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鉄道ジャーナリストblackcatこと加藤好啓の思索帳

鉄道ジャーナリストこと、blackcat、ちょっと硬めの内容を中心に時々書いてみようと思います。

国鉄労働組合史詳細解説 39-2

みなさまこんばんは、またまた2週間ほど開けてしまいました。

本日も今一度スト権ストについて考えてみたいと思います。

そして、このスト権ストというのがあらゆる意味で日本の労働運動において分岐点であったと言えそうです。

戦後労働運動の集大成としてのスト権スト

国労動労による(この場合は国労が主導)により行われたスト権ストは、鉄道輸送を麻痺させることで国民生活を混乱に陥れ、よって政府にスト権を認めさせるという基本方針で進められていました。

すでに、国鉄ではスト権容認の方向に動いており、また郵政・電電公社も同様にスト権を容認の方向で動いていたと言われています。

スト権ストは、国鉄当局と組合に部分だけがクローズアップされますが、官公労労働組合VS政府の対立つの構図と言えましょう。

 

マル生運動を不当労働行為であると位置づけ、国鉄総裁から謝罪させたことは国労にとっては大きな成果だったかもしれませんが、それはその後に続くJRの分割民営化につながる原因を作ったと言われています。

国鉄は、マル生運動の後遺症から現場は混乱し、現場協議制による現場のマヒが起こっており、車両に関しても保守を最低限にしても動かせるような車両が投入されていた時代でした。

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気動車ではキハ47系列あたりがその代表例でと言えましょう。

そうした中で国鉄労働組合は機は熟したとして突入したストライキでした。

一部地域では列車は動いた

当日は全国で列車が止まる事態となりましたが、鉄労の中でも統一行動がとれなかったそうですが金沢管理局を中心に一部の地域では列車を動かしたと言われています。

北陸本線では、朝は約7割の列車が確保、夕方も約4割の列車が運転されたそうで全体でも4割程度が運転されたと言われています。
同様に、鉄労組合員の多かった東北地域では、

  • 東北本線:仙台鉄道管理局周辺、平日の半分強
  • 奥羽本線:秋田鉄道管理局管内までまたがる秋田、山形周辺、平日の35-45%
  • 信越本線:新潟鉄道管理局周辺、平日の15%
  • 越後線: 新潟鉄道管理局、平日の80%

が運転されたと言われています。

参考 スト権スト wikipedia

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スト権付与を考えていた国鉄、拒否した専門委員会

特にここで注目すべきことは、スト権問題を検討していた公共企業体等関係閣僚協議会という専門委員懇談会が「三公社五現業のあるべき性格と労働基本権問題について」という「意見書」を提出したのですが、「事実上、国鉄や郵政などの官公労働者のスト権を認めない」とするものでした。

少し長いですが、「国鉄スト権奪還スト8日間の攻防」NHKスペシャル 戦後50年その時日本は第5巻から少し長いですが引用させていただきますと。

まず前文で 「争議権は、労働基本権の一つであり当然それ自体尊重さるべきもの」 としながらも
「必ずしも争議権があらゆるものに優先するということにはならない。
例えば、事業の停廃が国民生活や公共の福祉に重大な影響を及ぼす場合、争議権はおのずから制約されざるを得ないであろう」 とした。
 また、国鉄当局などがすでに表明している条件つき付与論についても、次のように批判する。
 「三公社五現業等の争議権問題については、法律で争議行為が禁止されているにもかかわらず現に行われているという事実をふまえて、労使関係を改善して国民の迷惑を少なくしようという期待をもって、争議権を認める方向で処理すべきだという議論もある。
しかしながら、労使関係の点だけに限定して考えるとしても、問題は、争議権を認めることによって労使関係を改善できるという見通しがあるか、また、争議行為を回避できるという保証があるかということである」
 さらに、現状では、どんなかたちにせよ争議権が合法化された場合、
「現在の主流をなす労働組合の体質とその実績からみて、当然の権利として、争議行為が繰り返されることが予想される」 とした。
こうした観点から、意見書は、争議権問題を労使関係の見地からだけで処理しようというのは 「真の解決」 にはならないとして、この問題は経営形態とともに検討されねばならないとうたったのである。

とありますように、当時の国鉄総裁は藤井松太郎であり、国鉄としてはスト権を付与することで解決を図ろうとしたのですが、それを明確に公共企業体等関係閣僚協議会は明確に否定したのです。

さらに、下記のように指摘しています。

分割民営化の可能性はこの時点で指摘されていた。

国鉄郵便事業などについては民営移管や経営形態の変更が困難ないし適当でないとしながらも、この機会になんらかの見直しを行うべきものもあると指摘。


 国鉄については


「現状では経営管理能力の限界を越えているのではないかという判断もあり、その分割による経営単位の縮小化や旅客輸送のための幹線網の運行および中長距離 大量貨物輸送以外の部門についてまで、これを国として所有し、経営することが必要であるか否かはこの際、十分検討すべき」
とした。これは、後の分割・民営化につながる考え方を示したもの、ということができる。

特に、「経営管理能力の限界を越えているのではないかという判断もあり、その分割による経営単位の縮小化や旅客輸送のための幹線網の運行および中長距離 大量貨物輸送以外の部門についてまで、これを国として所有し、経営することが必要であるか否かはこの際、十分検討すべき」ということで、後の土光臨調で言われた、国鉄経営管理能力を超えているのではないかとか、それゆえ分割すべきではないかという点まで踏み込んで発言をされている点は注目すべきかと思います。


よく、土光臨調で国鉄の分割民営化は論議されたと言われているが、実際にはこのときにはすでに、語られていたことには注目すべきだと思います。

国鉄分割の是非を現在多々言われていますが、こうした問題を議論する場合、その背景の部分まで遡って考えていかないとなかなか見えてこないものがあるのではないかと個人的には思っています。

 

スト権ストは結果的には労働者側の敗北という形で終わりましたが、当時の藤井総裁はこの騒動の責任を取る形で退任、後任には大蔵官僚大蔵事務次官、の高木文雄氏が就任しています。

 

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