、監理委員会との連絡調整にあたることとなっている。

国鉄再建に係る事項については , 非常に複雑かっ広範囲にわたるため , 主要テ ー マごとにプ ロ ジェ ク ト チ ームを設け 、 専門的に実施案の検討及び実施の推進にあたる こととした。

国鉄再建に係る事項については , 非常に複雑かっ広範囲にわたるため , 主要テ ー マごとにプ ロ ジェ ク ト チ ームを設け 、専門的に実施案の検討及び実施の推進にあたることとした。

以上のように、随時その内容を変更させるといったものであるが、入れ物だけを作ったという感が強く感じてしまいます。
 

図を含めて、この間の記事に関しては、【国有鉄道 昭和60年8月号】から引用

続く

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第三章 分割・民営化攻撃の本格化と国労闘争

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第一節国鉄再建監理委員会最終答申
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┌───────────────────────┐
├○ 一 日本の「円高不況」と東西緊張緩和の流れ│
└───────────────────────┘
 
 円高不況下で2度目の衆参同日選挙

 1985( 昭和60) 年7月の国鉄再建監理委員会最終答申は、第2臨調=行政改革二〇三高地といわれた国鉄改革=分割・民営化への具体的な見取り図であった。以降、87年4月1日のJR体制発足へむけて、そのすべての過程が国労っぶしをねらった国家的不当労働行為と断じられたように、中曽根内閣によるファッショ的ともいえる政局運営であった。それは、中曽根首相らが「大統領型総理大臣」と呼んだように、歴代自民党内閣とはいささか異なっていた。審議会や懇談会・調査会といった各種の諮問機関を多く設置して、その答申や報告を援用しながら政治をすすめるという手法が目立った。防衛費の1% 枠突破問題をはじめ、国鉄の分割・民営化、教育改革、靖国神社公式参拝など、公的・私的諮問機関が利用され、これら諮問機関に自己のブレーンである学者や文化人を送り込んで政策展開の地ならしを行い、マスコミを通じて世論操作の道具にした。
 1986年7月の衆参同日選挙は、?仕組まれた選挙?ともいえた。83年12月の総選挙で大敗を喫していた自民党は、6年前の初の衆参同日選挙での大勝再現を策略し、全野党の反対を押し切って臨時国会を召集した( 6月2日) 。しかし、野党側がこれをボイコットしたので国会は開かれず、衆議院議長が議長応接室で解散詔書を読み上げるという異常事態のなかでの解散であった。選挙運動さなかの6月14日、中曽根首相は国民に評判の悪い大型間接税について「やる考えはない」とまで明言した。選挙結果は、自民党のもくろんだとおりの結果となり、自民党は衆参両院とも結党以来最高の議席数を獲得した。中曽根首相は、この政局を「86年体制」の成立と誇った。
 一方、1985年9月、アメリカで開かれた先進5ヵ国蔵相会議(G5) は、異常なドル高を是正するために国際為替市場への協調介入と各国金利の協調利下げで合意をみた( プラザ合意) 。
その背景には、減税( 金持ち優遇) と軍事費増大( 強いアメリカ)を柱とするいわばレーガノミックスのもとで財政赤字と国際収支の「双子の赤字」に悩むアメリカ経済、そして80年代前半の日本の集中豪雨的な世界市場進出( 輸出) があった。翌86年にアメリカは対外純債務国となるが、とくに貿易赤字全体の3割近くを占める日本への風当たりは一段と強まり、日本に金融市場・資本市場の開放を強く求めていた。プラザ合意以降、円高ドル安傾向が加速的にすすみ、日本経済は「円高不況」に当面することになった。そこで政府は、86年1月から一年余りの間に5衣にわたって公定歩合を引き下げ、86年2月以降は史上最低の2・50%の時代がつづくが、こうした強力な景気テコ入れをすすめるとともに、他方では軍拡予算を優先しつつ( 防衛費突出) 、行政改革の名において社会保障をはじめ教育、中小企業対策、地方補助金、民生関連公共事業など国民生活のための切実な財政支出は削減した。また、円高によって輸出にブレーキのかかった大企業はさらに新たな合理化をすすめ、賃金の抑制、下請け価格の切り下げをはかった。その結果、86年と87年の春闘賃上げ、人事院勧告、公労委仲裁裁定はいずれも前年の実績を下回り、失業率も85年の2・62% 、86年の2・77% 、87年の2・84% へと悪化した。しかし、円高不況も86年11月に底をつき、これ以降はいわばバブル経済の時代に入る。国鉄分割・民営化によるJR体制の発足は、バブル経済の始まりと軌を一にしていた。
 さて、86年7月の衆参同日選挙で圧勝した中曽根内閣は、同年11月に国鉄改革11 分割・民営化法案を成立させたが、先の選挙前に明言した舌の根も乾かない87年2月に「売上税」導入( 国会上程) を図った。中曽根内閣への国民の反発は強く、その12月8日投票の参議院岩手補欠選挙で売上税反対を訴えた社会党候補が自民党候補をやぶり( 岩手ショック) 、この年の統一地方選挙でも自民党が大敗したこともあって売上税関連法案は廃案となった( 4月) 。
5月になると4年半にもおよんだ中曽根内閣の後継者レースが始まり、最大派閥を誇った田中派の分裂をへて10月、自民党総裁選挙に立候補した安部・竹下・宮沢の三人のなかから中曽根首相が竹下幹事長を自民党総裁に指名し、11月6日、竹下登内閣が発足した。

