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鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 108

 久々に更新させていただきます。

今回も国労の労働運動誌を底本に、労働運動の変遷を別途調査した資料等を参照しながらアップしたいと思います。

過熱気味の公定歩合と賃上げ闘争

国労の資料によりますと、80年代春闘の話をここで行うとされていますので、こちらノーページでも、春闘を中心に国労、そして他の組合の動きを80年~82年までを3回に分けてアップさせていただこうと思います。

1980年当時の公定歩合は、昭和55年2月19日に改訂され、年7.25%(1.0%引上げ)されています。

www.boj.or.jp

参考:日本銀行公表資料 昭和55年2月19日公定歩合改定

 今では考えられないくらいの好景気ですよね。

7%強ですから、お金を預けておけば10年で倍になって返ってくる計算になります。

実際、昭和55年の夏には、郵便局の定額貯金の金利が8%となり、定額貯金が集まりすぎて、10年後の90年にV90と言うタイトルで、預金の再契約がそれこそ、郵政省を上げて施策を行うと言ったことが行われた時代でした。【当初のタイトルはV65(昭和63年当時)でしたが、その後V90に変更されました】

私も、当時郵政局に勤務しており、V90関係では色々と走り回ったものでした。

国労も強気の春闘額を要求

ちょっと、余談が過ぎましたが、80年代は、緩やかなインフレr状態でしたので、賃上げは生活改善と共に、目減りしない賃金という名目もありました。

この春闘では労働四団体の要求基準が八%に揃えられた点も注目された。4月9日に出された金属労協への回答では鉄鋼などで前年を上回ったが、電機は最低賃上げ目標額に達しなかった。このため電機労連は、4月10日にJC決戦参加以来初の12時間ストに突入したが、回答に上乗せできず、手当の改善にとどまった。4月16日未明には私鉄総連に対し、平均1万2200円の賃金引き上げ、年間臨時給13社平均5.3ヵ月の回答が出され私鉄総連は予定していたストを中止した。 
 国労は、2月27、28日に開いた第127回拡大中央委員会において、80春闘要求額として、2万3000円(12.5%)35歳・勤続17年19万円を基本とする、との方針を決め、3月11日に要求書を提出した。国鉄の賃金について4月16日からの公労委の調停作業が始まり、私鉄との完全連動をめぐって折衝が続けられたが、公益委員はこれに応じず、労働側委員の辞任する事態となった。5月14日、6.6%、1万1546円の調停委員長見解が示された。これを公労協が拒否して仲裁に移行し、6月10日に先の調停委員長見解と同一内容の仲裁裁定が出された。しかし、80年6月の衆・参同日選挙の結果自民党が大勝し、与野党伯仲の終わった選挙後の閣議で仲裁裁定が議決案件とされた。80春闘の結果は、労働省調べで、民間1万1679円、率は前年を上回る6.74%であった。

国鉄当局から見た労働組合の動き

国鉄の部内誌、主に総務関係で読まれていたと思われる冊子で、人事関係等が詳しいですから、引用してみたいと思います。

さて、「国有鉄道、昭和55年6月号  今次春闘をかえりみて」を参照しますと、

当局も当初は、4月16日早朝に私鉄のべアが決着を受けて、国鉄春闘も早めに終わると期待されたが、国労動労は公労委公益側委員の示した平均平均6.6%程度(国鉄6.4%程度)11、650円の調停案を不満としてストを続行、公労協の労働側委員4人の辞表提出という異常な事態にでたため、調停作業は一時中断という形で中止となった記録されています。

その後、5月6日には、労働側委員が辞任を撤回 5/6には辞任を撤回、5月13日、夕方から、公労委の調停作業が再開され、14日早朝調停委員長見解の提示で、約1ヵ月ぶりに決着をみることになりました。

この改訂では、3公社5現業加重平均6.625%・1万1546円、国鉄べ-スで6.396%・1万1897円」というもので、4月16日に公益委員が非公式に示した解決案の「骨格」をわずかに微調整した程度 となっています

詳細は是非、弊サイトをご覧ください。


jnrera3.webcrow.jp

 

官公労から民間労組が春闘相場を決定

再び、国有鉄道の記事から引用してみたいと思います。

今次春闘(同盟等は賃闘という〉では、最近とみに昂まった労働戦線統ーへの動きを背景に、民間労組の結集が一段と進んだようである。
具体的には、J C (金属労協〉と化学エネルギー労協の共闘、私鉄総連・全日通・全国金属の3単産の民間賃闘対策連絡会議への参加(ブリッジ共闘〉等である。ここ数年来、春闘のあり方等をめぐって鉄鋼労連その他の民間労組と官公労組との、聞に意見対立、乖離が目立ってきていたが、民間労組の結集が進んだことによって、賃金闘争を民間がリードするという様相が一層強まった感がある。
そのような状況の中で、いわば総評が同盟や民間労組に歩み寄る形で、統一要求基準8%が設定され、また、官民総がかりの短期集中決戦構想が打ち出された。短期決戦という点では、参議院選挙、国鉄運賃値上げ等との関係もあった。

