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鉄道ジャーナリストblackcatこと加藤好啓の思索帳

鉄道ジャーナリストこと、blackcat、ちょっと硬めの内容を中心に時々書いてみようと思います。

国鉄労働組合史詳細解説 68

国鉄の経営形態が本当に民営で良かったのか、それとも、この議論は今後の人口減少社会の中に有っての道路ありき行政の在り方を含めて今後考えていく仏要はあるかと思っております。
なお、このblogとは別に、「日本国有鉄道の民営化を改めて検証するblog」

というものを改めて論じてみたいと思います。
なお、場合によっては他のブログでも語らせていただくこともございますが、このblogではあくまでも、国鉄労働組合などの社会問題を視点としたお話をさせていただく予定にしております。
なお、内容については中立公正を旨としていますが、時に組合寄りに又は当局寄りに偏っていると思われる場合はどうかご一報いただければ幸いです。

さて、今回は大原社会問題研究所の資料から引用させていただいた内容ですが、今までの調査会などと異なり、この臨時行政調査会【通称臨調】権限も大きく、実際に国鉄やNTT.JTと言った公社を民営化させたと言うのは大きな力であったと思います、ただ、NTT(当時は電電公社)はすでに今後伸びしろのある分野は民間の方が動きやすかろうと言うことで組合側も賛成していた節もありNTTの民営化と国鉄の分割民営化を同じ土俵で見ることはできません。

特に、電電公社の場合赤字続きの国鉄と異なり独占企業と言う部分はあったにせよ、着実に収益を上げていたわけで、そうした意味では電電通【現・NTT労組】は同じ総評に所属し当時の社会党を支持していたとはいえ、積極的に合理化にも応じて来た経緯が見られます。(当時であれば交換機などがデジタル化することで人員の合理化されることを容認する代わりに賃上げ等で対処するなど全体のバランスを取りながら進めてきたことや、組合が国鉄のように分裂しなかったことも大きいと思われます。

www.ntt.co.jp

現在も、NTTとしては持ち株会社以下に事業会社・収益会社が並ぶ構造となっていますが、組合はNT労組のみ(正確には、少数のNTT労組以外の組織もありますが全体から見れば少数派になると考えられます。「JMITU通信産業労組」

www.tcwu.org

すみません、国鉄のお話なのにすっかり脱線してしまいました。

さて、臨調基本答申にたいする労働団体の対応を見ると大きく二つの傾向が認められました。

基本的に、総評と統一労組懇は「答申反対」、同盟と中立労連は「答申支持」となっています。

ただ、「反対」「支持」の理由には組合ごとの思惑もあり、そのニュアンスには差があると認められます。

そこで、大原社会問題羽研究所の資料を基に簡単にまとめてみようと思います。

総 評

 総評は国鉄の分割民営化には明確に反対する。
それとともに、「民主的行政改革の実現を目指し国民的運動を展開していく」

ただ、ここで言う民主的行政改革と言うものがあまりにも漠然としているのですが、ようは我々労働者の意向を尊重しろと言うことかと考えられます。

 以下は大原社会問題研究所の資料から少し長いですが全文引用させていただきます。

【総評声明(要旨)】

 一、基本答申の性格は、行政内容を検討するよりも、もっぱら「小さな政府論」に立って財政規模の縮減のみをめざしている。国民の生活から見れば、福祉国家としての行政の水準を切り下げ、その質を改悪するのみならず、財政規模の縮小もまた国民にしわ寄せされるという二重の意味において国民の要望に沿うものとはいいがたい。このような方向では、今次臨調が「財界主導による財界本位の行革である」と国民から批判されても仕方がないことであろう。

 一、総評は真の国民のための行政改革をめざすため定期大会で、「国民のための行革推進本部」を設置した。今後、政官財癒着構造の打破、政治倫理確立のための国会機能の強化、分権化と情報公開システムの確立などの基本的問題の解決をはかる運動を推進するとともに、三公社の経営形態の改革、特殊法人の統廃合問題、民主的公務員制度の確立など広く国民の声を聞きながら国民行革の推進に向けた運動を展開するものである。

 

 これを受けて、総評傘下の共闘組織である公労協、公務員共闘も当日、それぞれ「声明」を発表しました。

当然のことながら、臨調基本答申は反対であると言う趣旨であり、政府が答申に基づき実行された施策には反対していくと表明しています。

要旨は下記の通り、少し長いですが全文引用させていただきます。

【公労協声明(要旨)】

 答申は、財界主導による弱者を犠牲とする反国民的行革といわざるをえない。すなわち、財政赤字をはじめ政治の失敗の責任を不問に付したうえで、三公社に対する民営、分割を基本にして公企体制度を解体することは、政府と財界の利潤拡大のみを追求するもので国民生活優先であるべき公企業の公共性は完全に無視されたものといわざるを得ない。

【公務員共闘声明(要旨)】

 一、財界が公務員給与凍結を行革の第一目標としていることに、満腔の怒りを覚える。民間では賃金改定を実施しながら、なぜ公務員の給与改定は凍結なのか納得のいく理由を明示すべきである。

 二、「非常事態宣言」などという幻想をふり撒き、防衛費の異常突出に加担し、その一方で、農民と公務員を敵視する財界の発言は許し難い。

 三、官対民・労対農・老対若を互いに反目させるような行革は、二一世紀を展望した国民のための行革とはいえず、財界のみに利する行革であることが明白となった。このような臨調答申に基づく施策の展開に対し、その協力を拒否する。国民と行政の接点にある私たち公務員労働者は、真に国民のための行革を希求しながら、財界主導の行革粉砕にむけて、長期、強靭の闘いを展開する。

 引続き、当事者である国鉄のうち、鉄道を除く4組合の声明が発表されました。

国鉄四組合共同声明

国鉄内の各組合は国鉄分割・民営化案に対しては断乎たたかうとしていましたが、このうち、動労はやがて総評から離脱するのことになります。

国労動労ほか四組合の共同声明はつぎのとおりです。

引続き、大原社会問題研究所の資料から引用させていただきます。

ここでは、「鉄道の基礎施設(路盤、線路、橋梁、トンネル、駅舎等の鉄道建設)は国家資金で行い、国鉄の経営が悪化しないよう運営補助、資本支出補助、欠員補填金等、多額の国庫助成を実施するとともに赤字を残さないよう単年度消化方式をとっている。こうした公共交通優先、大量公共交通にふさわしい諸外国なみの扱いこそ、国鉄財政再建の基本である。」

いわゆる、インフラ部分は国が管理すべきであると言う考え方であり、昨今地方私鉄などに見られる考え方に近いと言えるかもしれません。

といいますか、鉄道を公共財と考えるべきなのか、公共財ではないと考えるべきなのかで変わってくると思います。
何でもかんでも民間企業にと言うのは、今後の人口減少社会を踏まえた場合本当に妥当なのか否かも検討する必要があるかもしれません。

 

国労動労・全施労・全動労の共同声明(要旨)】

 一、「分割・民営」化が国鉄経営危機の解決につながるものでは決してないことは世界の鉄道のすう勢からみても明らかである。先進諸外国の鉄道政策は、民営から公企体化しナショナル・レールウェイとして存続させるというものであり、公企体から「分割・民営」化などは世界にもその例がない。

二、財政措置については、鉄道の基礎施設(路盤、線路、橋梁、トンネル、駅舎等の鉄道建設)は国家資金で行い、国鉄の経営が悪化しないよう運営補助、資本支出補助、欠員補填金等、多額の国庫助成を実施するとともに赤字を残さないよう単年度消化方式をとっている。こうした公共交通優先、大量公共交通にふさわしい諸外国なみの扱いこそ、国鉄財政再建の基本である。

