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日本国有鉄道 労働運動史

鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 139

久々に、更新させていただきます。

今回は、国労が臨調による分割民営化最終答申に反対して、分割民営化反対の運動を行って頃の話を中心に書かせていただきます。

世論はNTTの民営化の成功で官業の民営化は正しいという判断

今回は、国鉄分割民営化が既定事項として進められていた、昭和60年の8月の話となります。

国労は全動労などとともに最後の抵抗として、ストライキを試みることになります。
しかし、全面ストライキを打てる状況ではなく、地上勤務者(駅員など)を中心としての時限ストであり、その影響は軽微なものでした。

ただ、当時の世論は現在と真逆で、世論は分割民営化を容認する言う雰囲気があったのも事実でした。

少なくとも、当時の世論はストばかりする国鉄(そのようなイメージができあがっていたのも事実)であり、それに対して、先行して民営かされたNTTは民営化したことで、電話機の自由化(それまでは、電話機は電電公社からのレンタル品)であり、自由なデザインの電話機を設置できるようになるなど、概ね公益事業の民営化は利用者にもメリットを与えうると言う世論が醸成されていたように見えます。

それまでの電話は電電公社からのレンタル品であり、自由に電話を買うことはできず

それまでの電話は電電公社からのレンタル品であり、自由に電話を買うことはできず

そのような中、新生NTTは電話機の自由化や長距離を中心に値下げなどによる方策で公共事業の民営化は、善であるという印象をあたえることになりました。

NTTには、通信基幹会社として株式の国による保有が義務づけられJRはそうした縛りがない点が問題

電電公社からNTTに変更の場合、国家による位置づけが異なっていたことが原因と言える

国労は、「分割・民営化反対阻止の闘い」に邁進するが

分割・民営化反対阻止の闘い  大会直後の8月4日、監理委員会の分割・民営化答申に抗議し、全国一社制による国鉄の再生をめざす集会が全国360カ所で開かれ、約70万人が参加した。中央集会は、明治公園で1万2000人の労働者と都民が結集し開かれた。  

8月5日、国労は監理委員会の最終答申に抗議し、国鉄の分割・民営化阻止を目標とした全国統一ストライキを決行した。この日始業時から、地上勤務者を対象に、全国1585分会・職場、6万7702人が1時間のストを決行した。

国労が時限スト 8/5

分割・民営化に反対する国労は再建監理委員会の最終答申に抗議して始業時から全国1、500カ所で1時間の時限スト。乗務員関係を除いたためダイヤに影響はなかった。国労のストは昨年8月以来1年ぶり

引用・国鉄があった時代 昭和60年後半から引用

NTTとJRで一番大きな違いは、将来的に国がどうするかと言う点

ただし、ここで注目しなくてはいけないのは、電電公社は当時は完全に国内にあっては独占状態、(郵政省の場合、信書は郵便独占ですが、小包の分野は当時は郵便局が6kgまでと制限されていましたが実際にはヤマト運輸による4kg程度の荷物に関してもかなり迫っており、郵政省も引き受け重量の引き上げ・・・最終的に30kgまでということで、競争状態になります。しかし、通信に関しては電電公社が民営化されるまでは、独自の電話網を構築していたJRや警察電話(ただし専用の回線をNTTと契約しているため、独自の回線網を持っていたのは電電公社を除けば国鉄のみ)のみであり、実質的な競争者はいなかったのに対して、国鉄は高速道路や、飛行機という他の交通機関との競争にされされていたことは注目しなくてはなりません。

本来であれば、そうした点も注視されるべきところではありますが、世間からすればストライキばかりしている、窓口の対応は最悪・・・当時の新聞の投書欄等では、釣り銭を投げつけられたとか、横柄な駅員がいたと言った苦情めいた話が多くあったのも事実で、実際にはそうした職員は一部であったとしても悪目立ちしてしまうのは仕方のないことでした。

実際、昭和57年には、寝台特急紀伊」が名古屋駅で、20Km/hの速度で客車に衝突、最後尾の寝台車と機関車を破壊した事故や、昭和59年にも西明石駅で速度を超過して分岐線を通過、寝台車が脱線してホームに激突、通路側を破壊しながら停車した事件(機関車は脱線しなかったが、ホームに機関車が衝撃したショックで連結器が破損して緊急停止)など、国鉄を取り巻く世間の目は厳しいものとなっていたもの事実であり、国労が分割民営化反対を声だかに叫び、また、国鉄電電公社では最初の段階から条件が大きく異なる中で、一律に「官業の民営化=善」であるという発想は問題であったわけですが、その辺がスルーされていたわけです。

名古屋駅特急紀伊衝突事故 詳細

名古屋駅構内で機関車激突名古屋駅プルトレに被害 3/15
名古屋駅構内で機関車激突名古屋駅でプルトレに被害 3/15
画像は、事故と直接関係ございません。黒木氏画像提供

2時16分頃、機関車付け替えのため名古屋駅10番ホームでに停車中の東京発紀伊勝浦寝台特急紀伊」(14系客車6両編成)に、連結しようとしていたDD51ディーゼル機関車DD51 717)が約20km/hで衝突し、客車3両が脱線した。乗客と機関士(52)の計14人が重軽傷
機関士が前日の夜、仮眠時間に飲酒して寝すごし、運転中も、もうろう状態だったらしい(16日夕。中村署に業務上過失致傷などの疑いで逮捕された

http://jnrera.starfree.jp/nenpyou/shouwa_JNR/s_57.html

特急「富士」西明石駅構内で客車がホームに激突32名けが 10/19

以下詳細
1:48頃、山陽本線西明石駅構内を運転中の上り寝台特急「富士」の先頭車両がホームに激突大破した
当時の新聞記事等から再現すると、西明石駅では当日保線作業が行われており、列車線(外側線)から電車線(内側線)への進路変更が行われており、この点は点呼時伝達されていたが、飲酒をしていた機関士はそのまま乗務、同乗していた機関助士も同乗していたがこれを止めることはできなかった模様
(ここで注意していただきたいのは、機関士が飲酒していたという事実と、これを止め得なかったと言うこと。なお当時は夜間については二人乗務とされていた。)
進路が変更されていることから、構内通過速度は制限されていたにもかかわらず、直進速度(約100キロ)で分岐器に進入したため、重い機関車は脱線を免れたが、次位の客車は軽い寝台客車であったため連結器が外れそのままホーム端に激突
1両目は車体の片側をえぐりとる状態、2両目以降も脱線、計13両が脱線、幸い転覆は免れた
また、ホームに激突した側が通路側であったので負傷者のみであったがこれが逆(寝台側)であったら死傷者が多数に上ったのではないかと思われる。)なお、寝台車は製造まもないオハネフ25-104であった
この事故で東加古川~須磨間が不通となり、12:43分に下り線が開通、16:34分から西明石から大久保間の下り線が開通、翌20日13:33分から上り線が開通所定の運転に戻った

http://jnrera.starfree.jp/nenpyou/shouwa_JNR/s_59_5.html

国労も、こうした点を指摘すれば良かったのかもしれませんが。

国労としても感情論に走りすぎて、

以下の運動方針にもありますが、

  1. 今年度の運動の最重点は「分割・民営化」阻止であり、中央執行委員会が一丸となってこの闘いに取り組む。

  2. 闘いにあたっては中央・地方の意思統一が重要であり、そのため機関中心の組織運営とし、重要な政策や戦略の策定にあたっては、全国委員長・書記長会議にはかり協議する。戦術については従来どおり全国戦術委員長会議で協議する。

と言うことで、柔軟な発想ができず最後はイデオローギに拘ってしまったように思えてなりません。

ただ、それ以上に「官業の民営化=善」という風潮、いわゆる新自由主義に乗せられてしまった国民もそこにいたことを時代の潮目が変わりつつあるなか、十分見極める必要があるのではないでしょうか。

 

今後この辺は、労働運動史と言うよりも社会学的な視点から検討すべきことかもしれませんので、ひとまず筆を置かせていただきます。

 

参考:上記のイラストの文字を以下に記しておきます。

上段

電電公社は、公社時代から独占事業と言うこともあり収益は常に黒字であり、アメリカからの市場開放勢力などの外圧的要因があった。国鉄の場合と最初からそのスタートが異なる点には注意すべきである。

       ⇒ 

下段

NTTとJRの一番大きな違いは、電電公社は民営化することで競争を促すために参入を果たすとしていますが、基幹的通信機関として完全民営化とせず、国が一定以上の株式を保有する特殊会社とすることが法令で明記されているのに対し、JRの場合は赤字国鉄という状態をどうするかという観点からスタートしており、分割も会社間の競争を促すためというもっともらしい理由がつけられていますが、既に国鉄の時点で中長距離は高速道路などとの競合状態にあり、ローカル線などでは高速道路に蚕食されおり、超長距離にあっては飛行機という存在にそのシェアを奪われている点に注視すべきです。さらに、国鉄の場合国による株式の保有義務を持たせなかったことが更に現在の問題を大きくしています。

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********************************以下は、国労の資料になります。************************

分割・民営化反対阻止の闘い  大会直後の8月4日、監理委員会の分割・民営化答申に抗議し、全国一社制による国鉄の再生をめざす集会が全国360カ所で開かれ、約70万人が参加した。中央集会は、明治公園で1万2000人の労働者と都民が結集し開かれた。  

8月5日、国労は監理委員会の最終答申に抗議し、国鉄の分割・民営化阻止を目標とした全国統一ストライキを決行した。この日始業時から、地上勤務者を対象に、全国1585分会・職場、6万7702人が1時間のストを決行した。