続く
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*1:第4の日本国有鉄道清算等のための組識

新経営形態移行に際して 、 「意見」の趣旨に沿って、新事業体が引き継がない資産債務等の処理及び余剰人員の再就職のための対策を行わせるため、日本国有鉄道をその清
等のための組織に改組する 。

国鉄労働組合史詳細解説 131

今回は、鉄労が提唱した地域本社制に関しての国労の見解です。 なお、公正を期するために、鉄労自らの、地域本社制に関する話を合わせて参照しながらお話を進めたいと思います。

国労視点では、鉄労の地域本社制導入は、分割民営化を容認したと認識

最初にお断りしておかないといけないのは、鉄労は、「再建監理委員会の緊急提言に対する我々の意見と任務」並びに「国鉄の分割・民営化から職場を守るために・業務の外注化より労働生産性を高めよう」という別冊資料を提案し、国鉄再建に対する考え方を明らかにしたとしていますが、これは国鉄の分割民営化を容認する、もしくは、推進するものではありませんでした。 国労の資料では、以下のように鉄労がその方針を変節させたという風に書いています。

「現行制度の悪弊を除去すると共に徹底した分権化をはかり、民間的手法の大幅導入を可能とするなど、経営者の権限と責任によって可能な限り自由に企業意志を決定できることを基本とした経営システムヘと改革しなければならない。」
経営規模を適正に区分し「地域本社制」で再建をすすめるべきだ、と提言した。
この内容は、81年の「国鉄経営改善計画」について「鉄労の意見」( 5月に発表) を変更するものであった。

 と書かれていますが、ここで書かれている、国鉄経営改善計画とはどのようなものであったのでしょうか。

1981(昭和56)年に鉄労大会で提案された、国鉄経営改善計画とは以下のようなものでした。

鉄労の国鉄経営改善計画とは?徹底した合理化と正常な労使関係

鉄労の根底には、徹底した合理化などにより、健全な労使関係の確立と徹底した合理化は必須であり、業務の外注化をも含めて徹底的な生産性の向上を図るべきであるというのが基本的な考え方でした。

その辺を当時の国労大会の様子を記した、「1981年11月号 国有鉄道」という部内紙から引用してみたいと思います。

鉄労としては「経営改善計画の不備を補い、誤りを改め 、目標達成に向かつて大胆に再建に取り組んでい く」と宣言 、具体的には、(再建期間中はス卜をやらない)平和条項を含む再建協定を労使で締結。これを労使共同による"国鉄再建宣言"として国民の前に明らかにする。そして、現在、各組合と当局との間で聞いている"労使会議"を一本化し、(当局と全組合による〉合同労使会議(仮称)を設置、この中で再建問題や労働条件、合理化施策について話し合ってはどうか、という提言、今後、実現を迫っていく意向である。

仲裁と国鉄再建で議論一鉄労の年次全国大会から-

国有鉄道 1981年11月号

鉄労としては、当局が合理化であるとか、正常な労使関係と書いているものの、その中身にあまりにも踏み込んでいないことに対して、どう対処するのか、違法ストに対して当局の姿勢はどうなのか、職場規律の確立についても、重大な問題であるにもかかわ らず触れていない事への不満などが述べられています。

ただ、ここで注目していただく必要があるのが、鉄労もストは辞さないと明言しているところです。

ただ、鉄労が考えているストは非常に強力なもので言わば刺し違えるくらいの覚悟で挑むものだという位置づけをしています。

これに対しても、再び「1981年11月号 国有鉄道」という部内紙から引用してみたいと思います。

討論では、仲裁裁定の完全実施、国鉄再建問題 、組織拡大など 3 点が議論の中心となった 。 なかでも仲裁問題が最大の焦点となった。ことにマスコミが「仲裁裁定が完全実施されなければ 、無期限ス 卜で闘う」との厳しい方針を打ち出した、と報じたため「裁判闘争に出た場合、法廷闘争が長びき 、ストはどうなるのか」、「iストは、いつの時期に計画するのか」など、もっぱら "スト" 問題に論点が移った 。

 国労動労のストを "違法"、と決めつけてきた関係で 「職場の中で 、 混乱が起きたり 、逆に国労動労から共闘を申し込まれはしまいか」といった懸念する向きもでるほど。こうした代議員の動揺に対して本部側は、中執見解を示 して、統一方針を確認した。 また、総括答弁で書記長は 「単一の経営体の保持こそが職場を守り抜く こ とであり、不満もあり苦しくても 、35万人体制は絶対に仕上げ、なければならない」と訴え、新しい提言を柱に国鉄再建に大胆に取り組んでい く決意を明らかにした 。

と有ります、かように鉄労も国鉄再建に関しては、単一経営体の保持が大事であるとしてきたのに対して、「徹底した分権化をはかり、民間的手法の大幅導入を可能とするなど、経営者の権限と責任によって可能な限り自由に企業意志を決定できることを基本とした経営システムヘと改革しなければならない。」として、再建監理委員会の分割民営化を容認したものと国労は理解したようでした。

この辺は、改めて、鉄労編纂の国鉄民主化への道から引用してみたいと思います。

昭和58年の定期大会でも、職場規律の確立などで改善できると提案

実際には、マスコミも同様の判断をしたことところがあり、国労は反対・動労も反対、鉄労が裏切って、分割民営化に舵を切ったと思われた遠因ですが、実際には、以下のような発言をしており、必ずしも分割民営化を全面的に支持しているものではないと考えられます。

鉄労としては、昭和58年度の定期大会では、国鉄の再建は、十分に現行形態で可能であるとして以下のような主張をしていました。
以下、「国鉄内労働運動の民主化への道」P692から引用させていただきます。