 三、「分割・民営」は国鉄百十余年にわたり築きあげてきた国民の共有財産を民間資本に切り売りするものであり、公共性を放棄し国民の期待に反する。

四、収支均衡、効率化のみが優先し大幅な労働条件の切り下げや要員削減が強制される結果、保守・保安の手抜きによって公共交通機関の生命ともいうべき安全性が損なわれ、また、全国的ネット・ワークが分断され、ローカル線の大部分は切りすてられ、運賃体系もバラバラで値上げなどにより営利優先の運営となり、利用者の利便は完全に奪われる。

五、「国鉄再建監理委員会」は運輸省国鉄を上回る強大な権限だけが先行し、国民の利便をそこない「合理化」の強行のみを実施する機関となっている。基本答申は国の責任を明確にせず、その責任をあげて国民と国鉄労働者に転嫁するものであり、緊急一一項目はまさに本末を転倒したものといわなければならない。国民の利益をそこね、国鉄労働者の期待に反するこの基本答申に断固反対する。われわれは、これまでかかげてきた「国民のための国鉄」が文字どおり実現することを固く決意し、すべての勤労国民と連帯し共同の輪を広げ、あらゆる攻撃をはねのけて闘うものである。

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国鉄労働組合史詳細解説 67

皆さまこんばんは、気が付くと2週間近く空けてしまいました。

申し訳ありません、今回は最初に大原社会問題研究所の「日本労働年鑑 第53集 1983年版・特集 臨調=行政改革労働組合・臨調基本答申の特徴」から引用させていただこうと思います。

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国鉄改革のスタート、元々の目的は財政再建

国鉄改革というと多くの人から、「組合潰し」と言う答えが返ってきます。

実際問題として、国労の分断工作が有ったり、一部国鉄幹部の方による談話として、国労潰しだったという意見などがありますが、本体の国鉄改革のスタートは、行政改革の一環でした。
鈴木善幸内閣がかねてから問題となっていた財政再建問題に取り組んだことからスタートしたもので、臨調による施策をそのまま中曽根内閣が引き継ぐ形で完成させたものだと言えます。

実際、昭和56年頃政府では、3K赤字(米(kome)・国民健康保険(kokuminkenkou-hoken)・国鉄(kokutetsu)の頭文字を取って3K)をどうするかと言う問題が叫ばれていました。

当時は、国鉄だけでも赤字補てんとして毎年6000億円近い税金が投入されていましたが、それでも赤字は膨らみ続ける結果となり、国鉄問題は看過できないところまで行っていました。

ただ、この頃はまだ国鉄も後がない改革と言いつつも、数時合せに終始していた感もありさほど大きな危機感は持っていませんでした。

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上の表は、「郵政民営化委員会」が公表している資料の中から引用させていただきました。http://www.yuseimineika.go.jp/yuushiki/dai3/3gijiyousi_s.pdf

臨調と並行して制定された、「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法

さらに、臨調と並行して「日本国有鉄道経営再建促進特別措置法」では、国鉄地方交通線を「特定地方交通線」と「地方交通線」に分類し、さらに1次から3次までの基準を作りその基準に満たない路線の場合は順次バス化もしくは地方鉄道への転換を進めることとなりました。
ただし、代替道路未整備などの特定の条件がある場合は、代替道路等が整備されるまではその廃止を保留することとなりました。

国鉄があった時代(企画・監修 加藤公共交通研究所)日本国有鉄道経営再建促進特別措置法条文を参照できます)

 特定地方交通線の定義

特定地方交通線の基準

地方交通線の廃止基準は以下のとおりである。
旅客輸送密度4000人(線平均)未満の路線を特定地方交通線とする。
ただし、下記の条件にひとつでも該当する場合は除外

  1. (1)ピーク時輸送人員(隣接駅間)が、1方向、1時間当たり最大1000人以上のもの。
  2. 代替輸送道路の無いもの。
  3. 代替輸送道路が積雪のため10日間以上不通となるもの
  4. 旅客一人当たりの平均乗車キロが30キロ以上でかつ旅客輸送密度が1000人以上の路線 

臨調基本答申の特徴

 第二臨調は八二年七月三〇日、「行政改革に関する第三次答申――基本答申」をとりまとめ政府に提出した。・・・中略・・・昨年七月の第一次答申と類似した三部構成である。そして答申の中心となる第二部は、

(1)行政施策、

(2)行政組織、

(3)公務員、

(4)国と地方自治体、

(5)公社・特殊法人――の五つであり、

なかでも、具体的な改革案が提言されたのは、国鉄など三公社の経営形態変更国鉄など三公社の経営形態変更(分割・民営化)ならびに「総合管理庁」「総合開発庁」の設置(分割・民営化)ならびに「総合管理庁」「総合開発庁」の設置の二つにとどまった。第二臨調の中心課題である省庁機構をふくむ行政組織、公務員制度、許認可事務、補助金特殊法人地方自治体ならびに行政手続きなど重要問題のほとんどが〃先送り〃された。

 

ということで、期待された地方分権などの措置はこの答申では見送られ、国鉄など三公社の経営形態変更(分割・民営化)ならびに「総合管理庁」「総合開発庁」の設置のみにとどまることとなりました。

いわば、この臨調の目玉は実質的に「国鉄など三公社の経営形態変更」だけであったと言ってよいかもしれません。

特に政府にしてみれば、毎年6000億円近い助成金をもってしても1兆円近い赤字を生み出す国鉄は何としても改革するべき存在であったという意識は強かったと思われます。

それが、下記の内容に繋がったと言えましょう。

国鉄にとって最も必要なこと」として、

(1)経営者が、経営責任を自覚し、それにふさわしい経営権限を確保し、企業意識に徹し、難局に立ち向かうこと。

(2)職場規律を確立し、個々の職員が経営の現状を認識し、最大限の生産性を上げること
(3)政治や地域住民の過大な要求等外部の介入を排除すること、
などの三点を上げ、「これらのことは、単なる現行の公社制度の手直しとか、個別の合理化計画では実現できない。公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行い得る仕組みを早急に導入するとともに、労使双方が国鉄の現状を深く認識し、政府と国民の指示の下に、一体となって再建に当たらなければならない」「新しい仕組みについての当調査会の結論は、現在二の国鉄を分割し、これを民営化することであると述べていた。

 臨調の答申は、国鉄本社にとっても厳しいものであったと思われます。

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国鉄としては、最後も国が何とか面倒を見てくれるのではないかと思っていた節がありました。

上の図のように、国鉄は新幹線や幹線、一部の培養線である地方交通線以外は子会社化並びに、場合によっては地方で運営してもらうことを前提として考えていたようです。

ただ、国鉄としては今回は触れませんが、特定人件費問題(満鉄職員や元陸・海軍技術者受入)等の人件費を指す。新幹線の成功は旧海軍技術者などによるところも大きいのは事実ですので、その辺は一概に言えないのですが・・・。)

以下、参考

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上の表は、「郵政民営化委員会」が公表している資料の中から引用させていただきました。http://www.yuseimineika.go.jp/yuushiki/dai3/3gijiyousi_s.pdf

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第1章、臨時=行革路線と国鉄労働組合

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 第3節 第二臨調「基本答申」と国労の対応
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┌────────────────────┐
├○ 一 第二臨調の国鉄「分割・民営化答申│
└────────────────────┘

