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鉄道ジャーナリストこと、blackcatの国鉄労働運動史

国鉄労働組合史詳細解説 100

皆様、久々に更新させていただきます。色々と資料を探してみるのですが、この辺の資料であれば、公企労レポートが一番適当かと思うのですが、あいにく持ち合わせておりませんので、今回は深掘りした意話ができないことを最初にお断りしておきます。

国労による「三ない運動」

国労は、分割民営化反対を当初から掲げており、「三ない運動」と呼ばれる戦略行動でした。

  • 辞めない・・・勧奨退職に応じない
  • 休まない・・・一時帰休
  • 出向しない・・出向

国鉄当局が進めていた施策でしたが、国労はこれを「首切り三項目」として、徹底的に反対するようにしていました。

特に、これ以外に、「こうした話を聞かない」を含めた行動としていた場合も有るようです。

さて、こうした取組に対して、同じような主張をしていた千葉動労は、国労の運動を評価すると共に、動労労使協調路線(中核派などからは、資本階級に取り込まれたと指摘)に転向したことを厳しく指摘しています。

以下、千葉動労の使途から引用させていただきます。

動労カクマルを手先
 動労革マルは、すでに82年1月には「職場と仕事を守るために、働き度を2~3割高める」という悪名高い「働こう運動」を打ちだしていた。表向きには「分割民営化反対」を掲げていたが、たちまち馬脚をあらわす。82年のブルトレ問題でのぬけがけ的妥結を皮切りに、以降、入浴問題、現場協議制問題等でつぎつぎに当局と妥結。東北・上越新幹線開業に伴う83年2・11ダイ改では、国労が六年ぶりに順法闘争をたたかっている最中、鉄労とともに当局提案を全面的に受け入れた。こうして動労を使って国鉄労働運動をつぶすというこの攻撃の出発点が形づくられた。  

doro-chiba.org

なお、国労に歩調を合わせていた組合としては、他に全動労 全国鉄動力車労働組合

)【現建交労(全日本建設交運一般労働組合・鉄道部会)がありました。

 

国労は何故「三ない運動」で反対したのか

国鉄当局の狙いは、勧奨退職を活用することで、55歳以上の労働者を退職させることにありました。

実は、国鉄時代には明確な定年というものがなく、慣習的に55歳で退職する人が多かったのですが、55歳を回って退職する人もいたとのことで、退職者を増やすことで3万人の人員削減を図りたいという思惑がありました。

そこで、国労としては、徹底的に反対することで組織としての引き締めを図ったと考えています。

国労の発表によると、希望退職などの総数は下記の通りだと報告されています。

① 特例休職は対象者1万218人のうち、応募者5,856人、発令者5,317人
② 退職前提休職(55歳以下)は申し出者449人、発令者389人
③ 復職前提休職【50歳未満)は申し出者72人、発令者41人
④ 派遣者については24人
を発令した、と発表した。

国労は、この実数について、国労組合員が三ない運動を実践したことによると総括しています。国労は 昭和59年9月の時点で、未だ二十万八千人の組合員を擁する圧倒的な第一組合であったからでした。

ただし、その状況はその後、雇用安定協約の破棄などで急転するのですが、雇用安定協約とはどのようなものであったのか、以下から引用してみたいと思います。

反転攻勢 国労運動45年に学ぶ

この本によりますと、1971年3月、国鉄職場に締結されたもので、日本国有鉄道法に定める身分保障を更に一歩進めた内容となっていました。

具体的には、職場が合理化等で無くなってもただちに整理解雇などにより身分を失うことがないと言う契約で有り、更に一歩進めて合理化しても人減らしをしないと言う本末転倒な取り決めなどが結ばれる温床ともなりました。

少し長いですが、本文を引用してみたいと思います。
 

卑劣な攻撃
 相つぐ人員合理化のなかで大量に発生した余剰人員問題こ雇用不安を背景にして、1984年10月9日、国鉄当局は、提案していた余剰人貝調整三項目のうち、休職制度、派遣制度が同日二四時までに妥結されない場合には、雇用安定協定の存続について重大な決意をもってのぞむ、との申し入れを関係各組合に対しておこなった。雇用安定協約の存続と引き換えに人員整理策に同意をもとめるというまったく矛盾した恫喝を国鉄労働者に対してかけてきたのであった。
 そもそも雇用安定協定は1971年3月、国鉄職場における機械化・近代化・合理化にさいして、職貝の雇用の安定と労働条件を維持・改善することを目的に締結されたものであった。その協定の内容は、①雇用の安定の確保と労働条件の維持・改善をはかる、②本人の意に反する免職・降職はおこなわない、③配置転換となる者、職員の申し出による休職を希望する者の取り扱いは別に定める、というものであり、国鉄職員の雇用の安定に関して、日本国有鉄道法に定める国鉄職員の身分保障をさらに一歩すすめた内容のものとなっていた。

この協定によって、国鉄職員は、一応、機械化・近代化・合理化によって、職場がなくなってもただちに整理解雇などにより身分を喪失することはないという保障があたえられていた。
 国鉄当局は卑劣にも、この雇用安定協定の存続と引き換えに余剰人員調整三項目に関する協定の締結を各組合に迫ったのである。雇用の安定というかぎりは、余剰人員対策においても国鉄内における配置転換によって雇用を確保するというのがギリギリの線であろう。その線をこえて他社へ出向(派遣)させなり。一時帰休制度をとることは本来の雇用の安定とは矛盾するものであり、大きな雇用不安を国鉄職員のなかに持ち込むものであった。
このような国鉄当局の姿勢は、雇用安定協定と三項目協定とをセットにして関係労働組合に押しつけ、人員整理に協力するか否かの踏み絵、換言すれば、分割・民営化に協力するか否かの踏み絵を踏ませることによって、国鉄労働者のあいだに襖をうちこみ、分断することをねらうまさに卑劣な攻撃であった。