 鉄労の定期大会が、9月7日~9日に東京・港区のニッショーホールで開かれた。・・・中略・・・・、国鉄再建に対する基本的な考え方を内外に明らかにした。
 その骨子は、従来からの主張をまとめたもので。国鉄内労働運動の民主化、健全な労使関係の確立、職場規律の確立、徹底した合理化努力に取り組むことこそがわれわれの任務であり、国鉄労使の真剣は努力が国民に認められるならば、「分割民営化」に求められている再建への施策は、現行の企業形態でも十分達成し得る、と訴えていた。

と書かれていました。

 鉄労の地域本社制導入は、分割民営化を容認したものではない

鉄労が中央委員会で「地域本社制」の導入を柱とする、「国鉄経営再建に関する鉄労の意見と提言」が協議された際の、地域本社制と言う考え方を、各マスコミが、「国鉄の分割・民営化構想、鉄労が事実上認める」(産経新聞)や、「分割民営化に賛成」(朝日)、「分割・民営を”支持"」(読売)など、こぞって鉄労が民営化を支持しているという見出しで記事を書いたからですが、地域本社制自体は、「雇用と生活を守るためのものであり、分割・民営化に賛同するとは一言も書かれておらず、むしろ。分割民営化を阻止し、雇用を守るという本来の組合の趣旨に沿うものであったのですが。これはマスコミのミスリードと言えそうです。

結果的に、中央委員の間でも相当戸惑いがあったようで、案の定定期大会でもかなりその辺が論議の的となりました。

この辺は改めて、記載させていただきます。

続く

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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第六節 国労国鉄再建提言
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├○ 三 鉄労の「地域本社制」提言│
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 鉄労は、1984年6月の第45回中央委員会において「地域本社制導入」を柱とした「国鉄経営再建に関する鉄労の意見と提言」を提起し、職場討議にかけ、84年9月の第17回定期全国大会で正式決定した。
 この提言は、現行制度の延長線上での再建は不可能との立場からなされている。すなわち、「昭和56年に経営改善計画が策定されて以降、今日まで3年が経過した。この3年間の経過と実績を冷静に分析し、総括してみる限り、残念ながら現行の制度・手法及び経営者の姿勢では」国鉄改革と再建は不可能である。したがって、「わが国における鉄道特性を発揮しうる経営体制」へと転換をはかるべきで、その場合に「現行制度の悪弊を除去すると共に徹底した分権化をはかり、民間的手法の大幅導入を可能とするなど、経営者の権限と責任によって可能な限り自由に企業意志を決定できることを基本とした経営システムヘと改革しなければならない。」
経営規模を適正に区分し「地域本社制」で再建をすすめるべきだ、と提言した。
  この内容は、81年の「国鉄経営改善計画」について「鉄労の意見」( 5月に発表) を変更するものであった。そこでは、従来の再建計画が破綻した理由を、年来の主張と同様、労使関係上の問題点と交通政策および行財政上の問題点に分けて指摘し、国鉄の分割・民営化についてはいわゆる「出口論」を主張していたのであった。
 今回の提言は具体策が85年3月に発表されたが、ここで地域本社制の内容が次のように明確にされた。
  「地域本社制への移行とは、単なる国の機関としての輸送業から『鉄道を中心とした地域の総合産業』へと脱皮することである。
 従って、各地域本社は、地域の特性に応じて可能な限り自由に事業経営が行える体制とすべきであって、経営形態は『民営』であり、機能的には『独立した会社』である。」この地域本社は、「当初『政府持株の特殊会社』として発足するが、一定期間の後に」、逐次「株式会社」に転換する。地域本社の区分は、本州を4区分( 東北、関東、中部、関西) し、北海道、四国、九州を島別に区分して、七つの地域本社と東海道・山陽新幹線本社を創設する。
 鉄労は「地域本社制とは民営・分割となった場合の新会社のひとつの呼称と考えたほうが理解しやすい」といっており、分割・民営化を提言したのである。そして、これらの地域本社で鉄道輸送に従事する社員を「私鉄並み効率で推計」すると、20万人とはじきだしていた。
 
続く

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国鉄労働組合史詳細解説 130-2

 

総評にしてみれば、国労動労であり、全逓(郵政)共々、総評の左派を占める一角であり、いわば総評にしてみればお得意様ということになります。
そう言ったわけですから、総評としては国労の意向に沿うような提案がなされることになりました。

その中で、総評としては
> ①今の国鉄の経営危機をどう解決するか、②日本の将来の( 公共) 交通システムをどう設定するのかの2点から見る必要があるとし、監理委員会の再建 案は①の対応だけで、②の視点が欠落していると批判した。

とあるように、確かに国鉄の改革と言いながら、経営危機の解決だけがクローズアップされており、将来的に高速道路には税金による整備がなされるのに対して、国鉄の場合は公共工事でありながらその財源を独自の財源に求めるなど、いささか矛盾している部分が多々あったのも事実でした。
そうした意味では、総評の指摘も間違ってはいないと言えそうですが、昔から言われたことですが、公務員の常識、世間の非常識と揶揄されるほど、世間とのずれがある場合も多く、国鉄などもその例に漏れず、ストライキをすることで国民の理解を得られると思い込んでいる節があったのも事実でしょう。