 第二位臨調の国鉄「分割・民営化」答申

続き

 ついで基本答申は、国鉄財政の現状とその原因にふれたうえで、「国鉄にとって最も必要なこと」として、
 (1)経営者が、経営責任を自覚し、それにふさわしい経営権限を確保し、企業意識に徹し、難局に立ち向かうこと。
 (2)職場規律を確立し、個々の職員が経営の現状を認識し、最大限の生産性を上げること
 (3)政治や地域住民の過大な要求等外部の介入を排除すること、
などの三点を上げ、「これらのことは、単なる現行の公社制度の手直しとか、個別の合理化計画では実現できない。公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行い得る仕組みを早急に導入するとともに、労使双方が国鉄の現状を深く認識し、政府と国民の指示の下に、一体となって再建に当たらなければならない」「新しい仕組みについての当調査会の結論は、現在二の国鉄を分割し、これを民営化することであると述べていた。
 そして、この国鉄「分割・民営化」の理由としては、
 (1)先に上げた「国鉄にとって最も必要なこと」三点の実現を図る上で最も適していること、
 (2)現在の巨大組織では管理の限界を超えていること
 (3)国鉄の管理体制は地域ごとに実態とかけ離れた全国画一的な運営に陥りがちで、分割によってそれが改善されること、などを上げていたが、基本答申はつづいて「新形態移行までの間緊急に取るべき措置」として次のような「11項目を指摘していた【いわゆる11項目】

 ① 職場規律の確立を図るため、職場におけるヤミ協定及び悪慣行【ヤミ休暇、休憩時間の増付与、労働実態のともなわない手当、ヤミ専従、管理職の下位職位代務等】は全面的に是正し、現場協議制度は本来の趣旨にのっとった制度に改める。また、違法行為に対しての厳正な処分、昇給・昇格、管理の厳正な運用、職務専念義務の徹底等人事管理の強化を図る。
 ② 新規採用を原則として停止する。また、業務運営全般について、私鉄並みの生産性を目指すこととし、そのため、作業方式、夜間勤務大成、業務の部外委託、職務分担のあり方の抜本的な見直しを行い、実労働時間の改善を図るとともに、配置転換を促進し、各現場の要員数を徹底的に合理化する。
 ③ 設備投資は、安全確保のための投資を除き原則として停止する。なお、整備新幹線計画は、当面見合わせる。
 ④ 貨物営業は、鉄道特性を発揮できる拠点間輸送を中心とし、業務のあり方を抜本的に再検討し、固有経費における収支の均等を図る。

⑤ 地方交通線の整理を促進するため、遅延している特定地方交通線についても昭和60年度までに結果が得られるように早急に選定を行う。なお、対策が進まない場合、たとえば特定地方交通線対策協議会開催日の義務付け、協議期間の短縮等の改革を行う。また、上記以外の特定地方交通線を含む地方交通線についても、私鉄への譲渡、第三セクター化、民営化等を積極的に行う。
 ⑥ 分割会社との関係を配慮しつつ、自動車、工場および病院の分離等を推進する。
 ⑦ 永年勤続乗車証、精勤乗車証および家族割引乗車証を廃止する。その他職員に関わる乗車証については、例えば勤務区間に限定するなど業務上の必要のためのみに使用されるよう改める。また、国鉄以外のものに対して発行されているすべての乗車証についても廃止する。なお、他の交通機関との間に行われている相互無料乗車の慣行を是正する。
 ⑧ 期末手当、業務手当等の抑制について検討する。
 ⑨ 国鉄運賃については、当該地域における私鉄運賃、線区別原価等をも十分配慮して定める。また、安易な運賃改定は行わない。なお、文教政策、社会福祉政策等の観点からの通学定期等の運賃の公共負担については、国としての所要の措置を講ずる。
 ⑩ 兼職議員については、今後、認めないこととする。
 ⑪ 資産処分の一層の促進を図るとともに。関連事業についても営業料金等の見直しを行う等積極的な増収に努める。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 66

皆様こんにちは、久々に国鉄労働組合史をアップさせていただきます。
最初に、再建管理委員会提出した基本答申に対する各党の思惑について簡単にまとめてみたいと思います。

各政党ごとの国鉄改革案

管理委員会の主張に沿った賛成派

自民党民社党公明党新自由クラブなどによる分割民営化容認

自民党は管理員会答申を尊重

公明党は本州を含めて5分割ただし、貨物も分割して書く分割会社に割り振り

社会党、民営のニュアンスが異なり、70%以上の株式を政府が保有した特殊法人で、民営的手法を経営にとり入れて全国一社制を維持しようとする内容で、むしろ国鉄当局の案に近いものでした。

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国鉄当局案は分割反対、特殊会社

なお、国鉄当局の案は

全国一社制を当面維持するとして、国の全額出資による特殊会社として民営化。

経営責任を明確化するために地方への権限移譲を進め事業運営の効率化をはかる。

  1. 事業はもっぱら幹線系を経営
  2. 地方交通線については全額出資の株式会社として分離
  3. 北海道及び四国については、民営による経営が困難であるが、国の政策判断により特別な措置が施されるのであれば分割して別経営を容認

さらに、長期債務の棚上げや年金負担への助成、子会社化した地方交通線への助成

などを政府に求める。

言わば儲かるであろう幹線系は運営しますが、地方ローカル線と呼ばれる部分は子会社化してそこで発生する赤字は負担してください。

過去の長期債務も帳消しにしてください・・・ということで、国鉄にとっては都合の良い内容でしたがこれが反映されることはありませんでした。

ただ、実質的に北海道と四国も経営できるように措置を取ってもらえれば分割しても良いよ・・・いわゆる分割容認でした。

 

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参考 国鉄問題社会党案(日本鉄道株式会社法案)に関する覚書

https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/2108/1/A03890546-00-062010001.pdf

 対立する国労と当局

 国鉄としては、今までの労使の癒着ともいえる形式的な対立から一転、当局と組合が対立する形をとることで、国鉄自らが変わったことをアピールする形となりました。

その背後には、国鉄組織を温存させたいという国鉄幹部の考え方が色濃く残され田と考えるのは考えすぎでしょうか。

以下は、大原社会問題研究所

「日本労働年鑑 第57集 1987年版  II 分割・民営化路線と国鉄当局の対応」

から引用した内容ですが。

国労が『正すべきは正す』という視点から、労使は話し合おうと呼びかけても、これに応えないばかりか、これは本来当局の労務管理権の問題であり、労働組合と話し合うつもりはないと一方的に実施している。

と言った恨み節が聞こえてくるように、敢えてそうし態度を取っていたのではないかとも思えるのです。

以下、長文ですが全文引用いたします。

この間の国労国鉄当局との関係と労務政策の内容を国労の「太田労政を糾弾する決議」(八二年七月七日)でみると、つぎのように述べられている。

 「今年に入ってから『太田労政』は国労否認を顕在化してきたが、最近の鮮明化は異常なほどである。たとえば(1)『職場問題』について国労が『正すべきは正す』という視点から、労使は話し合おうと呼びかけても、これに応えないばかりか、これは本来当局の労務管理権の問題であり、労働組合と話し合うつもりはないと一方的に実施している。(2)ブルートレイン検査旅費問題は古くからの慣行、協定にもとづくもので、国労が労使の話し合いを求めたにもかかわらず、これは労使の問題ではなく、職員個人と管理局長との関係であるとして、訴訟にふみきった。(3)近く『現協協定』の改訂と『緊急一一項目』について労働組合に提案するときく。しかも提案は期限付とし、まとまらなければ破棄または実施するといっている。まさに、労使関係は形式さえととのえればよく、実際は力でおしまくるという態度である。」

 こうした国労の批判にみられるように、国鉄内の労使関係は国鉄当局の交渉拒否または形骸化によって、緊張したものに変わったのである。

 

oohara.mt.tama.hosei.ac.jp

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国鉄労働組合史詳細解説 65

久々に更新させていただきます、今回は国鉄改革の動きについて個別に見てみたいと思います。

臨調答申と自民党国鉄の動き

一連の動きを箇条書きに書いてみました。

これでみますと、臨調の第4部会が分割・民営化は既定事項であるとしたとき、国鉄労使はともに分割・民営化ともに反対していますが、動労は、まだ分割・民営化への容認までは進んでおらず、分割。民営化を受入れようとしていたのは鉄労のみであったと言えそうです。