さらに、記事は続くのですが、冒頭で「4月16日早朝に私鉄のべアが決着を受けて、国鉄春闘も早めに終わると期待されたが」、とある様に、今まで国鉄と歩調を合わせて交運共闘として、同じ時期にストを実施するなどしてきた私鉄労連が、ストライキを行って、賃上げを獲得する方式から、「交渉を詰めて回答を得たのち不満ならばストを組むという交渉重視路線〈事後対処方式〉への転換をめざしてきた。」と言われています。

私鉄は、国鉄との共闘から、徐々に軸足を動かすことに

これは、国鉄ストをすることで、その利用者が私鉄に流れる、結果的に私鉄利用者が増えれば、私鉄側としてみれば、賃上げ要求を行いやすいという流れに変わってきたことも大きいかと思われます。

実際、この時もスト戦術で抵抗したのは、京成のみでした。

当時の京成は、成田空港開業の遅れなどから累積債務が増大しており、経営状態はかなり無かったこともあり、社員のモラールも低かったとも言われています。

京成3000形初代

京成3000形初代

京成は、空港開港の遅れなどから、財務状況が悪化していたこともあり、その辺も会社全体に影響は有ったかと思われます。

再び、引用させていただこうと思います。

私鉄総連は、一応は従前どおり国労動労と交運共闘を組んで公労協と連携を保ったが、一方で民間賃闘対策連絡会議に参加して民間主要労組との強い連携のもとに行動した。いわば両方に片足ずつ乗せたわけであるが、どちらの足が軸足であったのか。また、私鉄総連はここ数年来、団体交渉も進まない内にスト計画を組むスケジューノレ闘争から、交渉を詰めて回答を得たのち不満ならばストを組むという交渉重視路線〈事後対処方式〉への転換をめざしてきた。

経営側もこれらの傾向を歓迎した。加えて、公企体等との連動を断ち切って独自に賃金を決めたいという意向は、もともと労使双方に根強くあったであろう。従前の形式的な第1次回答はなくなり、11日の回答は最終回答的なものであった。最後には大方の予想をくつがえす高額(大手8社平均6.72労・1万2200円)で妥結した。

 既に、この頃から、私鉄総連は、ストをしてお客様に迷惑を掛けるのではなく、ストをしないことで、むしろ利用者に喜ばれることで、更にその利益の再配分を目指すという方式に切り替わっていく流れを目指していると言うことであり、これは私鉄総連に限らず、民間賃闘対策連絡会議(同盟が主導)の流れに沿うものであると言えます。

官公労の、ストライキによるいわゆる、闘いによる労働者の権利確立は、民間労組では時代遅れという概念を持たれていく中、国鉄、郵政といった官公労の代表組織は、その舵を切れないまま進んでいくように見受けられます。

日本民営鉄道協会も、私鉄総連の動きを歓迎しており、労使双方共に新しい春闘(賃闘)方式を歓迎していますし、私鉄総連も一定の評価をしています。再び引用してみたいと思います。

山田労務委員長は、「毎年いるいろな外的要因で思うように交渉ができなかったが、今年は自主交渉の実をあげた。組合側の新しい動きは評価した。それに応えるべきだと判断した」と語っている。
私鉄総連の田村書記長は、「成果があったと評価している。民間共闘と全交運共闘の両方に軸足を置いた闘いを来年も続けていくが、民間賃闘対策会議とのブリッジ共闘は強化していくべきだ」と述べている。

ここに来て、私鉄総連は、従来の国鉄に歩調を合わせていく方式から、その軸足を更に、民間共闘にシフトさせていくと明言しているところは注目に値する点です。

私鉄総連は、従来の国鉄に歩調を合わせていく方式から、その軸足を更に、民間共闘にシフトさせていくと明言しているところは注目に値する点です。

私鉄の代表格として、南海電車をアップさせていただきます。

続く

なお、次回以降は、動労・鉄労などの動きも併せて参照してみたいと思います。

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************************以下は、国労の資料から引用になります************************

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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第4節 第四節八〇年代前半の賃金・労働条件を      
       めぐる闘いと専制労務管理への反撃
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 四 団体交渉再開と雇用安定協約の締結