改めて、総評が提唱した以下の点は、今の時代もう一度考えるべき時期に来ているのではないでしょうか。

「われわれの国鉄改革の基本的視点」で、21世紀に向けて鉄道ネットワークを存続させるが
イカーや海運などの交通機関との間に新たな補完、連携関係に立つ鉄道ネットワークの形成、再編成が必要で有るという考え方は、もっと真剣に検討すべき事ではないでしょうか。
自動運転とかの開発は夢があるかもしれませんが、既存の仕組みを調整して、実行に移していく、そうしたことをじっくりと取り組んでこなかったことが今になって、ドライバーの不足であるとかと言った問題を生み出しているように感じます。

なお、総評が提案した国鉄再建案は、鉄道の全国ネットワークの維持と本社機能の一定の重要性を認めつつ、地方分権を強調した。経営形態、( 独立採算性は維持するが、必要限度の公的助成を前提とした) 新しい公共企業体ということで、引き続き政治に翻弄されると思われますが、国労の意向である分割民営化反対に沿ったものと言えそうですが、結局国労としては、総評案も社会党案も受け入れることは出来ず、かつ、動労は総評自体から脱退することとなりました。

もう少し、総評の再建案に関する資料が見つかれば改めてアップさせていただきます。

 

続く

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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第六節 国労国鉄再建提言
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┌─────────────────┐
├○ 二 社会党、総評の国鉄再建提言│
└─────────────────┘
 
 社会党の「国鉄再建提言プログラム」 国労の諮問機関である「国鉄研究会」の提言が国労に提出された同じころ、社会党の「国鉄再建対策委員会」(小柳勇委員長)は国鉄再建案をまとめた。社会党国鉄の分割・民営化に当初反対していたが1984年10月5日にまとめた「国鉄再建プログラム」はそれまでとは異なった方向を打ち出した。国鉄の経営形態については、監理委員会の分割・民営の方針を「国鉄の再建でなく、解体をはかるものだ」と批判し、基本的には全国一社体制を取りながら、地域の実情にあわせた交通体系の整備を図ることができる「非分割・地域分権」を提言した。鉄道の全国ネットワークの「適切な維持、運営のためには全国一社制が必要。一方、地域の実情を適切に反映できる体制でなければならず、集権と分権を最適に組み合わせるべきだ」とした。
 だが、「経営合理化という観点からすると「国鉄の地域鉄道すべてが合理的、効率的だとはいえない」とし、「中・長期的には、地域交通の系統的整備は地域交通整備法を制定し、国・国鉄自治体で協議し、役割を明確にさせる」として、不採算の地方交通線の廃止を容認する方向も示した。また、新事業体の運営に関し、①最高の政策決定機関として全国鉄道政策委員会を設置する、②運賃は認可制とする、③運営費については地方ごとの独立採算制をとる、という方向を打ち出した。このほか国鉄の長期債務については、国鉄の経営責任をこえる構造的欠損は「政府の責任で処理すべきだ」とした。一方で、収益性のある資産やこれにかかわる債務は新事業体に引き継ぐ、との考えを示した。そして、国鉄再建のために「民営的手法」を積極的に導入し、経営形態については国が全額出資する特殊法人とするが、国が関与するのは経営の基本にかかわるものにとどめ、自主性を与える、との方向を示した。

 総評の「国鉄再建政策」

 総評は1985年2月7日、第72回臨時大会を開いた。大会初日の春闘方針提起のなかで事務局長は、国鉄の分割. 民営化問題を「今年最大の政治的イベント」と位置づけ、総評独自の国鉄再建案を3月までにまとめる方針を明らかにした。12月20日、総評拡大評議員会において総評提言素案) として「国鉄再建政策=21世紀へむけての鉄道」を発表し、この素案を7月の定期大会にむけて、全国1000ヵ所で討論集会を開いて検討を加えることを決定した。そして、加盟単産をはじめ関連組合や共闘組織と県評・地区分において検討を加え、さらに1000カ所討論集会での討論を重ねたうえで原案を練った。総評第73回定期大会( 7月15- 18日) には、この再建案の第2次案が提起された。
 その内容の概略は次のとおりである。
  総評としては分割・民営化路線に基本的に反対の立場をとるこ とを明らかにし、国民多数派の理解がえられるように努める、 とした。そして、国鉄再建監理委員会の基本認識と問題点では、 「今日われわれは交通システムとしての国鉄問題は2つの視点か らとらえなければならない」と述べ、①今の国鉄の経営危機をどう解決するか、②日本の将来の( 公共) 交通システムをどう設定するのかの2点から見る必要があるとし、監理委員会の再建案は①の対応だけで、②の視点が欠落していると批判した。そのうえで「われわれの国鉄改革の基本的視点」で、21世紀に向けて鉄道ネットワークを存続させるが1その場合マイカーや海運などの交通機関との間に新たな補完、連携関係に立つ鉄道ネットワークの形成、再編成が必要であると述べた。こうした中長期的展望をふまえたうえで、国鉄改革の基本的方向として、「①過去債務及び赤字原因にメスを入れて取り除くこと、②21世紀像に必要な将来の投資資金をいかに調達するか、の2点が解決されなければならないであろう。③またその中間期はできる限り支出をきりつめ、多くの民営手法をとり入れて、官僚的体質から脱皮し、経営基盤の確立をはかる必要がある」とした。
  つづいて、「国鉄改革のための具体的提案」と「国鉄経営の安定化のために」が述べられ、「国鉄経営の安定化のために」、①長期債務は政府の責任で処理する、②国鉄に対する過度の政治介入をあらため、国鉄の管理者に、定の経営責任を負わせる、③特定人件費は政府の責任で処理する、④通学定期の割引や身体障害者割引などの公共負担は国の負担で処理する、⑤国鉄の組織は新たな公共企業体とするが、分権化を徹底し、「本社は全 体的な経営戦略、地方機関の調整、技術開発、海外協力、全社的労働条件の決定などを行う」などを提案した。
 総評の国鉄再建政策は社会党の政策と同様に、鉄道の全国ネットワークの維持と本社機能の一定の重要性を認めつつ、地方分権を強調していた。経営形態については、( 独立採算性は維持するが、必要限度の公的助成を前提とした) 新しい公共企業体を提案しており、社会党特殊法人( 国が全額出資) という形態とは異なるが、両案ともこの時期はまだ民営化を明言していなかった。
 