同じく公社であった電電公社や専売公社、特に電電公社は民営化を容認しておりその結果NTTは分割されずに一体で民営化となりました。(その後NTT再編で持ち株会社配下に、事業会社のNTTDocomoやNTTData 等の純粋に利潤を追求する会社を保有するとともに、基幹通信を担うNTTコミュニケーションズNTT東日本・西日本という地域会社などに分割されました。歴史にIFは無いですが、仮に国鉄が積極的に民営化を受入れて一体民営化されていたならば、その後持ち株会社法の下「新幹線事業会社」・「長距離寝台列車会社」「貨物鉄道会社」「地域鉄道会社」と言った形になっていたならば現在のJR北海道の問題などは、もう少し新たな展開になっていたかもしれませんね。

仮に、地域分割であったならば、JRもNTTのように、東西分割で熱海付近で東日本と西日本に分離、日本海側は、直江津付近で分割という形になっていたかもしれませんね、

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  • 臨調の動き

臨調第4部会は、国鉄に関しては分割・民営化は既定事項であるとしてその方針を堅持、鈴木首相も追認した形となったことで、政府としての方針は国鉄に関しては分割・民営化が既定の方向に決定しました。

自民党は「国鉄再建に関する小委員会」を発足、この小委員長就任した、三塚博氏は改革3人組と呼ばれていた、松田・井出・葛西三氏と頻繁に連絡なども取り合っており、「国鉄問題の基本は乱れ切った職場規律の回復。これを解決しない限り、分割・民営論をうち出しても空論に終わる」と強調して、国鉄再建は労使関係の見直しが重点だとして、臨調に対する独自性を出していることを強調していました。

国鉄当局は当然のことながら臨調の「分割・民営」化論に反発、国労動労、全施労、全動労の四組合は、三月九日、初めての合同中央委員会を開き、国鉄再建問題四組合共闘会議を結成、「分割・民営」化に反対し、共同行動をすすめることを確認。同月二四日には「すべての国鉄労働者への訴え」と題する緊急アピールを発表し、団結の強化を訴え、進展しつつあった〃世論形成〃への対応をいそいだ。一部の幹部は最後まで分割民営化方針に反対しますが、「ヤミ手当」問題にたいしては「回収方針」をうち出すとともに、三月に入って、総裁通達「職場規律の総点検および是正について」を発出するなど、労使関係の正常化に向けて動き出していったのはすでに見て来たとおりです。

  • 国労ほかの組合の動き

国労を含む国鉄の主要組合は民営化には反対だとして国労は、「国労動労、全施労、全動労」の四組合による「国鉄再建問題四組合共闘会議」を結成した。

「分割・民営」化に反対する共同行動をすすめ、分割民営化容認に動きつつある〃世論形成〃への対応をいそぐことになりました。

二月一九、二〇日の第一三四回拡大中央委員会で、「ヤミ手当」キャンペーンにたいして対策本部を設置する一方、「社会的常識や庶民感覚からみて妥当でないものは労使確認があっても是正する」と「正すべきは正す」という姿勢を明らかにした。二日後、総評、新産別と国労動労、全施労、全動労国鉄関係四組合は、国鉄改革共闘委員会を発足させ、国鉄問題を労使関係に集中させないためとして、独自に、国鉄の長期的なあり方の検討と労使慣行の見直しをすすめるとした。
さらに、国労動労、全施労、全動労の四組合は、三月九日、初めての合同中央委員会を開き、国鉄再建問題四組合共闘会議を結成、「分割・民営」化に反対し、共同行動をすすめることを確認。同月二四日には「すべての国鉄労働者への訴え」と題する緊急アピールを発表し、団結の強化を訴え、進展しつつあった”世論形成”への対応を急いだとされています。

  • 電電・専売の動き(主に組合としての立場から)

臨調で公社改革に載せられたのは電々公社と日本専売公社であった、電々公社としては、「現行公社制度では経営の効率化を図るのは困難」とし、経営形態の変更、特殊会社方式への転換の必要を示唆した改革案を臨調第四部会に提出しており、電電公社の組合である電電通「事業の分割・分離」には反対していたが、「民間企業との競合分野に市場原理を導入する」としてむしろ民営化を容認しており、国鉄とは異なる動きをこの頃から見せており、昭和60年(1985年)に一足先に民営化されることはご存じのとおりです。

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専売公社の組合である、全専売は、民営化に反対、

その理由として下記のような理由を挙げていました。

(1)専売公社の生産性は外国たばこと比べても低くない、)
(2)分割・民営化は、企業利潤の確保、徴税コスト増をまねき、価格引き上げ、国民負担増につながる
(3)葉たばこ農家が切りすてられる
以上の理由から、現行専売制度の維持と規制緩和による自主性強化を強調

実際に、専売公社の場合は民営化されたものの実質的に専売制度は維持されており、昨今ではタバコ以外の健康食品などの分野などにも進出しているのはご存じのとおりです。

国鉄当局も、労働組合も反対だった民営化

電通電電公社時代から何でも反対ではなく、合理化なども上手く取り入れながら柔軟な対応をすることで組合の分断も防井で来たことと対照的に、国鉄では当局も組合も反対を掲げるのですが、国鉄が当局・組合共に、適切な合理化は必要であると判断していたらもう少し変わっていたのかもしれません。

国鉄としても分割・民営化には反対するとしながらも、ブルトレ手当に端を発する慣行については是正するという方向で当局は動くこととなり、国労としても質すべきものは質すと発言しましたが、その本意は、昭和57年(1982年)2月2日、総評第六五回臨時大会で武藤国労書記長が話した言葉が国鉄労働組合の本音ではないかと思われます。

少し長いですが、全文引用させていただきます。

(1)国鉄経営改善計画にもとづいて労使交渉をつづけている段階に、「二五万人体制」、「民営・分割」化をとりざたするのは容認できない、(2)赤字・労使関係のみを強調するのでなく、公共交通のあり方のなかで総合的に考えるべきだ、と臨調をきびしく批判、国民的討論をよびかけた。同臨時大会は、「分割・民営」論を「労働組合の分断、春闘つぶしを意図するもの」とし、「断乎対決する」と決議した。

 

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1982(昭和57)年に入り。第二臨調第四部会での論議が後者の分割民営化で固まったとの報道も流れていたが、第四部会は4月17日に国鉄の分割・民営化の方針を確認し、4月20日に素案をまとめ、5月17日、3公社とも現在の公社制度を廃止し、電電公社、専売公社の民営化、国鉄の分割民営化を内容とする部会報告を提出した。そして、7月30日の臨調第三次答申(基本答申)は、各部会の報告をベースとしてまとめられ、国鉄に関しては明確に分割・民営化の方向を示した。


 基本答申はまず、『公共性と企業性の調和という理念に基づき設立された』公社の現状を見ると、「企業性が発揮されているとはいえず、その結果、果たすべき公共性さえ損なわれがちであり、公共性と企業性の調和を理念とした公社制度に大きな疑問が生じている」と制度改革の必要性を説き、次のような公社制度の問題点をあげた。

 

(1)公社幹部の経営に対する姿勢について、国会や政府による外部干渉が経営責任を不明確にし、安易感を生み、労使関係でも当事者能力が不十分なため、賃金を除く他の勤務条件で安易な妥協をしている。
 (2)労働者の側にも、決して倒産することのない公社制度の上に安住し、彙報な闘争を行うなど、公社職員としての自覚、義務感の喪失さえ招いている。
 (3)公社に対する国民の過大な期待が、公社の経営に負担をかけ、効率性を阻害する要因となっている、という。

 

以下続きます。

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第1章、臨時=行革路線と国鉄労働組合

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 第3節 第二臨調『基本答申」と国労の対応
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├○ 一 第二臨調の国鉄「分割・民営化答申│
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 第二臨調の国鉄「分割・民営化」答申