国労としては、雇用安定協約と余剰人員調整三項目をセットにしたのは、問題であるとして、労働省【当時の名称】に「就業規則の変更に当たる出向、一時帰休制度で労働基準監督署に届けでもせず、内部規定の制定で足りるとするのは労働基準法89条に違反」として労働省に行政指導を要請し、一定の成果を上げています。

また、国労は、国鉄本社に対する抗議行動をいっそう強化するとともに、中央抗議行動を展開し、国民的なたたかいを呼びかけた。青木宗也法政大人学総長など労働法学者が運名で「雇用安定協約の一方的破棄に関する見解」を発表し国鉄当局を批判するなど、国鉄改革を、国民全体の関心事として捉えるべき運動として取り組みましたが、10年近く前のスト権ストなど、国鉄の現状を知るものからすれば、国民全体の問題と言いながらも大きな流れにはなりませんでした。

 

関連 国鉄労働組合史詳細解説 97 もご参照ください。

 

国労の運動方針は、国鉄分割民営化阻止

小町副委員長の経過報告に続き、山崎書記長が84年度運動方針案を提案した。その骨子は「分割・民営化を阻止し、国鉄労働者と関連労働者の雇用と労働条件を守る」など。同書記長は細部の説明に入るまえ、冒頭の委員長挨拶にもあった「もはや黙って嵐が過ぎるのを持つ態度は許されない。立って闘う以外に道はない」旨を受ける形で「56歳以上の特別休職扱いには、組合機関もかかわり合う方法を確立したい」と述べた。

として積極的に、特別休職に対して反対すると共に、分割・民営化を阻止することを打ち出しています。

実は、当時の国鉄当局も分割民営化迄は、想定していないというか、分割民営化は反対しており、過員が解消できて、合理化が完成していれば、もう少しスマートな形で移行できるもしくは、分割は避けることが出来たと思うのですが、あまりにも国労既得権益に拘りすぎていたのではないかと、その後の流れを見ていると、個人的には考えてしまうのです。

なお、上記3項目(勧奨退職、一時帰休、出向)に反対するため、8月31日に3項目に反対する、全国統一半日ストライキを実施すると、国労の山崎書記長【後の委員長】集約答弁で回答しています。

 

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************************以下は、国労の資料から引用***********************************

 
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第2章、国鉄分割民営化攻撃と国労攻撃

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 第3節 59・2ダイヤ改正後の余剰人員対策をめぐる交渉
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 一 余剰人員対策第三項目の交渉と雇用安定協約の破棄通告

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├○ 特例休職の実施と国労の闘い│
└───────────────┘

 国鉄当局は。余剰人員調整策の一つである出向の受け入れさきとして、国鉄関連企業に受け入れ要請を行ってきたが、10月8日現在で約300社から、計2500人について受け入れの回答がきていることを明らかにした。また。10月1日から実施されている特例休職(56歳以上の退職前提休職)の実施状況は、6日までに2,622人が発令され、さらに1,095人が申しでており、合計3,717人となることを発表した。12月1日現在の実施状況は、
 ① 特例休職は対象者1万218人のうち、応募者5,856人、発令者5,317人
 ② 退職前提休職(55歳以下)は申し出者449人、発令者389人
 ③ 復職前提休職【50歳未満)は申し出者72人、発令者41人
 ④ 派遣者については24人
を発令した、と発表した。

以上の実施状況から明らかなように、派遣・一時帰休の応募が極めて少なかった。この時点では、”辞めない、休まない、出向かない”という国労の方針が組合員に浸透していたと言える。
 こうした情勢のもとで、国労は、84年10月31日と11月1日の2日間、第142回拡大中央委員会を開き、「余剰人員の調整策」撤回を求める闘いの中間的総括を行い、当面の闘いの目標として、「三項目」反対、「特退協定」の早期解決、過員解消、60.3ダイヤ改正反対、年末年始などにおき、11月中旬から12月上旬にかけて第七次全国統一闘争を展開し、1,2月の第八次全国統一闘争は大衆行動を着実に積み上げ、重要な場面ではストライキを含む闘いを配置するとの方針を決定した。
 なお、国労は、第142回中央委員会直前の10月24日に国労は、「就業規則の変更に当たる出向、一時帰休制度で労働基準監督署に届けでもせず、内部規定の制定で足りるとするのは労働基準法89条に違反」として労働省に行政指導を要請していた。
この点の追求を全国的に展開し、1640の支部、分会が取り組んだ。
 12月18日、労働省労働基準局は国鉄当局に対し、
 ① 大綱的な就業規則の他に大量の内部規定があり、就業規則として一本化していない。
 ② 届出義務のある就業規則まで内部規定で定めており、変更の届出を怠っている、
として85年1月31日までに、改善措置を文書で報告するよう指導した。
 この指導が出されたことをうけて、国労は12月25日に国鉄当局に対し、
 ① 労基法違反をただちに改善し、過半数組合である国労との団交を再開する。
 ② 所定手続きの終了するまで出向、一時帰休の募集を中止する。との二項目を申し入れるとともに、当局の違反行為を改善しない場合、検察当局への告発も検討するとの強い姿勢を表明した。労働省の改善勧告を受けた当局は、八五年一月三一日、労働省に対し、「本年三月三一日までに整理して、所定の手続きをとる」と回答した。

参考、労働基準法89条
(作成及び届出の義務)

第89条  
常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
1. 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
2.賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
3.退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
3の2. 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
4. 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
5. 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
6. 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
7. 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
8. 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
9. 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
10. 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

続く