続く

国鉄労働組合史詳細解説 130

久々に更新させていただきます。
今回は大原社会問題研究所の記事などを参考に個人的な見解を加えていきたいとおもいます。

国鉄のあり方を大学の教授に委任するが・・・

鉄労は、民営・分割を容認する立場を比較的早い時期から示しており。 動労も、昭和61年夏、鉄労の京都大会に松崎委員長が出席する歴史的演出の中、組織の生き残りをかけて労使協調路線に踏み出すことを決定していく中で、国労は分割・民営化共に拒否するという方針を堅持していました。 国労は、国鉄のあり方を問うために昭和58(1983)年1月に「国鉄研究会(座長・高梨昌信州大学教授)」を書記長とした諮問機関を設置し国鉄のあるべき姿を諮問し。昭和59(1984)年10月5日に「国鉄の経営再建に関する提言」を国労に提出したが、その内容は民営化を容認する内容であり、国労が求めるものとは違うとして、却下したそうです。 その辺を国鉄労働年鑑第57集 特集 国鉄分割・民営化問題から引用させていただきます。
国鉄の経営再建に関する提言」を国労に提出したが、その内容は「限りなく民営企業に近い経営形態」が必要とし、全国一社制は維持するものの、人事権も含めた分権化を提起した。この提言は公共性より経済性を優先し、民営化をほとんど認めた点など、再建監理委員会の第二次提言の論理にきわめて近い内容であり、国労は自らの方針に反する内容だとして、ただちに否定した。
ということで、国労はそれとは別に、「国鉄労使関係研究会(座長・兵藤釗東大教授)」を発足させ、昭和59(1984)年7月に報告書の提出をうけ、これを承認したとされていますが、 これらを受けて、国労は。 国労独自の提言案をまとめることになります。

国鉄当局の民営化容認案はマスコミからも反対される羽目に

国鉄の改革案は、国鉄を幹線とローカル線に分けて、ローカル線を この背景には、当局による基本方策の発表などが関係していたからでした。ただし、国鉄当局の提出した基本方策は、以前にも書きましたが、幹線系を分権化を前提とした全国一帯の特殊会社とし、地方交通線については国鉄が出資する株式会社として運営するというものでした。

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whitecat-kat.hatenablog.com

この計画案はあまりにも楽観的として、マスコミからも世間からも叩かれることとなりました。 そして国鉄当局が提出した意見に対して、国労は総裁に対して夏期のような申し入れを行なったそうです。
なお、国労はこうした行為に対して当局に抗議を行なうと共に、国鉄再建への道(仮題)」に基づき国労幹部学校で討論を行ない、社会党共産党、総評、全交運、学者、文化人など多くの人から意見を聴取、調整していました。
国労としては、新たに国労としての国鉄再建への道のりを示すという意気込みであったようですが、あくまでも分割・民営化を阻止するという観点から出発していることから、どこまで世論を喚起できるかにかかっていたと思われます。
また、国鉄当局が監理委員会に基本方策を提出した日に、総評・全交運・国労動労の連名で「国鉄当局の『基本方策』に対するわれわれの態度」を発表したそうです。
概要を箇条書きでアップします。
  • 「基本方策」は「公共企業体」故の制約などにその責任を転嫁し、経営当事者としての当局の経営責任を明確にしておらず、極めて官僚的な態度であり、まずすべきは労働者の雇用と生活について責任有る態度を取るべきである。
  • 「基本方策」は国鉄の分割を否定しながら実質的に70社に上る子会社を設立(ローカル線を独立した会社とすると言う意味)するとしており、分割に繋がる方向を明確にしている。
  • 経営収支に関して、1990年に4兆円の営業収支を目指しているが、毎年大幅な運賃値上げを前提とするものであり。利用者(国民)の負担を増大させるものである。
  • 1990年度でなお67000人の余剰が出ることとし、その措置を政府に委ねているが、あくまでも国鉄当局としての問題である。
  • 長期債務を国鉄の責任として9兆6000億円となっているが、その発生原因を明確にし、その責任も追及すべきである。
  • 地方交通線は、別会社化・第3セクター化等を進めるとされている上m、毎年1兆9000億円の政府助成を受けるとしており、それだけの助成を得られるのであれば地方交通線の廃止や子会社化をせずとも現行の国鉄として運営できる。

個人的な見解ですが、長期債務の原因を追及すべきだというのは極めて正論だと言えますし、ローカル線の維持に政府から2兆円ほど貰うのであれば、限座に国鉄でも良いのではないかと言うのも説得力があります。
実際には、コロナ禍の現在JRも最大の赤字を出しているわけですが、30年前よりも大幅に輸送量の減少しているローカル線を維持していること、消費税の転嫁以外は、本州各社に関しては昭和61年以降改定を行なっていないこと。
三島会社についても消費税転嫁分以外では、一回程度の値上げでありそれ以外は関連事業の収入などで賄っていることを考慮すると、JR各社は優良な企業と言えるわけです。