 1982(昭和57)年に入り。第二臨調第四部会での論議が後者の分割民営化で固まったとの報道も流れていたが、第四部会は4月17日に国鉄の分割・民営化の方針を確認し、4月20日に素案をまとめ、5月17日、3公社とも現在の公社制度を廃止し、電電公社、専売公社の民営化、国鉄の分割民営化を内容とする部会報告を提出した。そして、7月30日の臨調第三次答申(基本答申)は、各部会の報告をベースとしてまとめられ、国鉄に関しては明確に分割・民営化の方向を示した。
 基本答申はまず、『公共性と企業性の調和という理念に基づき設立された』公社の現状を見ると、「企業性が発揮されているとはいえず、その結果、果たすべき公共性さえ損なわれがちであり、公共性と企業性の調和を理念とした公社制度に大きな疑問が生じている」と制度改革の必要性を説き、次のような公社制度の問題点をあげた。
 すなわち、
 (1)公社幹部の経営に対する姿勢について、国会や政府による外部干渉が経営責任を不明確にし、安易感を生み、労使関係でも当事者能力が不十分なため、賃金を除く他の勤務条件で安易な妥協をしている。
 (2)労働者の側にも、決して倒産することのない公社制度の上に安住し、彙報な闘争を行うなど、公社職員としての自覚、義務感の喪失さえ招いている。
 (3)公社に対する国民の過大な期待が、公社の経営に負担をかけ、効率性を阻害する要因となっている、という。
 そして、以上の問題を解決するためには、「単なる現行制度の手直しではなく、公社制度そのものの抜本的改革を行い、民営ないしそれに近い経営形態に改める必要があるという基本的立場明確にしていた。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 64

皆さんこんにちは、2週間以上も放置状態になってしまい申し訳ございません。

幾つもblogを運営していますとどうしても得手が良い方は更新頻度が高くなり逆に苦手なものなどは後回しになってしまう傾向があります。

意識して、均等にと思うのですが中々思うように行きません。

困ったものですが、出来る限りの努力はしておりますのでどうかご容赦願います。

実はこの blog以外にもwebサイトの方も更新しておりまして、少しづつではありますが変更を加えております。

ただ、膨大な量の一部でしかないので見た目はほとんど変化していないとお叱りを受けてしまいます。

さて、今回も昭和57年以降の国鉄の動きを国労の資料から読み解いていきたいと思います。

組合と対決姿勢を見せ始めた当局

国鉄では、マスコミによる国鉄キャンペーンが行われ、国会では国鉄問題としてローカル線を含む再建法案が審議され、どちらかと言うと馴れ合い的にきた当局と組合(この場合は国労)との流れは若干異にする動きをするようになりました。

タカ派と呼ばれた太田職員局長

国鉄本社では、太田知行職員局長が人事のトップに立ったことでその流れが変わったようで、今までどちらかと言うと妥協に妥協を重ねてきた人事政策から一転、対決姿勢にも見える姿を示し始めます。

ただ、これも太田職員局長が自分の権力を掌握するためだけのものであったと言う意見もあります。

それは、鉄労の書記長でもあった志摩書記長の証言であります。

国鉄二つの大罪 職場を崩壊させた国鉄労使

から、少し長いですがここで引用したいと思います。

こうした”労使関係安定論”の虚構に対し、職場規律問題で一気に経営側の主導権を握ったのが「タカ派」といわれる労政を展開した当時の太田知行職員局長であった。
 吉井・川野体制を強引なまでの政治力によって迫放した太田労政のキャッチフレーズは、旧来の”労使関係の精算”であった。
 確かに、国鉄の諸悪の根源ともなっていたマル生以降の労使関係の原点たる「給対覚書」の破棄、「現協協定」の見直し廃止、合理化事案の締結等々労務施策を次から次へと打ち出してきた太田労政は旧来の権者の労使関係を進めてきた主流の官僚にとっては、まさにタカ派であるとともに、敵であったことは事実である。
 しかし、政府与党、、マスコミ、そして折からの行革方針を審議していた臨調等の大きな支援と期待が重なり、その打った手は大胆なだけでなく、極めて細密な計算によって成り立っていたのであった。
 兼職議員の不承認、国鉄職員のパスの廃止、ブルトレヤミ手当の返還、地方での協定化をやめた新昇給協定等、その施策は、少なくとも表面的には国鉄改革の先頭に立つ気概すら感じられたのであった。

しかし、その後は太田職員局長はその後の現場の改革していこうという流れに対して反対の動きをしたと書かれているのですが、その辺を明らかにするためにもう少しだけ引用してみましょう。

しかし、それも昭和五十八年の秋までであった。
 翌五十九年に入ると、地方局の労務施策を担当するものから様々の不満、不安の声が聞こえ始めたのであった。
 その典型的なものがリボンワッペン問題である。服務規律違反であるこの国労のリボンワッペンは単に規定違反で処分といったものではなく、現場の職員――組合員がその指導命令系統下で事実上組合(国労)に従うのか、職場秩序を守るのかを訴えるシンボルでもあったのである。
 当然、太田労政の展開によって、職場秩序の回復を期待した現場管理者の一部(まだ多くあった)や、地方局の幹部の一部はワッペン等について議論、調査を行い、本社の指示をあおぐことになったが、これに対し太田は何らの有効な手を打つこともなく、むしろ黙認の方針すら示したのであった。
 職場秩序の回復、職員のヤル気向上のために、最も求められていた信賞必罰についても、新昇給協定に基づいてこれを厳格に実施しようとした管理局に対し、本社が従来通りでいくよう圧カすらかけたことも明らかになったのであった。
 太田にとっては、職場規律の問題は、その権力奪取のための一手段にすぎぬことが明らかであった。
 政府与党、マスコミの支持を受けるためには、失っても自分達が痛くないものは平気で切って捨てた。

当局のブルートレイン乗務旅費手当返還訴訟提起など、反国鉄・反国労包囲網が外では敷かれ、内に向かっては長年積み重ねてきた労使関係の一方的な破壊(労使協議の事実上の中止、現場協議制度。協約等の破棄、形骸化)、国労組織の否認という攻撃が強まってきた。 

ワッペン問題とは?

ここで、簡単にワッペン問題についてお話をさせていただこうと思います。

ここでいうワッペンとは、黄色いビニール地にスローガンなどが書かれたリボンであり、国鉄に限らず郵政でも同様のワッペン闘争なるものが行われれていました。

このワッペンは言ってみれば踏絵のようなもので、ワッペン自体はただのビニールのリボンですが、スローガンが書かれることで、いわば組合としての「示威行動」となるわけで、郵政でも基本的には禁止なのですが実際には郵便局では組合との了解事項として特例的に扱われるということが多かったようです。

ただ、国労としてみれば今までの双方の利益があるとしてきたなれ合い体質が、ここにきて軋み始めたと言えそうです。

下記のようにその現状を反論しています。

7月19日に提案された「現場協議に関する協約」改訂をめぐる労使交渉では、期限を切ってまとめなければ協約を破棄するとの姿勢を崩さず、のちに11月30日にいたって国労との交渉は決裂してこの協約はなくなるが、鉄労、動労、全施労とは当局案で妥結した。これより先、11月10日には57・11ダイヤ改正問題について鉄労、動労、全施労とは国労より先に妥結していたが、このころより他の問題についても最大多数組合の国労との交渉が妥結にいたらなくても、少数労組の鉄労、動労、全施労などが先行妥結し、それを国労に押し付けるという組合対策の傾向がはっきりしてきた。

 

f:id:whitecat_kat:20170227221905j:plain

結果的に、今までは最大労組である国労が妥結しないと前に進まないこと街パン的であったことが、「少数労組が先行妥結し、それを国労に押し付ける」という方向性がより鮮明となり、国労としては守勢に回らざるを得なくなりました。