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├○ 八〇、八一、八二春闘 │
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 80年代初頭の春闘については、第一章に記述していなかった
ので、ここで取り上げる。
 1979年10月の第35回総選挙は、一般消費税の導入を掲げた自民党に国民はノーの審判を下し、自民党の惨敗に終わった。
 それ以降、政府・財界による「行財政改革」が中心的テーマとなって、財政支出削減の方向が追及され始めた。と同時に、与野党伯仲と景気の一定の回復のもとでの80春闘であった。この春闘では労働四団体の要求基準が八%に揃えられた点も注目された。4月9日に出された金属労協への回答では鉄鋼などで前年を上回ったが、電機は最低賃上げ目標額に達しなかった。このため電機労連は、4月10日にJC決戦参加以来初の12時間ストに突入したが、回答に上乗せできず、手当の改善にとどまった。4月16日未明には私鉄総連に対し、平均1万2200円の賃金引き上げ、年間臨時給13社平均5.3ヵ月の回答が出され私鉄総連は予定していたストを中止した。
 国労は、2月27、28日に開いた第127回拡大中央委員会において、80春闘要求額として、2万3000円(12.5%)35歳・勤続17年19万円を基本とする、との方針を決め、3月11日に要求書を提出した。国鉄の賃金について4月16日からの公労委の調停作業が始まり、私鉄との完全連動をめぐって折衝が続けられたが、公益委員はこれに応じず、労働側委員の辞任する事態となった。5月14日、6.6%、1万1546円の調停委員長見解が示された。これを公労協が拒否して仲裁に移行し、6月10日に先の調停委員長見解と同一内容の仲裁裁定が出された。しかし、80年6月の衆・参同日選挙の結果自民党が大勝し、与野党伯仲の終わった選挙後の閣議で仲裁裁定が議決案件とされた。80春闘の結果は、労働省調べで、民間1万1679円、率は前年を上回る6.74%であった。
 81春闘は、労働戦線再編の動きが活発化するなかで、労働四団体の共闘が進められたことに特長があった。80春闘に続き、10%の統一要求と減税等の要求でも四団体の共同歩調が目立った。同時に、第二臨調が3月に発足し、これを受けて行革推進国民運動会議も3月に結成された。4月9日、金属労協への一斉回答では鉄鋼6.99%、電機8%であった。4月22日に私鉄の回答が出され、私鉄総連は、平均1万4700円の賃上げ、年間臨時給5.3ヵ月、生活関連分10月から1000円増額の回答を受託し、ストを中止した。
 国労は、3月4、5日に開いた第131回拡大中央委員会において、賃上げ2万5000円、扶養手当、都市手当の増額などの新賃金要求を決定した。3月11日、当局に新賃金要求を提出し、本格的な交渉に入った。交渉では、民間賃金との格差、長時間・不規則・夜勤手当など国鉄独特の労働実態への配慮などで、当局に迫ったが対立したままであった。4月3日、国民春闘勝利統一行動に参加した国労は、ローカル線廃止反対、運賃値上げ反対、物価・減税要求実現などの要求を揚げ全国主要400駅で早朝一時間出改札ストを行った。4月15日、国鉄当局は8155円、引き上げ率4.23%の回答をしてきた。この回答を不満とし、翌16日に国労動労、全印刷、全専売、全造船とともに公労委に調停申請した。
 公労委の調停作業は4月17日から始まり、23日に調停委員長による最終案(三公社五現業平均1万3996円7.64%)が提示されたが、労働者側委員、使用者側委員双方とも拒否したため、仲裁へ移行し、5月16日に先の調停委員長見解と同一の仲裁裁定がでた。この年も仲裁裁定が国会の議決案件とされ、10月30日に議決された。81春闘の結果は、労働省調べで、民間1万4037円、7.68%で前年を額・率ともに上回った。
 82春闘に先立って日経連は「労働問題研究委員会報告」で行革推進とあわせて、官公労働者の賃金抑制の一層の強化を求めた。
貿易摩擦の激化、内需停滞という経済環境のもと、行革が展開され、国鉄労働者に対するマスコミの批判キャンペーンも加わり、厳しい状況での八二春闘であった。労働四団体は賃上げ要求基準を1万4000円、9%とした。4月8日に鉄鋼1万3100円6.36%などの金属四業種への一斉回答が行われたが、金属労協はこの回答を受け入れた。また、私鉄総連は4月12日に賃上げ1万4500円(八社平均7.0%)年間臨時給5.327ヵ月回答を受託し、これにより13日予定していたストが中止され、私鉄大手は1968年いらい14年ぶりにストなし春闘であった。
  国労は、2月19、20の両日、第134回拡大中央委員会を開き、2万5000円、12.3% の賃上げ要求を決定した。3月3日、国民春闘共闘会議は一兆円減税などの要求を掲げ、統一行動を実施した。国労は全国42拠点で地上勤務者による時限ストでこれに参加した。新賃金要求を提出して国鉄当局と交渉を重ねたが、4月13日、当局が有額回答の提示要求に応じなかったため、公労委に調停を申請した。
 公労委の調停委員長見解は4月18日、国鉄には定昇込みで1万3552円、6.71%であったが、使用者側委員の拒否で仲裁へ移行した。仲裁裁定は5月8日に、調停委員長見解と同内容のものであった。82春闘の結果は労働省調べで、民間1万3613円、7.01% と前年を下回った。

続く

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