実際の話として、民営化する際の監理委員会の予測でも、毎年の運賃値上げは避けられないという見解でしたので、国鉄特殊会社になっても大幅な運賃値上げが行なわれるというのは、分割されても同じようなスキームで考えられていました。

まだこの時期は、動労も分割民営化には反対というスタンスであり、同じ総評として行動していました。

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昭和61年第38回衆議院選挙 300議席の安定多数で自民党が圧勝



動労が、本格的に総評から離れていくのは、昭和61年の第38回衆議院選挙で、自民党が300議席の圧勝であったことから、国鉄の分割民営化は避けられないとして、一気に労使協調路線を全面に出していくこととなったわけです。
その辺は、松崎明と言う人物は「機を見るに敏」であったと言わざるを得ません。

続く

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国鉄労働組合史詳細解説 129-2

長らく更新出来ていませんでした、今回は国鉄分割民営化反対への国労の対応と言うことで見ていきたいと思います。

国労は一貫して、民営化反対を唱えていましたが、以下の国労独自の国鉄再建案を策定するにあたり、当時の大会の様子などが、国鉄部内紙【国有鉄道】に掲載されておりましたので、一部抜粋しながらご覧いただこうと思います。

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今回参照した、国有鉄道10月号 表紙

国鉄分割民営化への反撃、国労の対応

国労は、定期大会での分割民営化反対と余剰人員対策の撤回案を決めたと書かれていますが、具体的にどのようなものであったのかを見ていきたいと思います。

以下は、国有鉄道昭和59年10月号 視点論点という記事から引用したものです。

開会挨拶で武藤委員長は、「行革攻撃には長期戦略に立った反撃態勢の確立こそ緊急の課題」とする考えをベースに、それは、▽政治戦線と労働戦線・国民共闘の強化▽反自民反独占の視点に立った反行革闘争の強化▽いつ、どこで、だれと、何をもって闘うかという主体的力量の強化、の3つだと述べた。
同時に総評労働運動の勢いを甦らせることは国労自身の力を増すことにもなるとした。
また、当面の「過員」(国労ではこのようにいう)対策について、「再建の道筋さえ示されない3条件(いわゆる勧奨退職、一時帰休、出向)を受け入れることは、失業と首切りの片道切符を握らされることであり、絶対に許せない。反撃の道はいくつも残っていないが、有利でない国民世論のっくり変え、論理的であっても行動的な面の少ない組合員及び活動家の主体的力量の強化や組織の再整備、再点検の上に総団結すべきだ」と主張した。

とあるように、国労としては総評と連携して行く事で、国労の地位を高めていくとしていますが、当時の世論は、「有利でない国民世論のつくり変え」とあるように、国鉄の赤字問題をんとかしろという声が大きかったことも事実でした。

組合は、世論を転換していくとしていますが、かつてスト権ストライキ等で国民の信頼を失い、特に貨物輸送の大幅な減少を自ら招いたことを棚に上げた対応は、厳しいものがあったと言えます。

また、労使協調路線を打ち出している組合が、出向などを受け入れているの対して、ぜ「再建の道筋さえ示されない3条件(いわゆる勧奨退職、一時帰休、出向)を受け入れることは、失業と首切りの片道切符を握らされることであり、絶対に許せない。」として、断固闘うとしていますが、結果的にこうした反論は、国労の心証を更に悪い方向に持って行くことになるのですが、国労に不利な方向に大きく動くことになったのは、既に多くの方がご存じのことでしょう。

国労と距離は置きつつも、雇用の確保で一致する動労

国有鉄道昭和59年10月号 視点論点から、引用したいと思います

動労国労との理念の違いはやむを得ないが、雇用と労働条件を守らなければならないという点では一致している。また共通の課題で共闘してきた歴史的事実もある。正常でない関係について十分話し合いたい。すべての点で共同行動をとか、組織合同をといっているのではない」と述べた。この発言は、7月24日からの総評大会でも行われ、動労も「こちらから共闘を否定したことはない」と態度を明らかにしている。しかし、現時点では関係修復までの具体的な詰めは進められていない

とありますように、スト権ストの頃までは、共同で順法闘争などを行うなど歩調を合わせてきた国労動労ですが、この頃では互いにい距離を置くようになっていました。

特に、動労国労既得権益にこだわり、

国鉄の枠の中でつくりあげた既得権や権利の基盤が脆弱だとわかった時に、それを乗り越え、本物にする道筋が足りなかった。社会的に認められることが要求の基礎にならなければならないと考えるならば、あるいは日常の労働の対応について是正すべきものミがあるとするならば、それは労組の自主的な判断で正していくべきだJ

と言う発言が、国労の秋山企画部長から発言されるように、既得権益にこだわろうとしている組合員が多い中で、動労では、より現実路線として、線路が無くなれば国鉄としての存在意義が無くなるとして以下の通り、労働条件の低下も甘んじて受け入れると発言しているのとは、対照的と言えます。

「線路を取りはずされては国鉄としての存在がなくなる」と場合によっては労働条件の悪化も受けるとした。

というのは、動労が貨物関係を担当する乗務員が多かったこともあり、切実な問題であると受け止めていたからだと言えそうです。

鉄労は地域本社制導入を容認

鉄労の提案する地域本社制がマスコミには、分割民営化容認と取られて、そのように宣伝されてしまったことから。鉄労も分割民営化路線に乗らざるを得なくなるのですが、この時点では明確に地域本社制=分割民営化ではないとして明言していました。