また、大きな船が小回りが利かず方向をすぐに変えられないように国労と言う巨大組織も、動労が「ブルートレイン乗務旅費手当」の積極的返納などで国鉄当局の動きを敏感に感じて、より積極的に体制に合わせていく柔軟性を持っていたのに対し、国労は未だ国鉄当局が訴訟まで起こさないだろうと思っていた節があります。

結果的には、世論や政府の意向もあり、国鉄当局は今までとは違う動きを見せ始めたのでした。

元々、国鉄と言う組織は電電公社と異なり、組織自体が硬直しているところがあり、極端から極端に走る傾向が強くありました。

国鉄一家主義・・・的な考え方が浸透していたこともその遠因かもしれませんが良くも悪くも、一方方向に舵を切るとそのまま突っ切ってしまう・・・そんな傾向があったようです。

結果的に一番苦労するのは現場であり、その辺の事情が先ほどの鉄労志摩書記長が述べている。

職場秩序の回復、職員のヤル気向上のために、最も求められていた信賞必罰についても、新昇給協定に基づいてこれを厳格に実施しようとした管理局に対し、本社が従来通りでいくよう圧カすらかけたことも明らかになったのであった。」

と言ったところに垣間見られたのではないかと思っております。

当局への批判でも、組合擁護ということでもなく、本当に当時の国鉄はこうした傾向が多々見られたという意味で見ていただければと思います。

ただ、機関士・運転士と言った動力車乗務員のみで構成された動労は、国労のように駅務・検査・動力…と言った多岐にわたる組合と異なりその意思統一は比較的し易かったという側面もあり、「職場が無くなる・・・だからこそ、雇用を守るために必要に応じて当局との協力関係を結ぶ」という変容を受入れられたと言えそうです。

この辺の変節は、スト権ストの失敗の頃から考えていたようであり、昭和57年の減量ダイヤ以降は本格的に減少する職場に対してどのようにすべきかを真剣に考えていたようであり、その辺の柔軟性はあったと言えましょう。

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焦りを見せる国労

太田労政は、志摩委員長の言では、昭和58年中であり昭和59年にはむしろ後退してしまったと書かれていますが、その辺は全て鵜呑みにするのではなく、全体を検証しながら考えていきたいと思いますので深く言及することはここでは行いません。

ただ、国労にしてみれば、当局はそこまでしないであろうと思っていた「ブルートレイン乗務旅費手当返還訴訟提起」等は寝耳に水であったのではないでしょうか。

国労としてみれば今まで現場協議制などで得てきた既得権益をすべて否定されるようになったわけですから当然と言えば当然のことでした。

そして、国労が言っているように、

国労組織の否認という攻撃が強まってきた。こうした動向は、政府・自民党が「行政改革をすすめているという姿を国民に示し、また国鉄の「分割・民営化」というショックを国民に与えつつ

 7月15日の当局のブルートレイン乗務旅費手当返還訴訟提起など、反国鉄・反国労包囲網が外では敷かれ、内に向かっては長年積み重ねてきた労使関係の一方的な破壊(労使協議の事実上の中止、現場協議制度。協約等の破棄、形骸化)、」国労組織の否認という攻撃が強まってきた。こうした動向は、政府・自民党が「行政改革をすすめているという姿を国民に示し、また国鉄の「分割・民営化」というショックを国民に与えつつ緊急11項目(後述)によって「国鉄再建法」を骨抜きにしようとしていること、そして臨調答申・自民党案として32万人体制とか29万人体制とかの「合理化」・「効率化」を求め、それを国鉄当局に押し付け、当局も自主性を放棄してそれに乗っていることなどを特徴的に物語っていた。

以下続きます。

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第1章、臨時=行革路線と国鉄労働組合

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 第2節 80年代前半の国労つぶし包囲網との闘い
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├○ 三 「太田労政」の展開とその特徴│
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 いわゆる太田労政の展開

続き

>点検結果について」を運輸大臣に提出した。

こうした当局による職場規律問題の総点検が、自民党三塚委員会の職場視察などの活動と同時並行的にすすめられていたことは、先に見てきたとおりである。
 さて、この間、国鉄本社の大田知行職員局長をはじめとする当局幹部や現場管理者の内部告発自民党やマスコミに流され、また82春闘直前に意図的な職員局の人事異動、首脳陣の更迭が矢継ぎ早に行われた。そして、5月17日の臨調第四部会の報告、6月25日の自民党三塚委員会の「国鉄再建方策」発表、7月15日の当局のブルートレイン乗務旅費手当返還訴訟提起など、反国鉄・反国労包囲網が外では敷かれ、内に向かっては長年積み重ねてきた労使関係の一方的な破壊(労使協議の事実上の中止、現場協議制度。協約等の破棄、形骸化)、国労組織の否認という攻撃が強まってきた。こうした動向は、政府・自民党が「行政改革」をすすめているという姿を国民に示し、また国鉄の「分割・民営化」というショックを国民に与えつつ緊急11項目(後述)によって「国鉄再建法」を骨抜きにしようとしていること、そして臨調答申・自民党案として32万人体制とか29万人体制とかの「合理化」・「効率化」を求め、それを国鉄当局に押し付け、当局も自主性を放棄してそれに乗っていることなどを特徴的に物語っていた。
 とくに7月19日に提案された「現場協議に関する協約」改訂をめぐる労使交渉では、期限を切ってまとめなければ協約を破棄するとの姿勢を崩さず、のちに11月30日にいたって国労との交渉は決裂してこの協約はなくなるが、鉄労、動労、全施労とは当局案で妥結した。これより先、11月10日には57・11ダイヤ改正問題について鉄労、動労、全施労とは国労より先に妥結していたが、このころより他の問題についても最大多数組合の国労との交渉が妥結にいたらなくても、少数労組の鉄労、動労、全施労などが先行妥結し、それを国労に押し付けるという組合対策の傾向がはっきりしてきた。

続く

国鉄労働組合史詳細解説 63

皆さん、こんにちは。

本日も「マスコミの国鉄問題キャンペーンと国鉄当局」ということで少しお話をさせていただこうと思います、今回も国労の記事を参考にお話を進めさせていただこうと思います。

国労は当時の国鉄最大労組

国労はこの当時は国鉄最大の組合員数を誇る組合であったこともあり、数の力を誇示で来ていたように思いますが、「自民党・政府・国鉄当局を包囲する諸活動」これについては十分足並みはそろっていなかったように思われます。

勿論、総評・社会党(現在の社民党)が中心となって活動していましたが、当の社会党も総評も、国鉄に対して民営化は受け入れるべきではないのかと言うスタンスに変わっていくことになります。

社会党も民営化容認の方向で最終調整に入るが

また、社会党国鉄守旧派同様、民営化は認めるが、分割はさせない。

株式は70%を国が保有する、また発生するであろう赤字にあっては国が補てんするという極めて国労に有利な対案を出してきましたが、臨調の分割民営化方針に対しては殆ど話題に上ることもありませんでした。

歴史にIFは無いが・・・分割・民営化が正しかったのか

現状でJRの民営化は本当に正しかったのかと言う議論も出てきますが、民営化は当時の現状ではやむを得なかった部分もあると認めざるを得ません、個人的には分割してしまったのはまずかったと思っています。

むしろ、民営化は認めるが、分割は認めないで、NTTのように民営化のみ実施し(ただし、民営化に伴う定員削減は行わざるを得なかったとは思います、実際に貨物輸送などは減少傾向が続いていましたし、59年のヤード輸送の廃止等で大幅な人員削減が行われたのも事実ですから。)