 全動労も全国九地方労組10拠点支部で29分ストを行った。国労東京駅分会では、相次ぐ合理化と狙い打ち的な活動家の大量配転のあとに迎えた8・5ストであった。スト参加対象者は198人。当局は1人1人に手紙を出したり、管理者を総動員し、さまざまな形で切り崩し工作をつづけた。そのうえ「99%がスト脱落」とのデマ情報を流した。当日は、鉄道公安員30人、白腕部隊30人を動員し、組合側が1人の組合員を説得しているところに押しかけ、強引にその組合員を連れ出していった。スト参加者は近くの国労会館に結集しており、ギリギリの攻防の末、スト参加率は52%であった。 このように、全国各地の職場で当局の脅迫じみた切り崩しが進められたなかでのストライキの成功に、国労本部は反撃への橋頭堡を築いたものと総括した。

 国労本部は8月12日、第1回中央執行委員会を開催し、中執の任務配置をきめ、大会決定にもとづいて前年度に引き続き中央闘争委員会を設置し、指令一号を発した。  指令一号  

① 今年度の運動の最重点は「分割・民営化」阻止であり、中央執行委員会が一丸となってこの闘いに取り組む。

② 闘いにあたっては中央・地方の意思統一が重要であり、そのため機関中心の組織運営とし、重要な政策や戦略の策定にあたっては、全国委員長・書記長会議にはかり協議する。戦術については従来どおり全国戦術委員長会議で協議する。

 総評は8月28日、単産・県評代表者会議を開き、秋期闘争方針を確認するとともに、国鉄分割・民営化反対闘争を政府に対決するものと位置づけ、国民多数派の形成にむけた5000万人署名活動を柱とする「国鉄再建闘争活動計画」を決めた。この活動計画の要旨は次のとおりである。(署名活動の詳細は後述)

 ① 内閣総理大臣と衆参両院議長に対する請願署名とする。

 ② 署名を求める柱は「分割・民営化」答申に反対を基本としながら、「国鉄のネットワークを21世紀へ存続させる請願書」の趣旨に立ち、地方では地域の特殊性を踏まえて柔軟に対処することとし、国民的多数派形成の運動にふさわしい内容として幅を持たせる。

 ③ 目的=中曽根政権による国民無視の国鉄分割・民営化に反対し、国民の足と生活を守り、国鉄および関連に働く仲間の雇用を守るために国民的多数派形成をめざし、壮大な国民運動を展開する。

 ④ 目標と対象者=獲得目標数有権者過半数とし、対象は有権者はもちろん利用者すべてとする。(以下、略)。

 国労は、総評の取り組む5000万署名運動の成功のため、当面の闘いについて以下の闘争指令一号を発し、全組合員の総決起を訴えた。

 ① 監理委員会の答申について各級機関および全組合員が学習し、その内在している矛盾、弱点を把握すること。

 ② 答申の矛盾と弱点を徹底的に暴露し、分割・民営が国鉄改革・再建でないことを明らかにして、国民的「力」に点火するオルグと宣伝を強める。

 ③ 8・5ストの総括運動と結合して、当局の不法不当な労務管理を点検・摘発する組織的行動を強め、分断・差別を許さない団結を強化する。(中略)

 ④ ワッペン着用に対する不当処分の通告が準備されている模様である。この処分通告は露骨な団結破壊の攻撃であり、労働者の権利と団結を守る立場から抵抗し反撃しなければならない。(以下、略)。

 国鉄の分割・民営化阻止の闘いを本格的に開始した矢先、国鉄当局は9月13~19日にかけて労組指令によるワッペン着用、ネームプレート着用拒否の闘いに参加した労働者5万8482人に対し、戒告、訓告、厳重注意などの処分を行った。続いて10月5日には、監理委員会最終答申に抗議する8・5ストその他の闘争参加者6万4387人という大量処分を通告した。そのうち国労は6万4126人、全動労205人、動労27人、千葉動労29人であった。国鉄当局はこうした攻撃に加え、「国労は『三項目』の推進に協力的でない」との「心証」から、「雇用安定協約」の継続について難色を示した。その一方で、動労、鉄労、全施労の三組合には「87年3月31日までの間、現行の雇用安定協約を継続する」との態度を決め、協約を締結した。国労は、前述したように85年11月19、20日の中央委員会で「三ない運動」の中止を決定したが、当局は協約の締結を拒否した。このように当局側の攻撃が一段と激しさを増していった。

 

国鉄労働組合史詳細解説 138

本日も、国鉄改革に関する記事として、労働運動史をアップさせていただこうと思います。

国鉄では、分割民営化に難色を示した高木総裁が椅子を追われ、国鉄OBで西武鉄道の副社長を務めた仁杉巌が国鉄総裁として復帰、国鉄民営化を推進するための勢力として送り込まれたが、やがて民営化消極論に方向転換するに及び、その後運輸省事務次官であった杉浦喬也と交代することとなります。

最終答申が出された昭和60年7月には、国鉄当局には杉浦喬也が総裁として就任、国鉄当局は分割民営化中心となり、当時の国鉄部内紙(国有鉄道)の紙面では、組合の動きといった記事が一切姿を消して、分割民営化一色になってしまいました。

国鉄部内紙 国有鉄道 当時は国鉄分割民営化に関する特集記事などが組まれていた。

国鉄部内紙 国有鉄道

国有鉄道 目次


 このように、国鉄当局はそれまで以上に国鉄改革=分割民営化であるという方向が示され、その方向にひたすら突き進む事となりました。

臨調答申に反対を示す国労動労など各組合

国労では、昭和60年7月、以下の内容を骨子とする、再建監理委員会による国鉄改革に関する意見書を提出することになりますが、これに対して国労は、動労などと呼応して抗議声明を出すことになりました。
 この時点では、後に鉄労とともに労使協調宣言を出す動労も全施労も同様の抗議行動に出ていることにも注目していただきたいと思います。
鉄労は、おそらく動きたくとも鉄労の地域分社制は分割民営化を認めたものだという発言をしてしまったこともあり、表だっての行動がとれなかったように思われます。

再建監理委員会「国鉄改革に関する意見」を総理大臣に提出 7/26

  1. 旅客6分割
  2. 貨物分離で1社
  3. 新幹線は一括保有機構が旅客会社に貸付
  4. 余剰人員対策

 

国労動労・全動労・全施労の国鉄4労組は、国鉄再建監理委の最終答申に対し連名の抗議声明 7/26
動労の第一二回大会開催 7/26

統一労組懇や民主団体などによびかけ、1,000万署名に取組むことを決定

 

当局としても、大手振っては反対と言えないのですが、この当時はすでに総裁が杉浦氏であり、国鉄当局としては分割民営化を前提としたなっていますので、国鉄当局としては表だった動きを見ることはできません。
さらに、国労名古屋市で第48回定期全国大会を開催し、分割民営化絶対反対の方針を決定するなどしています。
国労第48回定期全国大会(名古屋)。7/29~8/2
分割・民営化反対のため5000万署名運動の強化、重要段階でのストライキなどの方針採決国労委員長に山崎俊一氏 7/29~8/2 国労(20万人)は名古屋で開かれた定期大会最終日に役員改選を行ない、新委員長に山崎俊一書記長(53歳)、新書記長に荒井敏雄調査資料室長(52歳)ら新執行部を選出
山崎委員長は「分割民営化阻止」を宣言

当時の国鉄労働組合関連図を示すと以下のような形

国労は7月29日からの定期大会で、山崎委員長を中心とする新執行部体制で、国鉄分割民営化反対を強く打ち出していくことを決定。
国鉄当局は、政府が8月7日に答申を受けて設置した、「国鉄余剰人員雇用対策本部」(本部長 中曽根康弘首相)に呼応して、「雇用対策室」「職業訓練室」を職員局内に設置(職員局長は、住田信義(後の島根県知事))、国鉄職員の再就職促進に動き出しました。
国労の方針は引き続き、「分割・民営化答申反対」として運動を続けていくこととなるのですが、当時の世論は、国鉄改革(国鉄赤字の解消)であり、各組合の思惑の中で分割民営化への反対論は最右翼にいました。
当時の組合関係をマトリックスの分けると以下のようなイメージでしょうか?

分割民営化に関する代表組合のマトリックス、千葉動労などは省略している

分割民営化に関する代表組合のマトリックス

動力車労働組合を容認派としたのは、基本的には分割民営化反対ではあるが、雇用の確保がなされるならばという条件付きであれば・・・という現実路線を選択したということで、容認派としています。鉄労は国労への対抗的意味合いから、対局になる分割民営化推進派の位置づけとしています。あくまでも個人的な見解であることは最初にお断りしておきます。

ここで公企労レポート。
No.2082 昭和60年8月25日号 「現実論議に欠けた大組織国労大会」
を参考に、当時の様子を見ていきたいと思いますが、このときの大会では、代議員も本音を語りたがらない雰囲気であったと記録されています。
国労の代議員の中にも、民営化はやむなしだが、分割は反対だ、しかし、国労本部は分割・民営化は絶対反対とするとする運動方針を掲げたことは、国労組合員にも不満と不安を与えたとされています。
当時の国労部内でも民営化容認、分割反対というのが組合員の中でも声があるにも関わらずそうした発言はなされることなく、派閥による代議員による腹の探り合いのようになっていたようです。
その辺を公企労レポートから引用してみたいと思います。

国鉄内の最大組織として特異な政治感覚を駆使し、闘いを通じて固めてきたこれまでの路線を、世に中の潮流に合わせて速度を調整し、全方位を確認して大胆に切り換えることに、古い体質的な抵抗があって「民営化やむなし、分割反対」という率直な意見が言い出せない。「雰囲気」があったのだろう。

ここで指摘されていますように、国労内にもそして世間的にも、分割民営化をセットで考えずに、民営化容認、分割反対を国労が早い時期に出していたならば、政府もそして世論も変化していた可能性は捨てきれないように思えます。