その辺を再び、国有鉄道昭和59年10月号 視点論点から、引用したいと思います

国鉄が公社制から脱脚、地域本社制を中心とした経営体制になれば、とれに加盟する資格も持つことになる。加盟の方向を明らかにしたい。そうした鉄労の民主化闘争のためには組織拡大が絶対に必要だ」論議は▽鉄労提言の地域本社制導入▽余剰人員問題▽組織拡大の3点に集中したといっていい。とくに提言については、分割・民営化論との違いを明らかにすべきだとする意見ム率直にその方向へむいたワンステップとするべきだという2つの声が聞かれたが、方針案では「一方的な分割・民営化を阻止するため」のものと位置づけられた。

とありますが、地域本社制はあくまでも、 一方的な分割・民営化を阻止するためのものであるという答弁をしていますが。

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国有鉄道 昭和59年10月号の記事をキャプチャー

 

この辺に関しては、国鉄友愛会国鉄民主化の道で、現行の体制では再建は不可能であるし、分割民営化だけでは雇用を守れない、しかし、分割民営化を受け入れたわけでは無く、国鉄時代の支社制度を更に進度化させて、積極的に民間の手法を受け入れようと言うことで、当初から国鉄を分割・民営化することを目的としたものでは無いと言いたかったと主張していますが、マスコミ的には、「地域本社制」自体が分割を容認したものとマスコミは集まることになりました。

国労として独自の国鉄再建提言

 Ⅰ国鉄危機の現状とその原因」、「Ⅱ国鉄円建の基本的視点」、「Ⅲわれわれのめざす国鉄( われわれの要求)」3つの部分から成り立っており、国労が目指す国鉄の方針ですが、内容的には極めて正論なのですが、それまでの国労の運動(ストを行う組織というイメージを払拭できなかった)から、世論を動かすことは出来ませんでした。

 

続く

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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第六節 国労国鉄再建提言
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├○ 一 国労国鉄再建提言│
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 国労国鉄再建案

 国労は、1984年8月に開いた第46回定期全国大会( 伊東)で、国鉄の分割・民営化反対・首切り( 余剰人員対策) 2項目撤回案を決めるとともに、国労独自の国鉄再建案を作成することを決定、この決定にもとづき作業がすすめられ、85年3月の第143回中央委員会に「国鉄再建への道=分割. 民営化に反対し・国鉄の民主的再建をはかるためのわれわれの政策要求」と題する案を提出し、承認された。この時期政策要求を提起したのは、国鉄解体、雇用危機の顕在化という差し迫った事態にあって、国鉄解体の攻撃を許さず国鉄労働者と国鉄関連労働者はもちろん広くは交通運輸労働者全体の雇用と労働条件をどう守りぬくかを基本にすえ、国民的合意のもとで臨調=行革攻撃に反撃する幅広い闘いの戦線を作りあげていく意味で、国鉄再建の政策要求の提起が緊急の課題となっていたからであった。
 この政策要求は、「Ⅰ国鉄危機の現状とその原因」、「Ⅱ国鉄円建の基本的視点」、「Ⅲわれわれのめざす国鉄( われわれの要求)」3つの部分から成り立っている。
  「Ⅰ国鉄危機の現状」では、①国鉄財政の危機として1983年度でみて20兆円の累積債務への元利払いに、単年度赤字 ( 1兆6604億円) を上回る2兆780億円を費消し、やがて は借入金のすべてを元利の返済に当てる事態が迫っていること、 ②輸送の危機、公共交通の危機については、不採算部門の切り捨てなどにより、「乗りたくても乗れない、送りたくても送れない」状態を作り出していること、③貨物や地方交通線の切り捨てや合理化が地域の産業. 経済. 文化. 教育に危機をもたらしていること、④国鉄に働くすべての労働者の雇用と労働条件を悪化させ、労働者の権利を危機にさらしていることを指摘し、こうした国鉄危機をもたらした原因として、「第一の原因=産業構造の変化と自動車優先、総合交通政策の欠如」「第2の原因11基礎施設に対する政府投資の不均衡、借金による設備投資と利子負担の増」、第3の原因=特定人件費の急増L「第4の原因=公共負担の補償ルールが確立されなかった問題」「第5の原因=借金を増大させる赤字累積方式」「第6の原因=政府. 国会の規制. 介入と自主性の欠如」「第7の原因=官僚主義的経営機構」などの複合する諸原因のからみあいが危機を深化させたとし、このからみ合いをときほぐし、「具体的な解決策を実行することなくしては国鉄の再建・再生」はありえないとした。
  「Ⅱ国鉄再建の基本的視点」として、①国民の「移動手段の確保( 交通権) こそ国の責任であり、公法上の法人たる国鉄こそその義務を負い、これを維持・発展させることができる」こと、②「私企業には期待できない公共企業体の積極的意義の確認と民主的改革」が必要であること、③国鉄で働くすべての労働者の雇用と労働条件を守り改善することが、安全輸送を確保するのに不可欠であること、④国鉄はこれまで全国ネットワークによる輸送サービスを続けてきたことによって有形、無形の社会的便益を提供してきたが、「このような金銭以外の便益として利用され享受されている部分に対しては、公共交通機関にふさわしい費用負担原則を確立」すべきである、と述べた。
  「Ⅲわれわれのめざす国鉄( われわれの要求)」として、「①公共交通を守れる国鉄、②利用しやすい、民主的運営の国鉄、③社会の発展に寄与できる国鉄、④積極的な事業活動のできる国鉄、⑤安定した経営のできる国鉄、⑥労働者の雇用が守れる国鉄」を掲げた。
 国労の「国鉄再建への道」と題するこの再建案は、比較的新しい考え方である「交通権」の立場を鮮明にし、国鉄公共企業体として維持・発展させることの積極的意義を打ち出していた。
 以上の再建政策をもとに国労は、85年4月に国民向けのパンフレットを作成し、配布した。このパンフレットは国鉄の分割・民営化の問題点として、「全国ネットワークを破壊し、国民の移動する権利を奪う」、各種設備などで「ムダを多くする」「安全・公害問
題をさらに深刻にする」「技術開発の分野をダメにする」「国鉄用地を、財界や一部の政治家の思うままにする」「利用者の負担増をまねく」「貨物・バス輸送を切り捨てる」「労働条件を切り下げる」
などをあげた。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 129