ヤード系輸送の廃止は中小の貨物鉄道には痛手でしたが車扱い貨物自体が、国鉄貨物の中でも足を引っ張っていたことを考えれば、(車扱いの場合は個別に割引運賃などを設定していた)手間だけ大きくて儲からない部分をある程度切り離していくのは仕方がなかったかと思います。)仕方がなかったと思いますし、ひとまず民営化したうえで、その後分割するか否かを考えることは出来たと思います。

最初から分割ありきで出発したことが、国鉄にしても国鉄労働者にしても不幸だったのかなというのが私の考え方ではあります。 

国鉄労働者と国労にたいする攻撃をいうかにはね返し反撃に転ずるか」にあったが、すでに提起してある「みずから正すべきは正す」とした、方針を実践し、加えて
 (1)全組合員の自覚的団結の確立
 (2)全国鉄労働者の統一行動の強化
 (3)自民党・政府・国鉄当局を包囲する諸活動
 (4)職場からの抵抗と反撃を基本に具体的な行動を展開していく方針を打ち出した。

国鉄当局と組合は元々なれ合いの体質があったようです

正直この方針に書かれているように、それまでは国鉄当局と国鉄労働組合の間には、癒着とは言いませんが馴れ合い的な体質が有ったと言われています。

特に、ストライキでの処分などの段落とし(いわゆる、処分の軽減、戒告→訓告、減給→戒告と言った具合)等が行われたり、また現場協議と言う名の現場放置…と言ったことが行われた時代でもありました。

f:id:whitecat_kat:20170207142737j:plain

結果的に保守を要しない、もしくは保守をしなくても故障しないように重装備化等が進められさらに保守要員が要らなくなるという遠因を組合自身が作ったとも言えます。

昭和50年代のある意味国鉄全体が低迷していた頃には、代表的な車両としてキハ40系列が挙げられると思います。

新系列エンジン(実際にはDMH17Hの改良型)であったDMF15系エンジンを更に出力ダウンさせて冗長性を持たせたわけですが、これらも保守が十分できなくとも故障しないことを前提に・・・といえそうです。

また、485系1000番台などに見られたMG並びにCPの予備を搭載する仕様にしたこともそうした問題を内包していることが原因であったと聞いています。

f:id:whitecat_kat:20170207142942j:plain画像 Wikipedia

常に1つのMGを休ませておくことで万が一故障した場合でも切り替えて復旧できる。

考えようによっては現在のネットワークが常に2系統持たせて通信障害が最低限ですむように考えているのと同じともいえますが。故障率等を考えればそこまでの必要があったのかと思ってしまいます。

特に電気機器は全く使わなくとも劣化するため常時使う必要があり、そう考えるといたずれに重装備化は保守部品の増加など経営的にはこうした点も大きなマイナス要素に成り得たと思うのですが、そうしたことはあまり触れられていませんが、実際には部品点数増えるということは当然のことながら保守に時間がかかるわけですから車両の効率的使用から考えてもマイナス要素は大きかったと思われます。

「太田労政」が国労やこの時期の動労を否認する姿勢を顕著に取り始めたこと、2月の自民党三塚委員会設置と深いかかわりをもっていることを指摘したうえで、次のように決議していた。

 「われわれは『太田労政』を認めている総裁以下の首脳陣に警告する。国鉄当局はこの労働組合否認の態度をとるのかどうかはっきりさせるべきである、
 国鉄労働組合国鉄の真の再建に貢献し、職場問題の自主的解決を促進することを前提に『太田労政』と対決し、正常なる労使関係が樹立されるまで闘う決意に立って当面次の行動を強化する。

しかし、結果的には国労の思惑とは別に、当時の国民は国鉄の例年行われる運賃値上げに辟易していたことも事実でした・・・。

 

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第1章、臨時=行革路線と国鉄労働組合

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 第2節 80年代前半の国労つぶし包囲網との闘い
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├○ 三 「太田労政」の展開とその特徴│
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 「太田労政」を糾弾する決議

 82年5月26~28日の3日間にわたって行われた第135回拡大中央委員会では、「『マル生』以上の未曽有の攻撃にさらされつつある」との緊迫した状況認識のもとで、臨調路線、反国鉄労働者攻撃との闘いをどのように進めるかう、めぐって討論が行われた。議論の重要性に鑑みて2日目の討議は非公開とされ、当面の方針が決定された。闘争方針の中心は、「国鉄労働者と国労にたいする攻撃をいうかにはね返し反撃に転ずるか」にあったが、すでに提起してある「みずから正すべきは正す」とした、方針を実践し、加えて
 (1)全組合員の自覚的団結の確立
 (2)全国鉄労働者の統一行動の強化
 (3)自民党・政府・国鉄当局を包囲する諸活動
 (4)職場からの抵抗と反撃を基本に具体的な行動を展開していく方針を打ち出した。
 ついで7月9日の全国委員長、戦術委員長会議では「当面の闘いのすすめ方と課題」を中心に協議するとともに、「『太田労政を糾弾する決議」を行い、内外に発表した。それは、「太田労政」が国労やこの時期の動労を否認する姿勢を顕著に取り始めたこと、2月の自民党三塚委員会設置と深いかかわりをもっていることを指摘したうえで、次のように決議していた。

 「われわれは『太田労政』を認めている総裁以下の首脳陣に警告する。国鉄当局はこの労働組合否認の態度をとるのかどうかはっきりさせるべきである、
 国鉄労働組合国鉄の真の再建に貢献し、職場問題の自主的解決を促進することを前提に『太田労政』と対決し、正常なる労使関係が樹立されるまで闘う決意に立って当面次の行動を強化する。

 (1)中央執行委員会は重大な決意に立って『太田労政』の転換を求め『国鉄再建座談会』を当分の間凍結し、非協力の態度を確立する。
 (2)地方においては、『太田労政』がもたらす職場の混乱を防止するため、それぞれ実情に応じた諸行動を展開する。
 (3)中央・地方は緊急に協力し、国鉄再建にとって障害となる『太田労政』を転換させるたたかいについて広く国民の理解を求める宣伝と行動を起こす。
 (4)このような非常事態のために、本部をはじめ全国階級機関と全組合員は一枚岩の団結をさらにうち固め、総力をあげていかなる攻撃にも対応できる態勢を早急に確立する。」

続く

国鉄労働組合史詳細解説 62

みなさまこんにちは、本日も「マスコミの国鉄問題キャンペーンと国鉄当局」ということでお話をさせていただこうと思います。

千葉動労から見た国鉄運動

毎回、国労の記事を参照していますので今回は少し視点を変えて、動労千葉からみた国鉄当局の労働運動と言う視点から見てみたいと思います。

もちろん、千葉動労を擁護するもしくは、反論するということではなく、あくまでも違った視点から見た場合と言う視点からお話を進めさせていただこうと思っております。

千葉動労とは?