しかし、そこには代議員の中に、発言することで泥をかぶりたくないという意識があったことも見逃せないと指摘しています。

再びその辺を公企労レポートから引用してみたいと思います。

対局に直面し決断しえなかった最大の理由に。自分だけは「泥をかぶりたくない」という意識が各幹部の胸中深く根ざしていて「自分自身に暗示をかけていた」との見方もある。

と記述していますが、これは国労に限らず、組織の中にあるとなかなか正論を言えないのは一般の会社も同じであり、国労だけに問題がある訳ではないと言えます。

当時の国鉄では、国鉄当局の一般職員も内心では、民営化は止むなし、しかし分割には反対だという意見もあったように見えますし、国労の大半の組合員も分割は反対だが民営化は容認するという空気感があったことは間違いないと言えそうです。

しかし、実際問題としてはそれを声に出していうことは、国労の組織にあって言えるわけもなく、国労は自らが掲げた分割・民営化絶対反対の方針を変更できないまま、自壊を迎えることになるのは気の毒な事だと思えてなりません。

その辺は詳細に、公企労レポートで詳細に語られていますが、結果的には国労内では、分割・民営化はセットで反対されており、「分割・民営化反対」はより強固なものとなり、国鉄当局とのそれまでの癒着路線と言われた、歪んだ労使協調路線から完全に袂を分かち労したい結露線となってしまったことも事実です。

昭和61年10月9日に修善寺で開催された臨時大会で国労は分割・民営化反対の意見により、国労はさらに窮地に追い込まれることとなり、山崎委員長は退任を余儀なくされるわけですが、その結果は九州・北海道で多くの余剰人員を発生させることとなり、イデオロギー*1により多くの国鉄職員を路頭に迷わせる結果となったのは記憶にとどめておきたいと思います。

 

参考資料:

以下は、弊サイトから引用した「国鉄再建監理委員会答申」の前文になります。

 

*******鉄道の未来を築くために*******

昭和60年7月26日

日本国有鉄道再建監理委員会
再建監理委員会委員

委員長 亀井 正夫  住友電機工業㈱代表取締役会長
委員 加藤 寛 應義塾大学経済学部教授
委員 隅谷 三喜男 東京女子大学学長
委員 住田 正二 (財)運輸経済研究センター理事長
委員 吉瀬 維哉 日本開発銀行総裁


はじめに
  •     当委員会は、日本国有鉄道の経営する事業の再建の推進に関する臨時措置法に基づき、国鉄事業に関し効率的な経営 形態の確立のための方策を検討することを任務として、昭和58年6月10日に発足し、以来2年余りの間にわたり、130回を 超える審議を重ねた。
      この間、国鉄及ぴ政府の関係機関ほもとより、交通問題に関する専門家、私鉄経営者、地方公共団体国鉄の各労働組合等から可能な限り広く意見を聴くとともに、数次にわたる現地調査を実施し、効率的な経営形態の確立のための方策についてあらゆる角度から検討を行った。

 続きは、下記にリンクを張っておりますので、合わせてご覧ください。 

jnrera.starfree.jp

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第三章 分割・民営化攻撃の本格化と国労闘争

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第一節国鉄再建監理委員会最終答申
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┌─────────────────┐
├○ 四 国労の分割・民営化反対闘争│
└─────────────────┘
 
  分割・民営化反対闘争の方針決定
 国労は、最終答申のでた直後の7月29日から5日間、名古屋市で第48回定期全国大会を開き、監理委員会の分割・民営化答申に対決する方針を決定した。大会初日に次のような方針案の提案が行われた。
  「監理委員会の答申を受けた中曽根首相は、『行革』の天王山としての国鉄問題、すなわち『分割・民営化』を政治生命をかけてやりとげる決意を明らかにしました。国鉄問題は今日以降完全に政治日程に乗ったのであり、われわれはこの理解に立って『分割・民営化』反対、ローカル線存続、雇用確保の闘いをさらに一層幅広く強化しなければならない」と述べ、「国鉄の解体を許すな、国鉄労働者の雇用を守ろう、国労運動を守ろうという闘いは、中央・地方・各級機関と組合員の努力で徐々にもりあがっており」「国鉄問題が文字どおり国民世論をして勝利への展望をつかむかどうかは、一にかかって国労が内部を固め、意思統一をはかり、一人でも多くの理解者・協力者を獲得するため、謙虚な態度とみずからの主張をわかりやすくのべ、国民各層の声に積極的に耳を傾ける態度こそが闘いを成功させる基礎だ」と強調した。
 また「中央・地方ともに各組合の職場から国労オルグを待っている単産が増えており、積極的に国鉄問題を訴えていかなければならない。保革を問わず各議員、自治体、消費者団体、民主団体、学生、商店、経済団体、会社などすべてに、あそこはだめだろうと勝手に決めず、当たってくだけろの闘争心で全員が行動することを確認しあいたい」「そのためにも1000カ所討論集会の一層の成功と5000万人署名運動が位置付けられている」と提起し、「われわれの闘いは、地方行革、教育臨調、戦争に反対し、平和と民主主義を守る闘いと一体をなすものだ。これらの闘いと運動を具体的に発展させるため、全代議員の取り組みや経験や克服すべき問題点を出し合って、確信を持ち合えるまで討論をお願いする」
と呼びかけた。
 大会での討論は、分割・民営化反対の闘いを中心に進められた。
そして、分割・民営化阻止の闘いはいかに国民的多数派を結集するかにかかるとし、総評が決定した有権者過半数を目指す5000万人署名に全力をあげることを確認し、雇用を守るために労働組合の存在価値をかけ、重要段階ではストライキで闘い抜く決意を全会一致で固めた。この大会で新執行部が選出され、山崎俊一委員長が新任された。

続く

*1:思想・行動や生活の仕方を根底的に制約している観念・信条の体系。歴史的・社会的立場を反映した思想・意識の体系」を意味。参照:筆者:

国鉄労働組合史詳細解説 137

社会党国鉄民営化案と国労

日本社会党(現在の社民党)は、総評の意向を受けて国鉄の民営化はやむなしとして、国鉄の民営化案をまとめます。(最終的な案は昭和61年1月28日に正式発表されたわけですが、そこで提案された、国鉄改革案は、以下の通りでした。

日本社会党、現社民党が総評の意向を受けて再建監理委員会の対案

社会党国鉄改革案

国鉄分割民営化は既定事項としてやむを得ないとするも、あくまでも政府が株式の70%以上を保有することで実質的な国営事業であることを明記するとともに、民間会社ですので、スト権の関する問題は解決される。
雇用の確保については、民営化手法の導入だけですので、問題なくスト権は付与されることとなります。
国鉄問題社会党案(日本鉄道株式会社法案)に関する覚書」では、上述のように国が実質的に運営する株式会社とすべしとしており、「株式会社にする理由がどこにあるのか」という点では、下記のように。

  • 再建監理委の答申は、これからの鉄道輸送は、①新幹線などによる都市と都市との間、②大都市圏、③地方主要都市、という三つの分野の旅客輸送で収益性のある事業としてその責任を果たし続けるべきだとし、ローカル線切りす照る方向であること
  •  「公共の福祉」と言う視点からも、国民の交通権、安全・平等な足の確保といった理念が重要である

 

この答申案は、総評の意向を受けて社会党が作成したものですが、現在のJRが抱える根源的な問題を指摘しているという点では注目しても良いのではないでしょうか。

国労自身は社会党案は受け入れられないとして批判

国労では最終的には分割・民営化双方に反対する方針を取っていたことや、動労との足並みの乱れなどもあり(動労はこの頃には総評とも距離を置くこととなり、国労との関係はさらに冷え切ったものとなっていた)のですが、国労の資料で明らかにしてるように、朝日新聞の社説で指摘された、以下の点は容は改めて検証されるべきではないでしょうか。

  • 「多くの人は、従業員約三二万人の電電公社が分割されていないのに、なぜ国鉄は分割されるのか
  • 分割は国鉄労使に対するショック療法のねらいがあったのではないか
  •  北海道、九州、四国の三会社は、債務の引き受けを免除し、合理化と運用基金で黒字経営が可能とされているが、経営基盤はきわめて弱い。運賃値上げ、不採算線の整理に拍車がかかる懸念は消えない
  • 本州が三分割なのかの疑問は大きい
  • 新幹線のリース会社まで作って、本州を輪切りにすることで、利用者にとってまた経営面でどんな利点があるのか
  • 分割は会社間の手間や経費を増やす。利用者には乗り継ぎの不便や、割高な運賃が押しつけられることはないか
  • 本州分割にこだわったことが、相当な無理をともなっていることは否めない

と指摘しています。

新幹線のリース案件に関しては、JR自身も新幹線の買い取りという形で決着?するわけですが、これが結果的にJRの再編成を難しくしてしまったように感じます。(JR各社の資産として新幹線が確定したことで、資産価値も確定し上場がしやすくなった、むしろ新幹線が常にリースの場合は、内部留保JR東海は相対的に小さくならざるを得ず結果として再々編(本州会社の統合等)も行いやすかったのではないかと思われます(あくまでも私見ではありますが。
また、この譲渡による1兆円の上積みが整備新幹線の財源となったわけですが、ここに来て整備新幹線のスキームの矛盾が出てきていることもあり、本当に新幹線が必要だったのかという問題なども出てくると考えられます。

動労は、国労との共同歩調から独自の運動にシフトすることに

最後に、当時の動労の動きについても記しておきたいと思います。

かつて、マル生運動反対やスト権ストでは共同歩調を取ってきた動労ですが、昭和57年の大幅な貨物ダイヤの減便など以降は、動労による「働こう運動」により、当局にすりよる事となりました。