 久々に更新させていただきます。

今回は、国鉄労働組合40年史も参照しながら、お話を続けさせていただこうと思います。

第46回定期全国大会での決定事項

国労のこの大会では、「余剰人員調整3項目」を当局が提案してきた背景には、以下のような目的があるとしていました。

なお、余剰人員調整3項目とは、当局が提示した人事案で下記のような内容です。

改めて、ここに示しておきます。

  1. 年齢56歳以上のものの特別昇給の停止

  2. 退職前提休職制度の導入

  3. 全職員を対象とする派遣制度の導入

でした、当時の国鉄には明確な定年がなく、概ね55歳前後で勇退する人が多かったのですが、55歳を超えて働く人も居たようです。

そこで、55歳を一つの基準として線引きをしようとしたようです。

  • 20万人代体制を図るための合理化であること
  • 「過員*1」問題は、団結力の破壊や、闘争力の弱体化を目指すもの、世論との分断を図る思想攻撃であること
  • 「雇用安定協約」の空洞化、破壊を目指すものである
  • 「去るも地獄・残るも地獄」の風潮を醸成し、出向や配転、休職・退職を促進させるものという意識付け

 として、激しく反論していますが、国労が言うところの世論は、国民をどのようにみていたのでしょうか?

国労的には、ローカル線の廃止問題などで世論と協調しようという意図であったと思うのですが、実際はどうだったのでしょうか?

国労は、こうした要求に対して、8月31日に半日ストライキによる全国統一行動で行うと決定していますが、世論に訴えると言いつつ、国労の違法ストライキが容認されるとは当然思えないのですが、国労的には矛盾していなかったのでしょう。

ただ、国鉄当局が三項目を受入れない場合は、雇用安定協約の破棄も視野に入れるとしたことから、国労も態度を硬化させることとなり、「三ない運動」などに見られる、運動を展開していくこととなるのでした。

国労は、3ない運動を決定

さらに、こうした提案に対して、国労は10月31日、11月1日に第142回中央委員会を開き、「余剰人員調整三項目」をめぐる闘いの「中間的総括」を行い、先に開催されたm青年部第七〇回中央委員会の「三項目」に対して”首切りに妥協はない"との方針を決定、婦人部第八〇回中央委員会の、「三項目」に対して”辞めない、休まない、出向かない"といった”三ない運動"の展開を決定*2した。

三ない運動、国労婦人部が提唱した運動

三ない運動、国労婦人部が提唱した運動

さらに中央委員会は、国労に対して当局が強気に出ているのは、動労・鉄労・全施労が先行妥結したことだと分析

実際、同じ総評にあって、動労は総評との足並みを待たずに先行妥結を行うことで優位性をアピール(この辺が革マルらしさと言えるのですが、従来の労働運動を乗り越えて新しい運動を展開していく)という考えが根底にあったのではないかと考えます、実際JR東日本発足後に経営幹部に取り入り、松田昌二を囲い込んだ事などは、今後更に検証する必要がありますが、その仮説として考えるべき問題ではないかと考えております)

なお、国労は雇用安定協約の破棄など当局の方針を下記のように分析していました。

再び、国鉄労働組合40年史から引用させていただこうと思います。

当局の国労に対する攻撃の意図は

  1. 国鉄内最大組合の国労との対決姿勢を強めることにより、「再建」への姿勢を内外に示そうとしたこと
  2. 雇用安定協約は当局の「再建」計画の過程で障害となるため、国労等への解約通告により、「雇用確保」の基本を放棄する姿勢を示したこと
  3. 雇用安定協約解約をテコに国労の組織的な動揺をねらい、「分割・民営化」をスムーズに展開することにあった、と分析した。

となっていますが、国労の分析としては概ね間違っていないと言えそうですが、2項目目の「雇用確保」の基本を放棄する姿勢を示したと言うのは、個人的には疑問点として残ってしまいます。
というか、国労がかなり歪曲して理解しているようにも思えます。

逆に言えば、当局が何が何でも悪いから国労としては動けないんだという方向に持って行かないと、国労という組織をまとめられなかったのではないかと考えてしまうわけです。

そして、こうした分析を踏まえて国労は「雇用安定協約」破棄反対を掲げて、11月中旬から12月上旬に第7次全国統一闘争を展開、60年3月ダイヤ改正反対、合理化反対、国鉄運賃値上げ反対要求を掲げて、ストライキを含む闘争を行うと決定していくのですが、国労が、色々な職種の寄り合い世帯であること、更に多くの派閥がある組織であることを考慮しても、時代遅れなイデオロギー固執してしまった点が、国労を衰退させてしまった原因にあると言えそうです。

続く

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今回は、下記の国鉄労働運動四〇年史から多くを引用させていただきました。

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*1:国労は当局が言うところの余剰人員を過員と表現してきた、実際に公務員の表現としては過員の方がより正しい表現であると思われる)

*2:三ない運動の取り組みは婦人部からの決定であったということになります、この運動はこの後国労の重要な運動となった