特に千葉動労は、昭和54年、動労が、成田空港闘争での「三里塚闘争」の考え方の違いから、動労本部が千葉地本執行部を除名、それに対抗するように千葉地本側も動労から分離して独自の組合を結成したもので、1986年(昭和61年)11月30日に、同様の考え方で誕生した動労水戸・動労連帯高崎とともに動労総連合を組織し現在に至っています。

なお、現在「動労総連合」に加盟している組合は下記の通りとなります。

元々は、上記、動労水戸・動労連帯高崎を加えた3派に動労西日本を加えた組織でしたが、ここにきて、東京、神奈川、新潟、福島、北陸、九州、北海道などで新たな単産として復活しており、新たな国鉄問題が起こりえないか監視する必要がありそうです。

千葉動労からみた動労の動き

動労としては、貨物輸送が目に見えて減って行く中で、多少の危機感は昭和57年以前から持っていたようで、そのあたりが上記の、千葉動労との温度差、まぁ、動労=革マル派、千葉動労=中核派と言う極左内の派閥争いもあったようですが、より現実路線を選択しようとした動労は、貨物輸送に関してはストライキをしないなどの方針をスト権スト以降は堅持していたようであり、その辺りの松崎明執行委員長の勘と言うか指導方針はほぼ間違っていなかったと思われます。

さて、本題の「千葉動労からみた動労の動き」を千葉動労の歴史から引用してみたいと思います。

http://www.doro-chiba.org/rekisi/dc30/rekisi.htm

動労カクマルを手先に
 動労革マルは、すでに82年1月には「職場と仕事を守るために、働き度を2~3割高める」という悪名高い「働こう運動」を打ちだしていた。表向きには「分割民営化反対」を掲げていたが、たちまち馬脚をあらわす。82年のブルトレ問題でのぬけがけ的妥結を皮切りに、以降、入浴問題、現場協議制問題等でつぎつぎに当局と妥結。東北・上越新幹線開業に伴う83年2・11ダイ改では、国労が六年ぶりに順法闘争をたたかっている最中、鉄労とともに当局提案を全面的に受け入れた。こうして動労を使って国鉄労働運動をつぶすというこの攻撃の出発点が形づくられた。  
  動労革マルはその最初から、極めて自覚的に権力・当局との密通関係を結び、国鉄労働運動破壊の尖兵となることによって自己の延命をはかるという道を選択したのである。

この記事を見ますと、注目されるのは、動労が、「「職場と仕事を守るために、働き度を2~3割高める」という悪名高い「働こう運動」を打ちだし」と言う点に注目できます。

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千葉動労的視点から見れば、これは非常識的なことかもしれませんが、前年からのマスコミキャンペーンなどを敏感に感じていたのかもしれません。

実際に、ブルトレ闇手当問題でも、真っ先に返納を言ったのは動労でありその辺の動きは動力車乗務員のみで構成された動労故に行えた部分と言えるかもしれません。

実際、国労ではブルトレ手当の返納に際しても中々一枚岩と行かず紛糾したということを考えれば、動労による松崎指導体制はそれなりに注視すべきところがあると言えそうです。

さて、それでは再び今度は政局臨調の動きを見てみましょう。

大原社会問題研究所 日本労働年鑑 第53集 1983年版 臨調=行革第二ラウンド-基本答申(八二年七月三〇日)にむけて から引用させていただきますと。

マスコミと臨調の動きは上手く合致し、国鉄=悪玉、国鉄労働者=悪玉の世論を作るのには有効に働いたと言えそうで、特にそんなさなかで起こった、機関士の飲酒運転による特急紀伊衝突事件は、、マスコミに大きく取り上げられることとなり、国民の国鉄に対する世論は一気に高まったと言えましょう。

また、この時期には国鉄は「分割・民営」と言う方向がほぼ固まっていたと言われており、電電公社がNTTとして分割されずに民営化(その後分社化はされていますが、最初から地域分割ありきの民営化にならなかったのとは対照的と言えます。)されなかったことと比べるとき、現状のJR北海道の姿を誰が思い描くことが出来たでしょうか。

仮に、一元化で民営化、後に貨物部門・長距離専門・新幹線&地域会社でNTTのように2分割程度であれば、もう少し変わっていたかもしれません。

さらに、田村元自民党国対委員長(元運輸相)自身も〃私案〃として、国鉄赤字のうち「経営外の要因による構造的欠損」は国鉄の責任でないとし、「分割・民営」論を批判し「三〇万人体制」による徹底的合理化を求めています。

実際に、昭和30年代に創設された地方納付金や、過度の通学定期の割引、それに輸送力増強に伴う建設費なども言ってみれば構造的欠損であり、本来であれば大蔵省なり文部省(いずれも当時の省庁名)が対応すべき問題ではないかと思われます。

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なお、上記の表を基に条件を一律にして比較してみたのが下記の表並びにグラフとなります。中学生で50km以上の移動は考えにくいのですが、スキャナーの性能が低くて戸締め付近は不明瞭なため、明瞭な部分かつ、桐の良い数字と言うことで決めさせていただきました。

ご了承願います。

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こうしてみると、中学生の通学定期運賃は実に82%の割引率となります。
高校生でも77%であり、ローカル線問題を語るときこうした問題をどうクリアするのかと言う問題もあるかと思われます。

 実際、国鉄では地方納付金だけで年間400億円近く支払っており、国鉄赤字とは無関係に鉄道が敷設されている沿線自治体に支払われておりました。

そして、さらに問題となるのはそうしたローカル線ほど利用者がいないということです。

営業係数が1000以上の路線も少なくはありませんで、100円の収入を上げるのに1000円以上投入している。

走らせれば走らせるだけ赤字が膨らむ仕組みだったわけで、そこにさらに自治体にお金を一律に払う訳ですから、地方自治体にしてみれば鉄道が走ってくれているだけで、自動的にお金が振り込まれなおかつ、地方交通の心配をしなくても住民の足を勝手に守ってくれるという存在が地方ローカル線で有ったわけです。

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 この間、一月二三日に「ブルートレインヤミ手当」問題が報道され、それを契機に国鉄ヤミ手当」報道があいつぎ、折からの「酒酔」運転事件などと相まって国鉄における労使関係がマスコミないし国民世論の注目をあつめた。それは、基本答申の骨格論議と重なり、現場協議制をふくむ労使関係の見直しを柱とした国鉄改革=「分割・民営」化が行政改革の中心課題だとする〃世論形成〃がすすんだ。マスコミの国鉄に関する報道と臨調第四部会審議とは、期せずしてタイアップしていた観を呈し、その〃政治性〃がきわだった。

 この時期、臨調第四部会が国鉄の経営形態の変更、「分割・民営」化で固まったと伝えられ、二月二日、鈴木首相も「事態は遷延を許さない。臨調答申をまって英断をもって対処する」との意向を表明した。他方、田村元自民党国対委員長(元運輸相)は〃私案〃をまとめ、国鉄赤字について「経営外の要因による構造的欠損」は国鉄の責任でないとし、「分割・民営」論を批判、「三〇万人体制」による徹底的合理化を求めた。また二月五日、自民党は「国鉄再建に関する小委員会」を発足させたが、小委員長になった三塚博氏は「国鉄問題の基本は乱れ切った職場規律の回復。これを解決しない限り、分割・民営論をうち出しても空論に終わる」と強調、臨調とのニュアンスの違いをみせながら、国鉄再建は労使関係の見直しが重点だとした。

 田村元 - Wikipedia

 マスコミキャンペーンを端緒として、自民党三塚委員会の職場視察などの活動などにより、国鉄当局の動きも変わってきたと言えます。

その背景に実は敏感に反応していたのは動労であり、この年のダイヤ改正では減量ダイヤとして従前より列車キロが減らされたことを受けて、動労は方針転換をしていくこととなるのですが、これは少し先の話となります。

 こうして、臨調の中でも国鉄再建〃論争〃は臨調の目玉として活気を帯びてくるとともに、国鉄当局も積極的にこの機に労使正常化に向けて動き出したと言えましょう。

職場規律総点検などはその最たるものであり、それまでも数多く言われてきた(70年代にもすでに問題提起されていましたが、マル生運動以降は口に出すことすら憚られる雰囲気に有ったものが息を吹き返してきたと言えました。)と言えそうです。

反発と警戒を強める総評並びに国労

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国労は、二月二日、総評第六五回臨時大会で、国鉄分割民営化ありきの論調は容認できない、赤字・労使関係のみを持ち出すのは一さかアンフェアであり、公共交通の在り方などを通じて総合的に考えるべきであると武藤国労書記長は批判しており、まさか政府も分割民営化を推し進めてくることは無いであろうと言う希望的観測も有ったのかもしれません。

その辺りは、「職場と仕事を守るために、働き度を2~3割高める」という悪名高い「働こう運動」を持ち出した動労に分があったように思います。

 

続く

 

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