具体的にどのような運動であったのかは、日刊動労千葉(千葉動労)の1360号 ’83.6.9号に下記のような記述がありましたので、抜粋してみたいと思います。

なぜならば、動労「本部」革マルの推進する「働こう運動」は、運用効率の向上を狙う「動乗勤」改悪を先取りする運動であるからです。
動労「本部」革マルは、「働こう運動」方針のもと「動乗勤」 改悪に積極的に応じるとともに、これと対決して闘おうとする部分には「入浴闘争」と同様に「冬の時代だ」「今は闘うべきではない」「闘うから権利を奪われる」「闘うやっは挑発者だ」なるキャンペーンをはり、暴力と恫喝をもって襲いかかってくることは必至です。
すべての国鉄労働者は政府・国鉄当局の尖兵となり労働者を翼賛運動にひきずりこ
りこもうとする 動労「本部」革マル反動分子の裏切りを許さず、追放・ 一掃を実現し、動労大改革をかちとろうではあり せんか。

日刊動労千葉 83.6.9 No. 1360号 敵の尖兵=「働こう運動」の動労「本部」革マルを一掃しよう

日刊動労千葉 83.6.9 No. 1360号

革マルが提唱する、「働こう運動」は「乗りこえ運動」

ここで動労の働こう運動という言葉が出てきましたが、動労自身が雇用の確保という観点から提唱したもので、前述の通り貨物輸送の減便とそれに伴う機関車乗務員の余剰発生が大きな危機感となったのでした。
機関助士反対闘争でも解体寸前まで追いやられた経緯がある動労とすれば、乗務員(組合員)の確保は最重要課題であることから、昭和57年以降も国労との共同戦線で分割民営化反対は唱えるものの、職員の出向などにも積極的に応じるなど,それまでの鬼の動労から、労使協調宣言を表に出すような形となりました、これがいわゆる「働こう運動」の具体的な内容でした。
そして、この考え方の根底にあるのは、伝統的な革マル派の理論、権力等に取り入りその中から革命を実行するということで、中核派とはその根底において大きく異なるものと言えました。

そしてこのように、時には権力者にも取り入ることが、「乗りこえの論理」の一つであったわけです。

「既存の価値観に囚われない新しい労働運動や大衆運動を展開する(運動上ののりこえ)ことを指している。」

革マル派の行動を決定付ける論理で、

  • 他党派の戦術やイデオロギーを批判する(理論上ののりこえ)ことで、
  • 党派闘争に勝ち抜き、他党派を革命的に解体する(組織上ののりこえ)ことで、
  • 既存の価値観に囚われない新しい労働運動や大衆運動を展開する(運動上ののりこえ)ことを指している。

この論理は他の新左翼党派と共闘できない大きな要因となっており、他党派との激烈な内ゲバを過去に起こしている。

 

参照:wikipedia

 

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ところが、社会党は8月21日に国鉄再建対策委員会( 委員長・小柳勇参議院議員) において監理委員会の最終意見に対抗する、同党としての「国鉄再建の具体案」をまとめた。それによると、①全国ネットワーク網を維持し、分権化をすすめる。②経営形態は政府出資の企業体とするが、経営は民営的手法を大幅に導入し、民間資金も導入する、③整備新幹線の着工について、当面見合わせる、などであり、「民営化」に柔軟な姿勢を打ち出し、分割阻止を最重点課題としている点に特徴があった。この再建案は、9月11日の社会党第六四回中央委員会で正式決定された。民営化反対を棚上げする方針を決定した背景には、公明党が分割に慎重な姿勢をみせたことをとらえ、同党との共闘をさぐる狙いがあると、受け止められていた。
 マスコミの見解
 監理委員会の最終答申は、どの新聞も一面で大きく取り上げた。
1982年初頭からマスコ、ミは、国鉄および国鉄労働者に対する批判キャンペーンを展開し、臨調〞行革の正当性に裏付けを与える役割を果たしたが、この報道姿勢から三年余り経た段階で、この最終答申に対しどのような評価をしたであろうか。
 『朝日新聞』は社説で、まず、「分割、民営化ではたして国鉄は再生するのか」と問題をたて、経営形態について「現行の公社制度は多くのひずみを抱え、行き詰まっている。政治の行き過ぎた介入を防ぎ、予算や行政上の監督、規制を緩めて、国鉄経営に企業としての権限、責任、活力を年み出させないと、輸送市場の厳しい競争にに生き残れまい。民営化の方向でおおかたの合意をまとめることは可能なはずである」と民営化には賛意を表していた。
問題にしたのは分割であった。
 「多くの人は、従業員約三二万人の電電公社が分割されていないのに、なぜ国鉄は分割されるのかと思うだろう。鉄道のもつ地域密着性や労働集約性だけで、これを説得しきれるだろうか。むしろ、国鉄労使に対するショック療法のねらいがあったのではないか。/ 北海道、九州、四国の三会社は、債務の引き受けを免除し、合理化と運用基金で黒字経営が可能とされている。だが、経営基盤はきわめて弱い。運賃値上げ、不採算線の整理に拍車がかかる懸念は消えない。とりわけ、なぜ本州が三分割なのかの疑問は大きい。新幹線のリース会社まで作って、本州を輪切りにすることで、利用者にとってまた経営面でどんな利点があるのか。分割は会社間の手間や経費を増やす。利用者には乗り継ぎの不便や、割高な運賃が押しつけられることはないか。本州分割にこだわったことが、相当な無理をともなっていることは否めないのである」と国鉄分割への疑問をのべていた。
 さらに国鉄経営の破綻の原因について、「それは何より政府の責任であることを強調したい。国鉄経営悪化の大きな原因が、過去の政策にあり、その解決に国民の負担を求める以上、国鉄労使を批判してすませる段階はすぎたと知るべきだ」と明言し、監理委員会の最終答申が不問にした点に言及した。
 日本経済新聞の社説では、「国鉄民営化の必要性について、すでに、国民大方の意見は一致している」とみなし、さらに「分割化は、国鉄として、避けがたい選択と言わなければならない」とのべていた。監理委員会答申の分割民営化の理念は妥当としているが、「問題は、分割民営化の実現可能性と論理の整合性にある」とし、いくつかの疑問点をあげた。
 たとえば、三島会社に運営基金を与えたとしても「赤字にならないで済むかどうかはわからない」という指摘があった。あるいは「臨調の提言では『国鉄に特有の公共性を求める必然性は乏しい』と言っていたものが、それなら、なぜ、一時的なものとはいえ基金を設けて実質的な助成をする特殊会社を設けるのか」との疑問を出した。さらに、「監理委はかねて、職員の管理限界は5万人としていたが、東日本鉄道会社の規模は8万9000人あるいはそれ以上にのぼると想定されている。これでは、管理の限界を超えることにはならないのか」と述べた。
 「北海道新聞」は社説の冒頭において、答申を読むと「なぜ、分割が再建の絶対条件なのか、という疑問のほうが先に立ってしまうのである」と監理委の意見に対し、全国紙よりも批判的な論調であった。監理委員会の意見書では、三島会社が黒字になると説明していたことに対し、「そこで強調したいのは、各社が黒字になる要因は〃必ずしも分割・民営化とは関係がない〃ということである。ひるがえっていえば、意見書のような長期対策、人件費対策が打てるなら、分割・民営化しなくても国鉄は黒字になることが示されているようなものだ」と批判した。
 経営形態については、「経営形態のあり方は慎重に検討されるべきだ。職員が意欲を燃やして働ける形態が望ましい。民営化は検討に値するが、税金など経費が急増したり、政治干渉は相変わらず、というようなことにならない工夫が必要だ」と述べ、民営化に全面的には賛成していない。
 新聞社の社説で共通しているは、監理委員会が審議過程を公開

国鉄労働組合史詳細解説 136

こんにちは、引き続き国鉄労働組合史をご覧ください。
 
今回も、国労の資料を参照しながら、独自の解釈を加えていくのですが。
再建監理委員会としては、なんとしても分割民営化は不可避であったとして、世論を作っていきたいと思うわけですが、仁杉総裁が更迭され、推進派の杉浦喬也総裁が就任するに及び、国鉄の分割民営化は待ったなしの状況に追い込まれました。
まして、一足先に二公社(電電公社と専売公社)が民営化され、長期債務の問題等で一番困難と言われた国鉄が残るという構図になっていました。(郵政は現業のため今回の再編では対象外)
そんな中で、国労動労・全施労は国鉄分割民営化では反対という点で一致しており、鉄労だけは地域本社制=分割民営化であるとして、分割民営化を進めていくのだという方向になっていました。
実際に、当時の国鉄職場の見学会等では、国労が強硬に分割民営化反対を唱える中、鉄労が分割民営化推進と書かれたスローガンを見て、個人的には非常に複雑な思いに駆られたものでした。
民営化はやむを得ないとしても、分割は拙いだろう。
26歳の若造はそんなことをぼんやり考えていたのでした。
 
再建監理員会は、答申で、分割民営化は不可避として、本州三社、及び3島会社を分割するとして明記しているわけですが、当時から三島会社の経営が厳しくなるであろう事は当然監理員会でも把握していたわけですが、国鉄長期債務を解決する手段であるとして、強行しようとしました。
国有鉄道10月号「国鉄再建監理委員会の「国鉄改革に関する意見」について」を参照しますと、以下のように書かれています。
北 海道 、四国 、九州の各鉄道会社の経営については 、私鉄並みの徹底 した合理化を行うとともに、長期債務の免除、基金の設定により、採算がとれる形で発足することとされている。具体的には、今後の実績も踏まえつつ内容を詰めていくこととなるが、いずれにしても、3 島の各鉄道会社はあらゆる部門において、私鉄並みの業務運営をめざし、従来にも増 して徹底した省力化、経費節減を行うことが不可欠である。 
とあるように、国鉄時代以上に徹底した合理化を進めていかないとその維持は難しかろうと明記していますし、実際には下図のように、国鉄自身が分析した昭和59年度の線区別運営成績自身を再建監理委員会が知らなかったわけはないわけです。
それ故に、三島会社には運用基金を設けることで経営を成り立たせるという非常に危なっかしい方法を立ち上げたと言えましょう。
下記の図では、本州と三島会社の地域別経営成績が掲載されていますが、北海道と九州で国鉄線全体の30%のシェアがありますが、輸送量は全体の7%しかなく、赤字額も九州・北海道の赤字額と本州の赤字額がほぼ同額と言うことになります。

国鉄分割民営化資料 地域別経営成績 北海道の規模が大きく、収入が極端に少ないという状況

地域別経営成績

本州は早期に純民間会社に、九州・北海道・四国の上場は当初から想定外

再建監理員会も、当初から本州以外の会社はその収益力が上記の収益構造からも明らかなように、不可であることは十分理解していたと思われます。
それが、三島会社に持参させた経営安定基金であったわけですが、バブル崩壊以降はそうしたスキームは一気に崩れることとなり、北海道は自然環境が本州各社と比べても厳しいわけで、その辺を含めて考慮する必要があるのですが、そうしたことを振り返る事もありませんでした。

また、当時は世論も国鉄分割民営化を容認する動きが一般的でした。

総評でも一部の組合は、国鉄の分割民営化は不可避であるとして考えていたようで、国労が総評大会で、「国鉄分割民営化反対五千万人署名運動」を展開すると決めたことに対して、鉄鋼労連が強く反対、全電通国労の方針に反対したという記述*1があります。

鉄鋼労連は、37兆円に上る長期債務を抱えた国鉄再生のためには、分割民営化は最後の手段で有り、万難を排して推進されなければならないとし、署名運動にもカンパにも賛同しないという方針を早々と示して国労を牽制。
全電通自身は一足早く民営化したこともあり、全電通委員長の山岸章は、「民営化反対と言うことは、国労は親方日の丸でいたいのか」と厳しく指摘しています。

全電通は、通信環境の競争などを考え、又当時はアメリカからの外圧もあったことから、自由に動ける体制を求めていたこともあり、組合側も民営化には比較的理解があったほか、一番の大きな点は職員の雇用が守られていたこと、更には国鉄と異なり優良企業として、かつ地域独占で黒字基調の営業をしてきたことなども、民営化でむしろ自由な活動が出来ると考えていたようですし、NTTという電電公社の民営化は、国鉄も民営化で良くなるのではないかという期待を持たせたという点も見逃せないと思います。

 

国労の記事で見る鉄労の話

鉄労は監理委員会の答申について次のような見解を発表した。
「答申は、鉄労が昨年の大会で提言した地域木社制と、考え方において基本的に一致している。具体的な分割・民営化のあり方や労働基本権の回復についても異論はない。この改革の成否を決めるのは、余剰人員対策で、答申は再就職のあっせんを第一に考えている。しかし、われわれは、外注業務を直営化することなどにより余剰人員をまず国鉄内で活用し、さらに分割・民営化に伴って事業範囲を拡大して行けば、余剰人員の大幅な活用が可能だと考える。」

 

さて、ここで国労が当時に鉄労の様子をアップしていましたので、もう少し詳細を語ってみたいと思います。

参照したのは、「国鉄民主化の道(鉄労友愛会議)」です。

 

ここで鉄労の動きが、出ていますので引用してみたいと思います。

国鉄再建監理委員会から分割・民営化の答申が出された直後、8月6日~8日に東京・上野の池之端文化センターで、鉄労の60年度の定期大会が開かれた、国鉄総裁の杉浦喬也総裁も来賓として出席、挨拶した。国鉄総裁が組合大会に出席したのは、初めてだった。杉浦は、「歴史の流れは大きく変わっている。ここに一つの方向に向かって、とうとうと流れ始めたと言える。私としては、国鉄改革の実現に向けて、各労働組合の理解と協力を求めていきたいと考えている。そのために積極的に話し合いを進めていく所存である。特に余剰人員対策は労使間の意思疎通をはかり、効果的に実施していきたい。各組合も余剰人員対策に就いての意義を認識し、積極的に対応していくよう要望する。特に鉄労は正しい認識で、国鉄改革に対応してきた。敬意を表したい」と挨拶した。

とありますが、赤色棒線部分ですが、鉄労は余剰人員ではなく、こうした過員を積極的に新規事業での活用を求めたのですが、杉浦体制では完全に黙殺されることとなりました。

仮に、ここでの鉄労の主張、余剰人員ではなく新規事業のための要員と言うことで雇用の確保と言うことになれば、その後の組合間による軋轢は有ったかもしれませんが、又違った形の展開になっていたかもしれません。

実際には、国鉄の合理化で発生する人員に関しては、一時帰休や退職前提休職、派遣ということで、外部に人材を流出させたことは大きな失策で有ったかもしれません。

それと、多少鉄労に苦言を呈するとすれば、何度も余剰人員対策に対して、国労を意識しすぎるのではなく、大局に立って、余剰人は国鉄にはない、新規事業の要員として確保すべきであると言い切って欲しかったのですが、結果的にはその後の労使協調宣言などで、鉄労加盟が有利である・・・・そんなイメージを作ってしまったのではないかと思ってしまうわけで、この辺は更に資料を読み込んでいく必要がありますので、いわゆる個人的な仮説として、意見を提示させていただきます。

国有鉄道 1985年10月号の記事から 鉄労大会で挨拶する杉浦喬也総裁

国有鉄道 1985年10月号の記事から

 

 

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第三章 分割・民営化攻撃の本格化と国労闘争

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第一節国鉄再建監理委員会最終答申
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┌──────────────────────┐
├○ 三 再建監理委員会最終答申に対する諸見解│
└──────────────────────┘
 
 最終答申に対する国労および他労組等の見解

続き

鉄労は監理委員会の答申について次のような見解を発表した。
「答申は、鉄労が昨年の大会で提言した地域木社制と、考え方において基本的に一致している。具体的な分割・民営化のあり方や労働基本権の回復についても異論はない。この改革の成否を決めるのは、余剰人員対策で、答申は再就職のあっせんを第一に考えている。しかし、われわれは、外注業務を直営化することなどにより余剰人員をまず国鉄内で活用し、さらに分割・民営化に伴って事業範囲を拡大して行けば、余剰人員の大幅な活用が可能だと考える。」
 なお、監理委員会の旦取終答申が提出された直後に開催された鉄労の第18回全国大会( 8月6- 8日) において、分割・民営化による国鉄改革を推進する方針を決定した。方針によると、分割・民営化による改革をすすめ、余剰人員の解雇を防ぐため、外注事業や関連事業の面営化を図る、というものであった。この大会には、杉浦国鉄総裁が初めて出席し、鉄労への期待を込めた挨拶を送った。また、大会の論議のなかでは、監理委員会の最終答申が国鉄に余剰人員として残すとした4万1000人の選別について
「合理化に協力し労使協調に努めてきたのだから、鉄労組合員を一人も含ませてはならない。〔8月〕5日に違法ストをやった国労組組合員や動労を対象にするよう、当局に迫るべきだ」との意見が出された。
 同盟は、田中良一書記長の談話で「分割・民営化以外に国鉄を再建し、雇用を守る方法はない」、ただ余剰人員対策については外注事業の直営化など、内部努力の方法を探るよう求める、との見解を発表した。

最終答申に対する各政党の見解
各政党は7月26日、監理委員会の答申について、それぞれ要旨以下のような談話を発表した。
 自民党( 金丸幹事長談話) 国鉄再建監理委員会の答申が出されたが、亀井委員長はじめ委員のご苦労に感謝する。
国鉄の改革は国民的課題であり、わが党は監理委日員会の意見を日取大限に尊重し、広く国民の理解と協力を得つつ、政府と一体となって国鉄の改革に不退転の決意で取り組む。
 社会党( 国鉄再建対策本部見解) 答申は、国鉄の現状を招いた政府・自民党の責任に何ら言及せず、国鉄を解体して国民と労働者に犠牲を転嫁しようとしている。国鉄の分割は国鉄の公共的使命を放棄させ、地域間に大きな格差を生む。分割・民営化は国家百年の大計を誤らせることになる。
 公明党( 浅井国鉄再建問題特別委員長談話) 経営形態を民営に改めることは、活力ある経営を行うために不可欠な措置と考える。
事業分割は必要だが、分割の規模や地域などについて十分検討し、慎重に進めるべきだ。
 民社党( 河村国鉄再建問題対策特別委員長談話) 答申の基本的方向を支持し、実現を推進する。しかし、新幹線リース方式による本州の会社間の収支調整は、民営自立を阻害し、収益格差を生むので、分割の区分も含めて再検討することが望ましい。
 共産党( 金子書記局長談話) 答申の示す方向は、国鉄事業の再建とは縁もゆかりもないものである。公共サービスは際限無く切り捨て、17兆円にのぼる債務は、結局は国民に負担をおしつけるものだ。国鉄の分割・民営化に反対し、公共サービスの抹殺に反対する地域住民、国鉄労働者の運動と連帯し、その先頭にたって奮闘する。

続く

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*1:鉄労の国鉄民主化への道、P713

国鉄労働組合史詳細解説 135

長らく更新出来ませんでしたが、久々に投稿させていただきます。 今回は、国鉄部内紙、国有鉄道も参照しながら国鉄を取り巻く環境を検証していきたいと思います。
 

 国鉄の分割民営化を容認していたのは鉄労のみ

国労動労、全施労、全動労が監理委員会の最終答申に対して、
  • 公共交通としての国鉄の位置づけがなく、不採算部門は徹底して切り捨てとなる
  • 分割による全国ネットワーク破壊について、具体策を明らかにしていない。
  • 長期債務については政府、財界、国鉄官僚の責任にふれず、用地売却など土地利権を確保するものとなっている。
  • 『余剰人員』対策は、労働者間に分断. 選別をもたらすと同時に、労働者の雇用不安を助長するものである。
  • 『分割・民営化』は”官業払い下げ”であり、公共交通の、国鉄再建ではない。
 以上のような要旨で4組合共同の抗議声明が発せられたわけですが、この時点(昭和60年)で明確に分割民営化を示しているのは、鉄労だけなのですが、どうもマスコミのミスリードからそうなったような雰囲気があります。
鉄労は分社化(国鉄時代の支社のような権限を強化したもので必ずしも分割した独立会社としての想定では無かった。)した地域会社と発言したのですが、これがマスコミには分割民営化を支持するということかと聞かれて、そのようなものであると発言したことから、鉄労は分割民営化を容認したようになってしまったように見えます。
それ以前は、鉄労も分割反対であっただけに、その辺の違和感がありました。
結果的には、強硬に反対する国労に対し、新たな主導権(イニシアチブ)を取りたいという思いから、分割民営化容認であるという方向に舵を切ったのではないかと考えております。
その結果、国労組合員の一部からは、鉄労が裏切ったと言う印象を持つに至ったと言えそうです。
 

監査委員会最終答申発表当時の各組合の立ち位置

再建監理員会最終答申発表当時の各組合の立ち位置、鉄労のみが分割民営化を容認

再建監理員会最終答申発表当時の各組合の立ち位置

と言うのも、当初は鉄労の唱える分社化は。かって存在した支社を地域本社として分割せずに民営化するのようなイメージを描いていたと考えております。

国有鉄道と言う雑誌の記事、労組大会の論議からを参照する

ここで、国鉄部内紙、国有鉄道という雑誌の、労使大会の論議からと言う記事を参照しながら、国労動労・鉄労の各動きを見てみたいと思います。

国労では、第4 6 回大会が、昭和59年8月2 0 日から2 3 日までの4日間、静岡県伊東市
で開催された。
開会挨拶で武藤委員長は以下のように問題を総括したようですが、国労としては強行に反対を表明していることが以下から窺えます。

  1. 「行革攻撃には長期戦略に立った反撃態勢の確立 こ そ緊急の課題 」
  2. 政治戦線 と 労働戦線 ・ 国民共闘の強化
  3. 反自民・反独 占 の視点に立った反行革闘争の強化
    いつ 、ど こ で 、だれと、何をもって闘うかという主体的力量の強化であると総括しています。

他には、総評労働運動の勢いを甦られることが国労自身の力を増すとしていた。
国労としては、当局が示した余剰人員対策【国労では過員と表現】に対して、出向や勧奨退職は一切受け入れられないとして、絶対に反対という立ち位置を崩していません。

結果的には、こうした硬直した考えに至る背景には、国労自身が一枚岩と言えず、多くの派閥の中で成り立つ連合体と言える存在であったことの悲劇と言えましょう。

こうして、国労の場合はイデオロギーに押されて、全体の中動労よりもかなり損な生き方をしたと言えそうです。

国有鉄道 1984年10月号 国労の見解[行革攻撃には長期戦略に立った反撃態勢の確立こそ緊急の課題 」

国有鉄道 1984年10月号 国労の見解

動労の第40回大会は7月17日から20日まの4日間、秋田市で行われ 。
冒頭、佐藤委員長が「いまの状況では、 自らが"職場と仕事と生活”を守る以外にない。そのためにも動労提言を実現させなくてはならない。国労共闘については、既成のエゴイズムを打破しなくては解決しない」と挨拶 。
国労も2年ぶりに山崎書記長が出席し、動労国労との理念の違いはやむを得ないが、雇用と労働条件を守らなければならないという点では 一致している。

動労は、「国労とは共通の課題(生産性運動反対、スト権スト等)で共闘してきた歴史的事実もある。正常でない関係について十分話し合いたい。」
とも発言していますが、この背景には動労が後述しますが、昭和55年以降の減量ダイヤで貨物輸送が激減し、昭和57年からは旅客輸送も減量するなどのダイヤ改正で危機感を持った動労が貨物増送運動等をおこない、「するがシャトル」に見られる列車増発や、短編成化された山陽新幹線などの新たな提言が行われたことを指しています。
これも、組織防衛の一環から出たことで、強行に分割民営化反対を進めている国労とはこの頃はかなり距離を置いていました。

動労は自身の生き残りのため、動労提言で、するがシャトルが実現したと強くアピール

動労提言では、するがシャトルが実現したとアピール



再び、国有鉄道から引用してみたいと思います。

動労では、代議員の中から闘争を行うべきという意見がある反面、多少なりとも労働条件の悪化を受け入れても、組織を守るべきという意見も有りました。

経過報告は吉崎副委員長、84年度運動方針案は福原書記長が行い、本部案どおりで承認、採択された。代議員の発言数は、経過11人、方針案20人で、分割・民営化阻止、反核・平和などを基調した本部見解を支持する内容が圧倒的に多かった。
とくに動労提言支持に関するものが、現状報告とあわせて目立ち、改めて線路を取りはずされては国鉄としての存在がなくなる」と場合によっては労働条件の悪化も受けるとした。

以下に弊ブログで、関連する記述がありましたのでリンクを貼らせていただきます。

whitecat-kat.hatenablog.com

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第三章 分割・民営化攻撃の本格化と国労闘争

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第一節国鉄再建監理委員会最終答申
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├○ 三 再建監理委員会最終答申に対する諸見解│
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 最終答申に対する国労および他労組等の見解

 監理委員会の最終答申に対し、国労動労、全施労、全動労は要旨以下のとおりの四組合共同の抗議声明を発表した。
  「答申は、110年にわたり国民の足を守り続けてきた国鉄の役割を無視し、利用者や自治体、専門家、関係組合の意見も聞かず、国民の目から離れたところでつくられたものであり、断じて認められない。答申には公共交通としての国鉄の位置づけがなく、すべてを採算性によって判断し、不採算部門は徹底して切り捨てるものとなっている。採算性だけを追求すれば、運賃値上げや路線廃止につながることは必至である。分割による全国ネットワーク破壊がもたらす弊害については『対処可能』というだけで、なんら具体策を明らかにしていない。長期債務については政府、財界、国鉄官僚の責任にふれず、国民負担を求め、用地売却など土地利権を確保するものとなっている。『余剰人員』対策については、労働者間に分断. 選別をもたらす施策を求めると同時に、関連労働者の雇用不安を助長するものとなっている。国民の足を奪い、雇用不安を増大させる『分割・民営化』は”官業払い下げ”にすぎず、公共交通としての国鉄を再建するものではない。われわれは、真の国鉄再建をめざして国民の支持と連帯の輪を広げ、『分割. 民営化』を許さず、公共交通としての国鉄を守り抜くとともに国鉄労働者の雇用を確保するために組織の総力をあげて闘い抜く決意である。」
 ところで動労は、85年までの運動方針を見るかぎり分割・民営化構想に反対し、答申がだされた段階では四組合で抗議声明をたすことができたが、以降、まず民営化に、さらに分割に賛成の方向に変化するので、詳しい内容はそれぞれのところで記述するが、ここで動労の変化を簡単にまとめておく。85年10月14日に開いた第二回拡大全国戦術委員長会議において、松崎動労委員長は「われわれの基本軸は分割反対にある」「国有鉄道として再建を考えたいが、そうはいかないから、分割反対を前面に打ち出し、幅広い世論形成をすべきだ」と述べた。そして、12月の動労中央委員会において、「分割反対を軸にして民営的手法の導入をはかるにとの方針に転換した。
 臨調=行革路線による国鉄攻撃が始まって以来、動労はかつて「鬼の動労」と言われていたころとは違い、当局の施策に「柔軟」な対応をするようになっていた。例えば、ブルトレ手当返還問題、現場協議協約の当局案での先行妥結、時間内洗身( 入浴) 問題での
当局への協力などがあった。それは84年の「動労提言」によると、国鉄最大の危機を国民の支持を得ながら乗り切っていくためには、国鉄労働者も「骨身を削る努力を立証しなければならない」「労働条件の悪化を嫌わず、これまで以上の仕事をしよう」との主張にもとづいていた。そうした考えにもとづき、余剰人員対策1二項目に対し組織として積極的に対応した。85年11月1日現在、運転職場での派遣者の数はトータルで4670人であったが、そのうち動労が約4000人、国労が360人、鉄労が80人、その他4050人であった。福原書記長は、余剰人員対策について「われわれとしては、『職場と仕事と生活を守る』という観点に立って対応していきたい。『反対か賛成からという二者択一的な方針はとりません」と述べ、状況によってはいっそう踏み込むことを示唆していた。それは、後の見る86年1月22日の動労の当局との「労使共同宣言」の締結につながっていった。86年度の動労の運動方針では、「今や国鉄改革は避けて通れないものになっており、活力ある新事業体をいかにつくり出すかが問われています」と述べ、事実上、分割・民営化を容認していた。
 総評は監理委員会の最終答申に対し抗議声明を出した。
  「答申は地方交通線の廃止と10万人に及ぶ人減らしを骨格とし、公共交通の破壊と労働者・地方自治体・利用者の犠牲のうえに国鉄の分割・民営化を行い、たんに. 長期債務の分担を示したものにすぎない。われわれは、全国ネットワークの国鉄公共企業体として再生し、次代の公共交通システムの柱として確立するため、地方自治体、地域住民、利用若・国民と連帯し、国民的多数派を組織するために国民運動を展開する。」

続く https://blog.hatena.ne.jp/whitecat_kat/whitecat-kat.hatenablog.com/

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国鉄労働組合史詳細解説 134

今回も国労の資料を底本として、解説を加えさせていただこうと思います。
 
国鉄の分割民営化論議を考えていく中で、国鉄当局は当然のことながら解体には反対であり、労働組合国鉄という組織の解体には反対の立場を取っているわけで、自民党も必ずしも分割民営化を当初から容認していたわけではありませんでした。
むしろ、規制としがらみに縛り付けられた国鉄を少しでも動きやすくしたいという思いが改革三人組の方向性であったと思われますし、実際に自民党も当初は出口論【結果としての分割民営化はやむなし】という考え方であり、分割民営化を推進した鉄労も、当初は分割民営化には反対しています。

鉄労は、分割民営化を容認と報道される

ただ、鉄労が分割民営化を是とした背景には、鉄労が提唱した地域本社制と言う発言に際して、地域会社は独立した会社として認めるのかという、マスコミからの質問に対して、分社化は地域ごとに独立性を持たせるとしたことで、結果的に民営化容認と取られれることとなり、分割民営化反対では整合性が取れなくなることもあって、臨調の方針に乗っかっているという見方も出来るのではないかと考えます。

国労の方から、鉄労が裏切ったので分割民営化が推進された・・・と言った厳しい意見を伺ったことがあるのですが、鉄労としても地域本社制を当初は支社制度のようなものと考えていたと思うのですが、マスコミが新聞発表などで、鉄労は分割民営化容認と書いたことから、結果的には、分割民営化を容認した形で組合員にも説明せざるを得なかったのではないかと考えています。
少なくとも、鉄労も民営化は容認するとしても、分割は容認出来ないとしていれば又違った側面があったかもしれません。

公企労レポートで見る、国鉄分割民営化

今回は、手元にある昭和60年の公企労レポートから、その内容を引用させていただこうと思います。 第2073号 昭和60年7月10日版

最初に参照するのは、「国鉄改革に関する意見-- 鉄道の未来を拓くために」と題する採取答申が出される前に実行された、国鉄総裁更迭後の新総裁の会談を引用してみたいと思います。

記事によりますと、12日(7月12日と思われますが、公企労レポートの日付は7月10日付け)、杉浦総裁は、最終答申を月末に控えて組合代表を個別の呼んで、トップ会談を行ったと記述があります。

新総裁は、何が何でも国鉄再建監理委員会の方針で行くという強い意思表示を示しており、以下のように発言下とされています。
この辺を、公企労レポートから引用してみたいと思います。

杉浦新総裁と各組合トップとの個別会談は、12日午後から国鉄本社で行われた。
新総裁は「基本としては、近く出される再建監理委の答申に沿って行くつもりだ。この方向については国鉄幹部はもとより全職員に理解していただき、併せて国民の皆さんにもご理解願いたいと思っている。先に提示されている基本方策を全面的に変えることにつては、節操がないと言われるかもしれないが、方向付けとしてはこれを変えざるを得ない。

ここで示されている、基本方策とは国鉄が自ら作成した改善方策であり、昭和60年までの幹線系における収支均衡などを謳ったもので、基本方針は以下のようになっていました。
国有鉄道 1985年2月号から引用してみたいと思います。

国鉄では1月10日に、、「経営改革のための基本方策」を世に問うことになります。

国鉄の基本方針について

国鉄の基本方針について

 経営形態について


昭和 62年4月1日を目途に民営化 (特殊会社〉し経営責任の明確化と事業運営の効率化及び活性化をはかるが, 合理化施策の均質性、激変緩和等を考慮し、徹底した分権管理を前提に、全国一体とする。なお北海道、四国については国の政策判断により運営基盤が確立されるならば,別経営とすることも考えられる。
昭和65年度までに、その後の運営状況、輸送実態及び諸事情の変化等を勘案して会社のあり方について検討を加え、その結果に基づいて経営形態の見直しを行う。

国鉄の基本方針について、全国一律の民営化を容認

国鉄が民営化を容認



と書かれているように、国鉄としては民営化は受け入れると内外に宣言しているわけで、政府の意向であれば北海道や九州などは別経営とする事も考慮するとなっていますが、運営基盤が確立されることと言う文言が付いていることから判断出来ますが、あくまでも受けれられるのは、民営化だけであると、広く国民にも示したと言えます。

実際には、当時の世論では、場合によって赤字にんなった場合の処遇として、政府による補填などを求めたことが、結果的に世間にも受け入れられることはなく、分割民営化と言う再建監理委員会の意向に沿うと言う大方針の下、杉浦総裁を退任に追い込み、元運輸事務次官の杉浦氏を国鉄分割民営化をさせるためだけに送り込んだわけで、それが上記の公企労レポートに出てくる発言に繋がって行くわけですが、当然各組合は強く反発することになるのでした。

 以下、各組合の見解を公企労レポートから引用してみたいと思います。

  • 国労 
    監理委員会の答申に沿って実行していく以外に道がないとするならば、あなたが総裁なって貰わなくても良いと手厳しく批判しています。
    新首脳部は霞ヶ関の法ばかり気にしており、国鉄は監理委員会の下請けになっているのではなく、国鉄としての主張を貫いて貰いたいと、国労らしくというか、様子見という感じにも受け取れます。まだまだ、国鉄最大数の組合員を誇る国労としての余裕と言うよりも、国労としても積極的に動くべきではないと考えていたと思われます。

  • 動労
    お互いに約束したことは真面目に必ず守り履行するのが動労の考え方である、国鉄が今日の状況に追い込まれた責任の一端は労働組合にもある。そういう立場に立って新メンバーとも話合いをしていきたいが、重要な事案に対して、総裁に会おうとしても中々会えないので、腹を割って話合いも出来ない。
ここで注目すべきは、動労国鉄の現状作った責任の一端は動労にあると明言している点は注目すべき点です。
  • 鉄労
    鉄労はここでは、分割民営化をはっきりと容認する発言をしています。
    国鉄の再建は心の再建であり、分割・民営しかないと言うことで我々は取り組んで来た、厳しい環境に置かれた労使だが、我々としても全面的に協力していきたいと発言していますが、その反面、行き過ぎた外注化の中止や、等にも踏み込んだ発言しています。
    ただし、あくまでも個人的な見解ですが、どうしても反体制の組合【国労を指していると思われる】を混同して悪平等に扱うことは止めて欲しいと発言するなど、どうしても国労への対抗意識的なところが見え隠れしてしまうところがあり、全体にすり寄っているような雰囲気を感じてしまいます。

  • 全施労
    申し訳有りませんが、公企労レポートでは記録がありませんので記載出来ません。

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第三章 分割・民営化攻撃の本格化と国労闘争

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第一節国鉄再建監理委員会最終答申
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├○ 二 再建監理委員会の最終答申の内容│
└───────────────────┘
 
 国鉄再建監理委員会は、発足後2年余り経った1985( 昭和60) 年7月26日に「国鉄改革に関する意見-- 鉄道の未来を拓くために」と題する、87年4月1日に国鉄の分割・民営化を実施するとした最終答申を中曽根首相に提出した。その内容は、①国
鉄の旅客部門は全国を六分割、貨物は全国一社制にする、②新幹線は一括保有方式をとる( リース制) 、③37兆3000億の長期債務のうち16兆7000億円を国民負担とする、とりわけ④87年度の適正要員規模を18万3000人とみなし9万3000人が余剰人員となる、という国鉄解体処分であった。そして、亀井正夫委員長は委員長談話で「国鉄改革はもはや一刻の猶予も許されません。また、これを成し遂げない限り鉄道の未来を拓くことは不可能であります。国鉄は労使一丸となって直ちにこの難事業に取り組むことが必要であります。国会及び政府は、この大改革を国政上の最重要課題としてとらえ、不退転の決意をもって速やかに断行されるよう望むものであります」と述べた。
答申は全体で四章からなっている。以下、その要約を記す。
 Ⅰ 《国鉄改革についての基本認識》
  国鉄の経営は、1964年に赤字に転じて以来、年々悪化の 度をふかめている。85年度の赤字は2兆3000億円、借金残高も年度末に212兆6000億円に達する。このままいくと、列車の運行にまで支障がでる恐れがある。鉄道旅客輸送は鉄道特性に特化すれば基幹的交通機関として十分役立つ。この鉄道の役割を将来にわたり十分乗たせるよう、国鉄改革を今行う必要がある。
  国鉄経営破綻の原因は、国鉄が時代の変化に的確に対応できなかったためで、その原因は現行の経営形態に内在する構造的なものである。すなわち、公社制度の下で巨大組織による全国一元的な運営を行ってきたことにある。こういう構造的な問題を克服し、効率的で責任ある経営を行うには、国鉄を民営化するとともに適切な事業単位に分割することが不可欠である。
 Ⅱ 《効率的な経営形態の確立》
 分割案は、旅客部門では、本州を首都圏及び東北・上越新幹線を中心とする東日本、東海道新幹線及び中京圏を中心とする東海、近畿国及び山陽新幹線を中心とする西日本の三つに分割し、北海道、四国、九州をそれぞれ分離し、全国大地域に分割する。
 貨物部門は、全国一元的に運営できる独立の事業体とする。
  経営形態については、交通市場のなかで企業性を存分に発揮できるような経営形態にする。具体的には、国が強制設立する株式会社とする。当初、国鉄の全額出資により設立し、逐次株式を処分し、できる限り早期に純民間会社に移行する。これらの特殊会社は、民聞会社並みの自主性をもち、国の監督規制を必要最小限にとどめる。特殊会社の労働関係は、労働組合法及び労働関係調整法による。共済制度は当面現行のままとする。
  旅客鉄道会社の事業範囲は、鉄道路線特定地方交通線を除く全線区とし、関連事業は多角的、弾力的に行う。新幹線の収益差が大きいので利用者の負担の均衡のため、旅客鉄道会社とは別の新幹線一括保有方式で収益調整をはかる。三島の旅客鉄道会社は、いずれも利払い前の営業損益で赤字が見込まれるため、長期債務を承継せず、加えて営業損失を補填でき得る収益が生み出せるような基金を設け、それによって経営基盤を確立させる。整備新幹線については、慎重に判断する必要がある。
 貨物部門は、自立可能な事業範囲を見極めるとともに、今後のあり方は、今後政府において実行可能な具体案を作成する。
  要員規模については、私鉄並みの生産性を前提にすると87年度の適正要員規模は、16万8000人程度となるが、これを実現するのは現状の国鉄における合理化の進捗状況からみて無理である。また、膨大な余剰人員の一部を旅客鉄道会社の適正要員規模の2割程度を上乗せすることとし、移行時に20万人程度とする。貨物事業の要員数は約1万5000人と見込まれ、これらを合計した新事業体の総要員数は21万5000人となる。
Ⅲ 《国鉄事業再建に際して解決すべき諸問題》
  余剰人員の数は、87年度の国鉄在籍職員数が約27万6000人であるのに対し、新事業体の適正要員規模は18万8300人であるため、9万3000人に上る。余剰人員対策の希望退職で2万人程度の応募を目指し、かつ旅客鉄道会社で適正要員規模の2割( 約3万2000人) を上乗せしたとしても、4万1000人が残る。この職員を「旧国鉄」の所属とし、一定期間内に対策を講じ、全員が再就職できるように万全を期す。「旧
 国鉄」は3年を限度に教育訓練、就職斡旋等を行う。雇用の場は、公的部門では採用の一定割合を提供するような措置を求め、一般産業部門にも協力を得る必要がある。政府は、余剰人員対策を円滑に推進するために、所要の立法措置を講じる。
  処理すべき長期債務としては、87年度音において約25兆4000億円に達するものと見込まれ、加えて年金負担等で4兆9000億円、余剰人員対策費として9000億円、それに国鉄の長期債務等と一括処理することが適当な上越新幹線青函トンネル・6四連絡橋などの鉄建公団・本因公団建設施設に資本費5兆2000億円があり、合計37兆3000億円となる。
 これら長期債務のうち新事業体が負担する額は11兆4000億円、「旧国鉄」で処理される額は25兆9000億円となる。
 長期債務処理のため国鉄用地を売却し、5兆8000億円を生みだし、そのほか新事業体への出資株式の売却収入6000億円と新幹線保有主体からの収入2兆8○○○億円を充てる。その上でなお残る16兆7000億円の長期債務は、何らかの形で国民に負担を求める。なお、売却可能用地の面積は2600ヘクタールと推計した。
  国鉄清算法人的組織である「旧国鉄」に改組し、余剰人員対策、国鉄債務整理等を行うほか、国鉄が資本費を負担することを前提として鉄建公団及び本則公団が建設した鉄道施設に係る資本費のうち新事業体が負担しないものの処理等を行う。
 Ⅳ 《改革の推進体制及び移行時期等》
  本意見提出役速やかに、政府においては内閣総理大臣が主宰する「国鉄改革に関する関係閣僚会議」( 仮称) を設置する等強力な実行推進体制を確立するとともに、国鉄においても実行推進体制の一層の強化. 整備を図り、政府と密接な連携を取りつつ、分割・民営化の円滑かつ確実な実施を期する。国鉄事業の分割.民営化は87年4月1日に実施する。
 以上の答申をうけた政府は、7月30日の閣議で答申を「最大限尊承する」と決定し、「国鉄再建関係閣僚会議」を改組して一九閣僚による「国鉄改革関係閣僚会議」を設置した。その決定を受けて翌日、運輸省は87年4月1日の国鉄分割・民営化に向け、「国鉄改革推進本部」を発足させ、分割・民営化の具体化にとりかかった。労働省は7月26日に「国鉄余剰人員対策推進本部」を設置した。10月11日の閣議では最終答申にもとづいた「国鉄改革のための基本方針」を決定し、答申どおり分割・民営化の時期を87年4月1日とし、そのための所要の法案を次期国会に提出する方針を決めた。

続く

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国鉄労働組合史詳細解説 133

長らく更新できませんでしたが、久々に更新させて頂きます。

国労の記事では世界情勢を中心とした内容でしたので、今回は割愛し、国鉄の昭和60年国鉄線9月号からの記事を参照しながら解説を加えさせて頂こうと思います。

国鉄は、昭和59年度で収支均衡を達成した?

国鉄は昭和39年以降赤字決算だったという言うことで、それ故に民営化が行われたと言うことになっていますが。

実は、国鉄監査報告書を参照しますと、国鉄の収支は幹線系に限れば、昭和59年には黒字を達成していました。

これは、昭和60年における幹線系の収支均衡を図るという目的からすれば、1年早く達成した目標でした。

以下は、国鉄部内紙、国有鉄道1985年9月号から引用したものですが。

昭和59年の損益が345億円と営業外損益を差し引いても黒字に転換していることが理解して頂けるかと思います。

国鉄、経営改善計画の収支、昭和59年度で幹線系の収支均衡を達成している

経営改善計画の収支 引用 国有鉄道 1985年9月号

国鉄では、最終年度の昭和60年では、特定人件費を除く分野でも黒字化を達成しており、本来であればここで民営化を止めるチャンス、というか分割を止めるという選択肢を得られたと思えてなりません。

新幹線保有機構が誕生した経緯

ただし、当時は国鉄改革が上手くいくとは改革3人組と言われた3氏でも見通せなかったでしょうし、実際再建監理委員会の決算では、毎年の値上げが必須で、五年後で収支均衡すると考えていました。
当時の世論では、今までは、「国鉄職員=働かない」・・・という、そんな印象を持たれていたのも事実でしたが、実際には出向や管理局ごとでの直営売店などの営業、更には採用中止と勧奨退職による人員削減が行われていたわけですから、その辺をもう少し見極める、もしくは5年で一度経営形態を再度見直す、そんな条項を入れておくべきだったのではないかと思ってしまいます。

天鉄局 松阪駅直営売店の国鉄職員

天鉄局 松阪駅直営売店国鉄職員 引用国有鉄道 1985年9月号

実際、三島会社の経営自体は当初から厳しいとして、基金の上積みが行われたほか、

新幹線保有機構を作って収益調整装置にしたのもそうした表れでした。
新幹線保有機構JR各社間の収益を配分すると言うことで誕生しましたが、当初は新幹線会社を作って、新幹線会社が東北・上越新幹線の赤字を補填するという案もあったそうです。
他にも、東海道新幹線の収益で、上越東北新幹線、並びに東海会社(この場合は、中央線が東海会社に帰属するので、秋葉原駅・東京駅を会社の境界にするということで、都市間流動の分断が発生すると言う問題があると指摘しています。

内部補助を前提にした分割案 新幹線鉄道保有機構の成立と沿革から 引用


参考:「Hosei University Repository 新幹線鉄道保有機構の成立と沿革から」を参照
ここで一番問題となったのは、新幹線、特に東海道新幹線の収益性が飛び抜けてよい(収支係数で32程度、山陽新幹線も60程度で推移するのに対して、東北・上越新幹線は200超と大きく(100以上なので当然赤字)、東海道新幹線の収益で東北・上越新幹線を内部補助しようということで計画されたようで、当初は新幹線を在来線から完全に分離する案もあったようで、そうなっていたら在来線を保有するJR各社は西日本も立ち行かなかったで有ろうと思われます。

最終的に、各社の収益を平均化すると言うことで、新幹線に関しては在来線を保有する旅客会社にリースという形で貸し付けることになったわけです。

本当に分割しかなかったのか?

以下は、個人的な素朴な見解なのですが。
再建監理委員会の答申では、国鉄の分割ありきが前面に出すぎているきらいがあり、新幹線の持つ圧倒的な収益性を持つ、東海道新幹線で東北・上越新幹線並びに、東北地域の在来線を維持する内部補助を行うとした資料に注目したわけですが、分割ありきの作文と思えてしからがないわけです。
最初から、東海道新幹線の収益で東北本線や、東北・上越新幹線の内部補助を行うのであれば、分割ではなく、新幹線会社+在来線会社でも良かったわけで。
在来線会社も場合によっては、国鉄がそうであったように、幹線系と地方交通線系に分離して、地方交通線系にあっては、地方ごとに独立採算、幹線系は全国一律で一体民営化による独立採算、新幹線での黒字分を赤字ローカル線を多数抱える地方交通線系の会社に内部補助というスキームでも良かったのではないかと思ってしまいます。

もちろん、これは後付けの知恵でしか有りませんが。
内部補助で、東北。上越新幹線だけではなく、東北本線などの赤字補填という案を見るに付け、何だかなぁと思ってしまうわけです。
もっとも、その結果、新幹線に関しては新幹線保有機構が、保有して東海・東日本・西日本にリースするという形となったわけですが、この方式では新幹線を資産として計上できない他、リース期間終了後の新幹線の扱いが不明瞭であったこと、整備新幹線の財源を探していた政府との思惑もあって、最終的に、本州各社に売却する(その際、1兆円の上積みが行われた)訳ですが、上場前であったこの時期、敢えて売却ではなく、新幹線保有会社と在来線会社として完全に分離したうえで、将来的に統一するというスキームが示されていれば、現在の並行在来線問題も含めて又違った形になっていたのではないでしょうか。

東海道新幹線

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